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〈ああ、おったおった〉


 俺の姿さえ見失っていた鳳慈氏が、けれど的確に『月輪』の軌道を捉える。


〈廻しぃや、白夜ヨル


 霞構えを取った二重螺旋の剣身へと、燐光放つ幾何学模様が浮かぶ。


「──やァべ」


 俺はアレを知ってる。

 たぶん、大抵の探索者シーカーなら知ってる。


 実に有名な代物だ。

 彼が存命だった当時は加工不可能であった八十番台階層クラスのドロップ品を無理矢理に組み合わせ、見た目だけ取り繕った魔剣。


 その実態は、風や水流などの形持たざるものを巻き取り、操る指揮棒タクト


 即ち。


〈お帰り下さいませやでー〉


 精微に扱えば、エネルギーの指向性をズラすことも能う。


「チ、ィッ!」


 百八十度ベクトル反転させられ、空振りに終わる『月輪』。

 破壊を撒きながら地に四肢を突き立て、数百メートルの制動距離を費やし、止まる。


 ちらと背後に目を遣れば、揺らぎもしない無明の闇。

 階層の果て、この小世界の終端。落ちてしまえば如何なる手段を用いても帰還叶わぬ、ただ只管に黒い洞。


「危ねぇ危ねぇ。リングアウトで仕舞いじゃ、笑い話にもならん」


 フォーマルハウトめ。装備のガワだけに留まらず、擁する能力まで再現出来るのか。

 まあ氷像に過ぎない筈の鳳慈氏がスキルを使える時点で、半ば予想はしてたが。


「つくづく面白いチカラだ」


 殺すほど、殺されるほど、勢力を拡大し続ける軍門。

 成程、別格の危険視を受けるワケだ。


「俺も死ねば、奴の傀儡か」


 巷で魔人などと呼ばれた破綻者には、似合いの末期。

 考えただけで大爆笑。


「くく、くくくっ、くひゃはははははは! あーっはっはっはっはっはっはっは!」

〈え、怖、なんや急に笑い転げ始めたんやけど……誰かー、黄色い救急車呼んだってー〉


 失敬な。俺は至って正常だ。






 暫く経ち、引き潮となる笑いの波。

 一足飛びに踏み出し、鳳慈氏の前へ降り立つ。


「ファンサ感謝。まさか白夜ヨルを食らえる日が来るとは、夢にも思わなかった」

〈いや、ファンサてジブン……もしかするとウチの方がおかしいんかな、これ……〉


 軽く言葉を交わす最中、半円を描く形で背面へ回り込む。


 先程までの鳳慈氏なら、確実に追えなかったろう速度。

 しかし彼は容易く此方の動きを見切り、ピタリと切っ尖を追従させた。


 ──やはり、と言うべきか。

 動体視力も反射神経も、桁違いに上がってる。


「さっきの六つしか俺はアンタのスキルを知らない。その範疇内でのカラクリか?」

〈せやね〉


 となると怪しいのは『チェンジリング』。

 七日に一度、性別を反転させるだけの代物と思ってたが、別な効果もあったのか。


「性別反転……肉体変化……?」

〈お。ジブンも中々に勘のええ子やね〉


 身体の一部を、より優れたものへ取り替える。そんなところだろう。

 探索者支援協会のライブラリに斯様な記載は無かったけれど、希少性の高いスキルには良くあることだ。


「膂力に大きな変化は見て取れない。交換したのは神経あたりだな」

〈正解や。ご褒美にアメちゃんあげたろか?〉


 頭上へと掲げた白夜ヨルを廻し、その中心に風を蒐める鳳慈氏。


〈あんま好きやないんよ。自分の中身を取っ替えるとか、キモいやん〉


 多量の氷も巻き込んだ、まるでブリザードが如し旋風。


〈せやから、出来れば早めに沈んで欲しいんやけども──〉


 解き放たれた暴威が、渦を巻いて俺へと迫る。


「シャアァッ!!」


 一刀で以て抉り斬り、二刀で以て噛み千切り、三刀で以て食い尽くす。


 風を断った俺を眇めた鳳慈氏は、予定調和とばかり、両手を上げた。


〈──そう簡単には、行かへんかぁ〉





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