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 手元に舞い戻った樹鉄刀を、傍らへと突き刺す。


「……参ったね。こんなに早くバレるなんて」


 剽軽な口振りとは裏腹、薄く唇を噛む女。

 一方の俺は、大したもんだと胸の内で賞賛を送る。


 ──腕やサーベル同様に不可視化を施した上で、自身の周囲に浮遊させていた金属板を用いての防御。

 仕掛け自体は単純極まるが、衝突時の音を消すという一見不要とも取れる小細工を挟むことで情報を複雑化させ、正答に辿り着く道筋を隠している。


 秀逸なのは、金属板だけ先んじて不可視化の発動下にあった点。


 目の前で両腕が消えれば、否が応でも思考は其方に傾く。ややもすれば透明化出来るのは腕だけだと、根拠も無く決め込んでしまう。

 そういうミスリードも含めた発動タイミングだったワケだ。


 まあ、俺を騙くらかすには少しばかり隠蔽が足りなかったな。

 若しくは行き過ぎていた、と言うべきか。


「あとの二枚も貰うぜ」


 掌底突きの際に必要以上の強さで地面を踏み締め、巻き上げた砂埃。

 色付けされた空気の中、ぽっかり浮かんだ二ヶ所のを掴み、再び投げる。


 どちらも着弾直後、一枚目と同様に衝撃波を撒き散らし、可視化した。


「最初に飛ばして来たのは、これだな」


 攻防両立、変幻自在の盾であり矛。

 実に面白い発想だ。


「テレキネシスでも使えるのか?」


 半ば確認に等しい問い掛け。

 言葉こそ返らなかったが……強化された聴覚に伝わる心音や息遣いが、笑えるほど正直に答えてくれた。

 一足一刀を踏み越えた間合いで、しかも『豪血』発動中の俺に嘘や黙秘は通用しないと知れ。






「『吸撃きゅうげきの盾』に気付いたのも対処したのも、君が初めてだよ」


 瓦礫に埋もれた金属板を見遣りつつ、女が呟く。

 なんて分かり易い名前。つまり衝撃波は、あっちの効果か。


 尚、付け加えるなら操作可能な範囲も把握済みだ。

 一枚目を投げた時、十五メートル前後で女の眼差しに諦めがチラついた。


 ちなみに、敢えて半歩も立ち位置をズラせば再び範囲内となる地点に三枚目を投げたが、近寄る様子は窺えない。

 恐らく一瞬でも圏外に出たら、再度触れるなりしなければ操作出来ないのだろう。


「拾いたいなら待ってやるぜ?」

「……冗談、だろっ!」


 言葉尻に合わせて、女が左腕を振るう。

 前腕の半ばあたりまで消え失せているため分かり難いが、逆袈裟の一太刀。


「鉄血」


 樹鉄刀を使う気分ではなかったゆえ、肉体硬化と籠手で防ぐ。

 無音のまま、衝撃だけが伝わる。


 重さと鋭さを兼ね備えた剣戟。技量も高いが、恐らくプラスアルファでテレキネシスを己自身に纏わせ、威力と速度を上げている。

 単身で四十番台階層に乗り込むだけあり、一芸限りの奇術師ではない模様。


「得物が見えねぇってのも面倒だな……」


 よし。


「ッ、ったァ!!」


 構えを解き、ついでに『鉄血』も解く。

 それを好機と見た女が、二刀纏めた乾坤一擲の横薙ぎを放つ。


 対し、俺は防御も迎撃もせず、少しだけ後ろに下がる。

 ちりっと、喉を覆う防具を不可視の切っ先が掠めた。


「ん。見切った」





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