489・閑話20






「父様。来月の予定調整について、一点お願いがあります」






 右眼に瞬膜フィルターをかけた後、掌で塞いでいた左眼を開く。

 右方六十四度に三百五十七センチ立ち位置を移し、そのまま正面へと両腕を伸ばす。


「きゃっ」

「大丈夫ですか」


 転びかけた末妹、庵の躯体を支える。

 バランサーのメンテナンスを父様に進言しておかなければ。


「あ……ありがとう、u-a姉さん」

「いえ。花瓶を落とさず済んで重畳」


 大事そうに抱えられた、ガラス製のフラワーベース。

 生けてある彩豊かな花々は、既に数十日前の切花にも拘らず、葉先まで瑞々しい。


 それなりに値の張る保存処理を施し、与える水にも活性剤を混ぜてある証左。

 事実、妹達は毎日毎日飽きもせず、朝と夜に活性剤入りの水を取り替えている。


 花などライブの度、文字通り腐るほど贈られると言うのに。


「……そんなものを後生大事に愛でたところで」


 あの男は、それを私達に寄越したことすら覚えていまい。


「u-a姉さん? 何か言った?」

「いえ」


 踵を返す。


 庵の転倒を防ぐミッションは無事完了。

 次は七分後、Λが洗濯物を飛ばすアクシデントのリカバー。

 放っておくと、巡り巡ってLzaの下着がネットオークションにかけられてしまう。


 ああ、そうだ。


「庵。ひと月分の半確定スケジュールを姉妹共有ファイルにアップロードしたので、目を通すように」

「うん」


 忙しい忙しい。






「……あれ? ここ空いてた、かな? 何件かイベントの依頼が来てたと思ったけど……」





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