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「ふふふ」


 薄気味悪い、静かな矯笑。

 より深く、黒剣がリゼの身を抉る。


「──あら?」


 と。


「あら、あら、あら、あら?」


 小首を傾げる白い女。

 やや遅れて、俺も違和感に気付く。


 心臓を穿たれたにも拘らず、胸元の刺し傷も黒い切っ尖も、殆ど血で濡れていないことに。


「あっぶ、なぁぁッ」


 膠着の只中、するりと刃をリゼ。

 どうやら水際で『幽体化アストラル』が間に合ってたらしい。


「いきなり何すんの、よッ!」


 横薙ぎの蹴り。後ろに跳んで躱される。

 続け様、手元へ喚び寄せた大鎌を振るい、追撃の三太刀。


「♪」


 やけに緩やかな剣捌きで受け流される。

 しかし、それは一瞬の暇を作るための牽制。


「『宙絶ヨツキ』」


 脚に括り付けたまま呪詛を注がれたマゼランチドリ。

 赤とも黒ともつかない斬撃が、七つに裂けて白い女を取り囲む。


 そして──真円を模り、断絶領域を形成し、その内へと閉じ込めた。






「……四割ヨツキで練り上げた急拵えだから、たぶん三十秒くらいしか保たないわね」


 淡々と呟くリゼに駆け寄る。

 億劫な所作で此方へ振り返ると同時、被膜が覆う胸元に触れた。


「大丈夫か」

「平気。でも籠手越しに触るのやめて」


 血の気の引いた顔色。微かに震える肩。

 ごく自然に振る舞ってるが、相当ギリギリの回避だった筈。


「済まん」

「なんでアンタが謝るのよ」


 感知出来なかった。虚を突かれた。

 いくら素の状態とは言え、地を這う蟻の数すら掌握可能な精度を有する完全索敵領域が、奴を捉えられなかった。


 なんて体たらく。およそ許されざる失態。

 前衛たる俺が、後衛のリゼに攻撃を通すなど。


「怪我は」

「…………ん」


 問いに対し、何故か幾らかの逡巡。

 けれど、やがて人差し指に嵌めたアーマーリングでスライムスーツを裂き、背中を晒す。


「少し刺さった」


 血の滲む、小さな刺創。


「……………………そうか」


 それを見た瞬間。頭の中で、何かが切れる音を聞いた。

 寂寂と──心が凪いで行くのを、感じた。


「ちょっと下がってろ。選手交代だ」





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