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二百十六。四百六十。九百とんで三。
剣戟が衝突する度、其処彼処を裂き抉る余波。
凍土は既に絨毯爆撃でも受けたかの如き有様。町ひとつ更地と帰す勢い。
〈心ヲ撃チ抜カレテシモウタ……アア、妾ノ王……〉
尤も、肝心のフォーマルハウトは無傷だが。
力が戻った際に生えた氷翼で防いでる。やたら硬いなアレ。
ちなみに現状『双血』は使っていない。
素でここまでの火力が出せるとは、大ウケ。
「ハハハハハハハハハッ!!」
〈うざったい太刀筋やわぁ! まさかジブン、萵苣の同門やったりせえへんやろな!?〉
酷い言い掛かりだ。名誉毀損も甚だしい。
訴えるぞ。割と真面目に。
「ノット同門! レタスちゃんのテクを盗んで自分好みにリファインしただけさね!」
〈あん意味不明なチャンバラをか!? 他人の技術をコピーするスキルでも再現出来んかった代物なんやけどなぁ!〉
そりゃそうだろうよ。俺も随分と梃子摺った。
事象革命以降の四十年余で四人だけが持つ、難度九未踏破ダンジョン単独攻略記録。
その一人『終剣』ハガネの術理を奪い尽くし、己の技へと混ぜ込んだ戦闘伎倆。
徹底的に重ねられた錬磨、研鑽、創意工夫。
暴力的な才能と妄執じみた鍛練に飽かせた、まさしく窮極の剣。
ハガネという最上の手本が無ければ、この域に到達するまで、あと数年は要した筈。
「戦技に於いては最早、競う価値無し」
〈抜かすやないか! 生意気やわぁ、嫌いやないで!〉
ただの事実だ。
現にアンタさえも、技では俺に及んでいない。
…………。
「だからこそ、不可解」
技術面は明白に俺が上。
身体能力、反応速度なども同じく。
──にも拘らず、攻撃に悉く応じられる。
何百回と斬り込んで尚、不抜。
「やっぱ世界最強さんは伊達じゃねェな」
〈最強さんて。万斉やあるまいし、そない恥ずかしい称号、名乗ったこと無いんやけど〉
ひとまずのところ、底が浚えん。
完全索敵領域内に踏み入った者ならば、相当な手練れであっても一瞥で全容を暴ける俺の識覚が、答えに窮している。
ただ、リシュリウの時とは違う。
奴は俺の何かを阻害し、暗幕を掛けていたが……これは……。
「単純な情報不足か」
とどのつまり鳳慈氏は、まだ実力を微塵も見せていないという証左。
「どうすっか……なーんてな」
このまま応酬を重ねたところで千日手。
折角のオタノシミ。チンタラした展開は望ましからず。
然らば。切るべきカードなど、考えるに及ばず。
「豪血」
動脈へと赤光を灯す。
五体に充ちる活力。
跳ね上がる身体能力。
研ぎ澄まされる感覚能力。
時の流れすら緩やぐ只中、低く身構えた。
「極点の剣、プラス、人外フィジカル」
〈いやジブンそもそも人間離れしとるで〉
吶喊。と見せかけ、跳躍。
七十七回、虚空を蹴る。
〈速過ぎやろ。え、どこおるん?〉
ちらと上に視線が泳いだ瞬間、正面を取った。
左眼球への片手平突き。
視界を潰し、あわよくば、そのまま頭蓋諸共に貫く心算。
鳳慈氏は俺の機動に動体視力が追い付いていない。
意識の隙間を穿った、必中必至の一撃。
〈えいや〉
しかし掌を刺したのは、骨肉を咬む感触とは程遠い、硬質な痺れ。
〈お。当たった〉
軽く数メートル弾き飛ばされ、四つ足にて着地。
……前腕骨が折れてやがる。
いや。そんな瑣末よりも。
「アンタ、どうやって今のに反応した?」
〈んー?〉
けらけら笑っていた鳳慈氏が、思案げに顎を撫でる。
やがて手向けられた答えは、想像だにしないものだった。
〈勘や勘! にゃははははっ!〉
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