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 二十番台階層に踏み入ると、魔法を行使するクリーチャーが出始める。


 探索者おれたちで言うところのスキルに類する異能。

 地球の物理法則を外れた、異なる宇宙の理を内包すると真しやかに嘯かれるチカラ。


 その真偽は兎も角、厄介さは語るに及ばず。

 当然だろう。根源的なフィジカル面で人間を上回る怪物達が、更なる超常のチカラを振るっているのだから。






「弱い」


 骨肉を砕き、臓腑を抉った感触を籠手越しに確かめつつ、魔石を拾う。

 サイズは四千円級。一般的な二十番台階層の平均よりも、ひと回り大きい。


「だが弱い」


 甲府迷宮で初めて古城エリアに踏み込んだ時のことを思い返す。

 最初に戦ったのは、確かリビングアーマーか。


 あの頃は、少なくとも戦闘の体裁を成していた。

 一種のクリーチャーの精髄を盗み取るまでに、およそ三度の迫り合いを要した。


 ……高々一年足らずで、変わり映えし過ぎだ。


「ぅるる……」


 昔から他人の動きの核心を掴み、対応策を捻り出したり、気に入った技術を自分用にカスタマイズしたりするのは得意だった。

 そこに『豪血』の五感強化が加わり、得られる情報量も精度も跳ね上がった。


 今や八尺様クラスの相手だろうと、三度どころか一度の、それも一分に満たない攻防で底を浚える。

 二十番台階層程度の輩なら、全くの初見であっても、一瞥だけで大体分かる。


 歩みが早過ぎる。俺自身すら戸惑いを覚えるほど。

 日毎、時毎、秒毎、駆け上がり続けている。


「足りねェ」


 このまま、どこまで頂点に近付けるのか。興味が無いと言えば嘘になる。

 だが、それ以上に恐ろしい。


 いつかが居なくなるのではないかと、そのような荒唐無稽を、ふと考えてしまう。

 頂きを目指しながらも、そこに立つことを恐れる。

 笑い話にもならない、馬鹿げた矛盾だ。


 閑話休題。


「雑魚相手じゃ、面白くもなんともねェ」


 同じものを噛み続ければ、やがて味も歯応えも失せる。

 前に味わったものより不味いものなど、食欲も湧かない。


「もっと強い、俺よりも強い奴」


 がりがりと首元を掻き毟り、耳障りな金音を撒き散らす。

 さながら、俺の心境が如し音色。


 ……ああ退屈だ。酷く苛立つ。頭が煮える。

 早く。早く。早く、早く、早く早く早く早く、死が喉笛を撫でるような戦いがしたい。


 その悦楽が齎す末路であるならば、本当に死んだって構わな――


「月彦。お腹空いたわ」

「あァ?」


 横槍に思考を引っ張られ、現実へと意識を戻す。

 じっと俺を見上げる、気だるそうなリゼの双眸。


「お腹空いたわ」

「二度も言わなくたって聞こえてるっつの」


 なんでしょうね、このお嬢様は。

 そんな感じに内心にて愚痴りつつ、飯を食うのに都合良さそうな場所を探すべく周囲を見渡す俺。


 脳髄を焦がさんばかりの衝動と欲求は、いつの間にか凪いでいた。





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