476・Hildegard






〈視エズ聴コエズノ種子島カ。面白イ物ヲ使ウ〉


 交差させた両腕と大鉈で頭部を庇い、然程の痛手を負った様子も無く一斉掃射を耐え抜いたナマハゲ。

 撃ち続けるだけ時間の無駄と判じ、レールガンを回収。背後に整列させ、力場を解く。


「硬いね」


 流石、未踏破ダンジョンの七十階層フロアボス。等級で言えば難度八ダンジョンボスに準ずる難敵。

 否。既に難度八の殆どが攻略され、恒常的な弱体化の憂き目に遭っている事実を鑑みれば、実質同等と捉えて然るべきか。


 統計上、一線級探索者シーカーを五十人集めても勝率は五分以下。

 況してやサシで降せる者など、世界中合わせたって数える程度。


「ロクシュカイに、陰湿クソババアのとこの幹部どもと……あとは高難度ダンジョンを抱えた国の最強格くらいかなぁ」


 そもそもボスどころか、五十番台階層以降のクリーチャーにタイマンを挑む奴自体、ほぼほぼ皆無だけど。


 他党を組んでの絶え間無い妨害と削り。

 最低ラインでも小国くらいなら一昼夜あれば滅ぼせる真性のバケモノ達に本領を発揮させない立ち回りこそ、深層に於けるスタンダードな戦法。

 デバフ系のスキルを持っていることが一線級の必須条件、みたいな意見もよく聞くし。


「そりゃそうだよね普通」


 私達探索者シーカーは上に行けば行くほど、単純な腕っ節よりもチームワーク、延いては巧さや狡猾さが求められる。

 スキルという異能を得た超人であれ、相手は根源的な部分から人間を凌駕した怪物。

 力押しなど愚行も愚行。万物の霊長なれば数と知恵で挑むべし、みたいな風潮。


「至極ごもっとも。かくあれかし」

〈……ドウシタ? 来ヌノナラ、今度ハ此方カラ――〉


「でも、まどろっこしい。正面きって倒せるなら、是非そうすべきだ」


 石剣を擦り合わせ、身に纏う『空想イマジナリー力学ストレングス』を


 本来このような使い方は出来ない。

 けれど『アリィス・トラオム』の習得が、不可能を可能にした。


 想像を現実に持ち出すスキル。精神を糧に力場を生み出すスキル。

 その類似性がシナジーとなり、私に更なる飛躍を与えた。


「『二重ツヴァイ』『三重ドライ』『四重フィーア』『五重フュンフ』」


 ツキヒコの『深度・弐』と並ぶレベルまで出力を引き上げ、翔ぶ。


 生物の反応速度や動体視力でコントロール出来る域を遥かに超えたスピード。

 けれど『ヘンゼルの月長石』でへと辿り着くルートを導き出し、それに沿わせた自動操縦オートパイロットへ切り替えることで制御。


 これもまた『アリィス・トラオム』の恩恵。

 現実の存在に直接干渉する力は無いものの、私自身が持つスキルに対しては多少なり話も変わるらしい。


「さあ、死のうか」


 およそ物理法則を無視した軌道で、背後を取る。


〈甘イ!〉


 殆ど爆撃に近い威力の振り下ろし。

 それを大鉈で受け流したナマハゲが、すかさず反撃に出――


「――られないんだよね。残念」

〈ゴッ……ガ……!?〉


 初撃は視線と意識を誘導するためのフェイク。

 本命だった『ギルタブリル』の七尾が、余さず全身を貫く。


〈ガ、ア、アアアアアアアアアアアア〉

「大人しく斬られておけば、無駄に苦しまず済んだのに」


 七種の激毒を注ぎ込み、ナマハゲの体内で撹拌し、何十種もの合成毒へと変異させる。


 骨も肉も綯い交ぜに焦げ付く異音と刺激臭。

 悲鳴を上げる喉すら溶け崩れ、どろどろに輪郭を失って行く。


「ぜーんぶ蕩けて、さようなら」





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