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「月彦」


 なんぞや。


「さっきの、もしかして痕跡を消さずに差し替えた?」


 鷹揚に頷いて返す。


「別段どっちでも良かったからな」


 手抜き気味に『ウルドの愛人』を使うと過去改変が不完全なまま成立し、差し替え前の記憶が発動対象周辺の人間にだけ残る。


 ちなみに今回は、稼動試験場でダンスバトルを繰り広げた過去を採用した。

 ……これ本当に『あり得たかも知れない可能性』だよな? 改めて考えると、どんな流れでそうなったんだ?

 だいぶ雑に選んだもんで、経緯をちゃんと確かめてなかった。くそ、気になる。


「んだよ。何か問題でもあんのか?」

「私やアンタには無いわね」


 つまり無問題だな。


「ただ、五感取得情報の処理速度に限界がある体内ナノマシンを介したログと、直に味わう経験とじゃ、やっぱり色々違うって話」


 そんなの当たり前だろ。


「……たぶん気にも留めてないんでしょうけど、この一年でアンタに野心を折られた探索者シーカーは、それなりに居るのよ」


 はあ。


「星明かりが強く瞬いたところで、月に晒されれば掻き消える。月光が日毎に輝きを増し続けるなら尚更」

「今日はえらく詩人だな。文系アピールのノルマ稼ぎか?」


 脛を蹴られた。

 解せぬ。


「――あの中の何人が、明日も変わらず「頂点を目指す」と吼え続けられるのかしら」


 …………。


「どーでもいい」

「言うと思った」






「あ、お帰り二人とも。ちょっと待ってて、あと少しで連絡先を聞き出せそうなんだ」


 エントランスに戻ると、困り顔の受付嬢をヒルダが口説いてた。

 襟首を掴み、喚き散らすのをガン無視し、ゲート前まで俵担ぎに運んでやった。





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