651・Felipa






 本当に藤堂月彦を想うのなら、彼を榊原リゼと出会わせるべきである。

 そう認めることは、私にとって痛みを伴う難事だった。


 ──三人。


 如何なる未来を辿ろうとも、力があろうと無かろうとも、微塵も在り方を変えず、誰にも傅かず誰にも従わない、生まれついての魔人。

 故にこそ迎える末期の殆どは、己も周りも巻き込んだ、目を覆いたくなるような惨憺。


 ──そんな彼に寄り添える者が、私に見通すことの適った岐路の内に、三人だけ居た。


 魔人とは似て非なる怪物、ヒルデガルド・アインホルン。

 彼と同じ色の血を持つ星撃ちの金銀妖瞳、雪代硝子。

 そして。黒無垢の死神、榊原リゼ。


 あとはのが幾人か。

 けれど何れも、あまりに速過ぎる彼の足取りに追い付けなかった。追い縋れなかった。

 天高く聳える月を掴むための強さが、才覚が、器が、致命的に欠けていた。


 なればこその、熟考に熟考を重ねた末の苦渋。

 彼女等に託すことが最善と、生前に結論付けた。


 ──だけれど。結局のところ、選ぶに値したのは一人だけ。


 磁石のように引き合い、反発し合うヒルデガルドでは、彼の狂気を掻き立てるばかり。

 月光に毒され、凶星への盲従を是としてしまう硝子では、彼の衝動を諌められない。


 生い茂る枝葉の先、地中深くの根の末端。

 どこを探せど、どれだけ探せど、榊原リゼ一人だけ。


 彼女だけが、藤堂月彦を人に留められる。


 ──気に入らなかった。

 逆恨みと分かっていて尚、大嫌いだった。


 愛持たざる魔人に愛される。そんな矛盾を、ただ出会うだけで果せてしまう彼女が。


 でも──二人の邂逅を鎖す未来を選ぶことなど、出来なかった。


 だって。私が見つめ、焦がれたのは。他ならぬ、彼女と歩んでいる時の彼だったから。






 …………。

 何より。もまた、榊原リゼだけなのだ。


 藤堂月彦との遭逢を経て、彼に勝るとも劣らぬ大器を目醒めさせた彼女だけが。

 自身の怠惰を踏み付け、黒曜の牙を研ぐ決意を固めた彼女だけが。


 有形を斬り裂き、無形を断ち伏せ、私では認知すら及ばざる高次をも刎ねる『死神』。

 その前人未到の空位へと至った彼女だけが成し遂げられる、大業。






 西暦二〇二六年。突如としてから現れた異物。

 全盛の斬ヶ嶺鳳慈でさえ殺し切れなかった、巨悪。

 この世界にダンジョンという大禍を持ち込んだ、そもそもの元凶。






 破滅へ続く轍を駆ける車輪。

 袋小路に陥った百年に於いて、榊原リゼだけが、を討ち斃し得る。


 どのみち私に、他の選択肢など、無かったのだ。





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