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封筒を開けてみれば、丁寧な三つ折りが施された数枚の便箋。
指先で触れてすぐ、違和感に気付いた。
「特殊なインクと紙を使っている。コピーは不可能、写真にも動画にも残らない。重ねてフェリパのスキルで、宛てた相手以外には文面の判読さえ能わん仕様だ」
そいつは周到。随分と徹底した隠蔽処置。
裏を返せば、そこまでするだけの情報が綴られている証左。
面白い。多少なり興味を唆られた。
いざ拝見。
「十三通全てに関する概要こそ伝え聞いてるが、各々の詳細まではオレも知らなくてな。差し支えなければ教えてくれ」
「時候の挨拶と、面識も無く手紙を送ったことに対する謝罪から始まってる」
文脈、文法に些かの狂いも窺えぬ完璧な邦文。
そこらの日本人より日本語上手いんじゃなかろうか。
「クハハッ、勤勉なフェリパらしい書き出しだ。で、内容は」
「長々と自己紹介が」
便箋二枚目の終わりまで只管、聖女様の経歴とプロフィールで埋め尽くされていて、一分の隙も無い。
「……まあ、もしかしたら……そんな覚えは無かったが……割と冗談を好むタチだったかも知れん……だが、いくらなんでも、そろそろ本筋に触れただろう?」
「いや。三枚目からは熱烈なラブレターだな」
初めて視た未来に居たのが貴方ですとか、同じ時代に生まれたかったとか。
故人から思慕を告げられてもな。一体どうしろと。
リゼは俺の膝を枕に眠りこけ、ヒルダは震えながら念仏を唱え、五十鈴は相変わらず沈黙状態。
そしてジャッカル女史は、喜怒哀楽から外れた形容の難しい表情で、ぶつぶつと独り言。
そんな四分五裂とした中、おもむろに便箋を卓袱台へと置く。
「読了。概ね把握」
「フェリパめ、道理で並み居る求婚者を袖にし続け――む? 今なんと?」
読み終えた、心得た、と言ったのだ。
「文末に、本来いの一番で書くべき内容が詰め込まれてた」
「ほう、そいつは僥倖。これで本当に単なる恋文だったら、とんだ無駄骨。最善の予知をなぞるためにヒルデガルド・アインホルンを雇い入れるべく、ロシアの山中へ踏み込んだ苦労も水泡と帰すところだ」
胸を撫で下ろすジャッカル女史。
ま、世界平和の一助とならんがため、相応の手間隙を費やした御様子。
なのに肩透かし食らうとか、精神的にダルかろう。
「では早速、打ち合わせと洒落込もうじゃないか。この美しき
…………。
「ノーセンキュー。まだ必要ねーよ」
少しばかり意識の食い違いがあるらしい。キッチリ伝えておかねば。
取り敢えず、便箋と封筒を突き返す。
「事情は分かった」
カタストロフを強制的に引き起こせるチカラを持った特殊なクリーチャーの退治。
端的に掻い摘めば、それが俺への依頼内容。
「が。手を貸すかは別の話だ」
ぶっちゃけ断る理由は特に無い。どうせ暇だし。
けれど。快諾する理由も無い。仮にカタストロフが起きようと、俺は何も困らんし。
「……成程。確かに押し付けがましかったな。結構、君からの条件を聞こう」
話の早い奴は好きだぜ。
そして相手が六趣會のアタマとなれば、此方の要求など決まっている。
「もう一度、ハガネと戦わせろ」
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