第6話 セイラ・ストリート・イレギュラーズ

【1】

  やったね! これで初期投資の資金と事業化の目途は立った。

 しかし九歳の娘から利子を取るとは、思った以上にシビアな父ちゃんだ。

 まあライトスミス木工所の後ろ盾がついたという事で好きにやらせて貰おう。


 下町の子供たちに石臼の使い方を教えて卵の殻を粉にさせ、作った粉を買い上げる。銅貨十枚分の重さで銅貨一枚の報酬は、父ちゃんに言ったとおりだ。卵の殻二十~二十二個を粉にすると、銅貨一枚の稼ぎになる。


 悪ガキのまとめ役のウィキンズに秤の使い方を教え、銅貨二十枚の日給で粉の計量管理をさせた。

 メイド見習いのグリンダには、買取銅貨の管理と支払いの担当を任せた。幼馴染のエマ姉とその弟のエドには、私と一緒に帳簿付けやチョークの製作を手伝って貰っている。


 こうしてチョークづくりを始めて一月余り経った頃だった。

 その日は、昼を過ぎても誰も卵の殻を持って来なかった。

 ウィキンズの目つきが険しくなり、イライラし始める。


 そうこうするうちに、いつも卵の殻を持ってくる子供が数人ウィキンズのところに泣きながら駆け込んできた。ウィキンズと対立する裏通りの悪ガキに殻を取り上げられたらしい。


 いきり立って報復に向かおうとするウィキンズを私は止めた。

「待ちなよ。もう暫くすれば卵の殻を持って向こうから来てくれるから」

 ウィキンズもしばらく考えて、それもそうだと頷く。


「ウィキンズ、その子たちを連れて倉庫から貝灰の袋を持ってきてちょうだい」

「それから、グリンダ。見習いのグレッグ兄さんを呼んできて。それとチビちゃん達にあげる飴玉を貰ってきてよ」

 そろそろこんな事が起きるだろうと想定して、考えてた緊急対策を実行するとしましょうか。


【2】

 準備を整えて待つうちに、次々とウィキンズの子分達が返ってきた。殴られて怪我をしている子もいる。

 私はグリンダやエマ姉と一緒に子供たちの顔を拭いてやり、飴玉を与えて宥めてあげる。


 ウィキンズや子供達の間に緊張が走った。

 振り返ると十歳前後の子供が3人、大きな袋を抱えて歩いてくるのが見えた。

「ここで卵の殻を買ってくれるんだろう」

 先頭の少年が私にそう聞いた。

「ふざけるな!うちのチビどもから盗んだんだろう。返しやがれ、盗人野郎」

 ウィキンズがいきり立って怒鳴った。


「ウィキンズ! 黙りな。取り敢えず計量をしてやりな」

「でもよう」

「さっさとやりな。反論は無しだ」


 むっとした表情で殻を計量するウィキンズ。

「重さは、銅貨三百二十二枚分」

「粉にしたら、報酬は銅貨三十二枚だね」


 裏通りの悪ガキ達が下卑た笑みを浮かべて手を出した。

「さっさとくれよ。銅貨三十二枚」

 私はその手に石の乳棒を乗せる。

「今言ったことを聞いてなかったのか。私は粉にしたらって言ったんだよ。ウィキンズ、銅貨三百二十枚分の貝灰を乳鉢に入れておくれよ」

「どういう事だ?」

「ここでは殻を粉にしたものを買い取ってる。さあとっととやっとくれ。嫌なら仕事の邪魔だからさっさと帰るんだね」

 私の後ろでガチムチのグレッグ兄さんが腕を組んで3人を睨みつけている。


「分かったよ。粉に引けば払ってくれるんだな」

 あきらめた3人が乳鉢で貝灰を砕き始めた。

 砕いていない貝灰は硬い。乳鉢で砕いた後に石臼で挽かなければ終わらない。

 それを銅貨三百二十枚分は結構な重労働である。


 もちろんチビ達はこれまで通り卵の殻をつぶさせている。本来は卵の殻を持ってきたらそれを粉にして報酬を得られる。

 それ以上欲しい時や卵の殻が手に入らない場合は貝灰を粉にする。ウィキンズは暇な時間に貝灰をつぶして追加報酬を貰っている。

 裏通りの3人組はヘトヘトに成りなりながらも銅貨三百二十枚分を粉に引いて、銅貨二十枚を貰って帰っていった


「納得いかねえ」

 ウィキンズがぼやく。

「今回は、これで納めてよ。チビさん達は自分で集めた卵の殻で報酬を貰えたし、これからも人手がいるからあいつ等が働きに来てくれたら助かるんだ。そうなればもうこんなことは起こらないよ」

「それでも飴玉はお嬢の持ち出しだろう」

「まあこれで安全が買えたと思えば安い投資だよ」


 翌日から裏通りの3人組も臼挽きに顔を出すようになった。

 ウィキンズたちとの和解にはしばらくかかったがいつの間にか馴染んでしまった。


【3】

 最近卵の殻の回収量が減っている。大口の料理店や菓子店・惣菜店の廃棄が無くなっているようだ。

「どういうこった」

 ウィキンズが憤っている。

「オレたちが調べてこようか」

 裏通り組もウィキンズに追随して問題を起こしそうだ。


「いいよ、原因の見当はついてるから」

「それじゃあ、そいつのところにカチコミに行こう!!」

「「「「「「オー!」」」」」」

 ウィキンズ達が盛り上がっている。


「行くなぁー!! バカーー!!」

 私は慌ててみんなを止めた。

「もう少ししたら、向こうからこっちに談判に来るだろうからね。来ても手荒な真似をするんじゃないよ!」

「そんなことなんでわかるんだよう」

「わかってんなら、カチコもうぜ」

「私たちはゴミをあさってタダで持って来ていたんだろう。捨てるも捨てないも店の勝手だろう。そこは納得しろ」

 いきり立った子供たちに道理を説く。

「でもよう、チビ達の小遣いが」

「大きい奴らは貝殻潰し、ちっさい子や女の子は代わりに仕事をやるよ。それで納得しな」

 みんなは、私の説得で不承不承だが怒りを収めたもののそれでも納得でき無い様だ。


 その騒ぎから二日後少年が一人やってきた。

 ダドリーと名乗ったその少年は、表通りの料理店の息子らしい。

 彼はグレッグ兄さんにそう名乗ると、交渉したいと告げた。

「お嬢どうする?」

 グレッグ兄さんは私にそう振ってきた。

「分かったよ。話を聞こうか」

 ダドリーが驚いて私を見る。

「このチビは何なんだ?」

「私が交渉相手だよ。で、殻はどれ位あるの」


 ダドリーの口元に小狡そうな笑みが浮かぶ。

 洗礼式明けの幼女程度なら御し易いと踏んだのだろう。

「たっぷりあるぞ、三樽分だ。一樽銀貨五十枚でどうだ」

「吹っ掛けたねえ」

「ああそうだ。俺が根回しした。殻が要るんだろう」

「冗談じゃない。そんなに払えるわけがないだろう」

「払えなけりゃあ、それまでだ。値段交渉ぐらいはしてやるがな」

「あんたが集めたのかい?」

「うちの店とサミュエルの菓子屋とレイノルズの宿屋の食堂に集めてある。断れば手に入らないぜ。」


「聞いたかい、ウィキンズ。裏通り組と一緒に袋と秤を持って今聞いた店に行ってきてよ。卵の殻10カロンで銅貨100枚って言ってね」

「「「よっしゃ! わかった!!」」」

「待てぇ、コラ。汚いぞ!!」

「ダドリー、あんた詰めが甘いねえ。相手が私だと思って舐めてただろう」

「くそ―!」

 地団駄を踏んで悔しがるダドリーに私は言った。

「報酬は払うよ。あんたの作ったこのシステムを売ってくれ」

 ダドリーが驚いた顔で私を見上げる。


「あんた歳はいくつなの?」

「十一歳だよ」

「私は大人が来るかなあと思ってたんだ。子供が来たから驚いたわよ」

「お前だって子供じゃないか」

「それはそうなんだけども」

 まあ(俺)はおっさんが混じっているから大分違うのだけれどな。

 ダドリーはどこで知ったか卵の殻の買取りを聞きつけたのだろう。裏通り組はカツアゲに走ったが、ダドリーは廃棄元に目を付けた。

 そこから近隣の店舗に話を入れて卵の殻を集めさせて自分で売ろうと画策した。同年代の子供よりだいぶ頭が回るようだ。

 但しそこから先はまだ子供だ。

 殻の価格にバカみたいな金額を吹っ掛けたかと思えば、あっさり殻の集積所まで口に出してしまった。


「ねえダドリー。アンタの発想も、それを実行に移した行動力も大したもんだよ。でも思い付きを何の検討もなしで即実行したことが敗因さ。とにかくPDCAのサイクルを回せって事だよ」

「どういう事だ。言ってる意味が分かんねえ」

「とにかく、アンタのその発想は買ってやる。私と商談をしようよ。アンタは料理屋の息子だったわよねえ」

「ああ、料理屋ハバリー亭の四男だ」

「ハバリー亭なら結構稼いでいるようだし、家で働けば食っていけるでしょう。小遣銭くらいなら貰えるでしょうに、なんでこんな事しようと思ったの」

「四男坊なんて跡取りでもないし、兄貴たちの下働きで一生を終わるなんて御免だね。上の兄貴や姉貴たちは聖教会や貴族の下働きなんかに出して貰っていたけど、俺は期待もされてないいらない子だからなあ。今のうちから金を貯めて一人前になったら独立したい。だから金はいくらあっても足りねえんだよぅ」

「独立って、小遣い銭程度のはした金で店なんか出せないわよ」

「だから聖教会へ行って読み書きと算術を習いてぇ。その為の金集めだよ」

 ダドリーは私にそう吐き捨てるように言った。


「その意気込み買ってやる! アンタが頼んだ店の卵の殻を定期的に回収して持ってきてよ。ウチで買い取るから」

「いくら払うんだ」

「さっき言った金額さ」

「どの店も金額を知っちまってるんだ。タダで渡さないだろう」

「そこは交渉次第だねえ。それにハバリー亭の分は全部アンタの物にできるでしょう」

「うちで出る卵の殻なんてしれている」

「だから私と取引しよう。損にはならないわよ」

「どういう事だよ」

「詳しく説明してやるから、理解出来たら契約よ。それと毎日ここに通うなら文字と帳簿付けの計算くらいは教えてやるわ。これから契約書の書き方や仕組みもレクチャーするからこっちへ来なさい」

「おまえ、年下のくせに偉そうだなあ」

「そう、私は偉いのよ。敬いなさい」

 ダドリーは憎らしそうに私を睨みつけながらもついてきた。

 さあ次の仕込みの始まりだ。


【4】

 ダドリーは私の話を聞いて興味をひかれたようだが理解が追い付いていない様で渋い顔ではあるが納得して帰っていった。

 入れ違いにデカイ袋を抱えたウィキンズ達が返ってきた。

「47カロン。銅貨4700枚を値切って銅貨3525枚だー!!」

「宿屋も菓子屋も料理屋も俺たちが計算できないと思い込んで騙しに来やがったから一発かましてやったぜ。」


「おいらもセイラと練習したとおりに言ってやったぜ。それならゴミ箱に捨てな、明日にでも別の奴らがタダで拾いに来るから…ってな」

「はじめは80って言ってたのを、折れて75で良いってよ」

「ちょっとあんた達、いくらで買うって言ったのよ」

「はじめは60でそしたら100だって言いやがったから、せっかく集めてくれたんだから70まで上げてやるって。そしたら90に下げやがった。」

「結局80で手を打つことにしたら、ガキだと思って銅貨の枚数をごまかしてきやがった」

「こちとらセイラのところで掛け算も割り算も覚えたんだ。ごまかされねぇ」

「信用できないから取引はヤメだって言ったら。75まで下げてきやがった」

「今回は初めてなんでそれで手を打ったけど、この次からは運搬の手数を省いてやるんだから70てことで話をつけてきた」


「ウィキンズ、立派に成ったねえ。あたしゃ嬉しいよう」

「おいお嬢、オレのことバカにしてるだろう。おまえ、オレが年上だってことわかってんのか」

「ゴメン、ゴメン。でもみんな大人相手に駆け引きが出来るようになって、予定よりずっと安い金額で取引できるようになったんだ。100で押し切っても良かったのにあんた達の努力の結果だよ。スゴイヨ」

「ヘヘヘヘ。まあ、お嬢には世話になってるしな」

「今回の浮いたお金はあんた達の取り分だよ。みんなで仲良く分けなよ」

 ウィキンズたちが歓声を上げる。


 でもこの成果は本当に期待以上だった。うまくやって一割くらいは下げさせられるかなぁ程度だった。

 25%まで値切ったのも驚きだが、更に次回からの取引で30%まで下げさせたとは。

 交渉の仕方も堂に入ったものだ。

 ウィキンズも裏通り三人組もまだ十才、日本なら小学校の四年生位だ。あと二年もすればどこかに徒弟か見習いで働きに出る。このまま伸びればきっと良い働き口も見つかるだろう。

 彼らの将来にチョッと期待してしまう(俺)が居る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る