第103話 帰還

【1】

 ガラビト提督たちは反乱兵にあっさりと拘束され舳先に引き摺り出されている。

 威勢の良い交戦論を主張した割には兵卒たちの勢いに恐怖を感じて腰砕けになったようだ。

 舳先の上で何やら喚いている。


『降伏勧告に応じるものはいるのか?』

 ドラゴンボートからの呼びかけに提督たちを拘束した士官が白旗を振って口を開いた。

「交渉を求める。ギリア王国より逃亡兵扱いを受けるようなら亡命を希望する」

『了承するが、提督たち交戦派が名誉の戦死を遂げて後を引き継いで降伏したという事でも構わないぞ』


「なっ何を言うか! 漁民やケダモノ風情が貴族に対して!」

『貴族も何も関係ねえ。ワシらの村を襲った敵だ! 戦うならば潔くワシらの手にかかってくたばればいい』

 村長がドラゴンボートの上から叫ぶ。

『抗戦を主張しているなら受けて立つと言ってるんだ。そうなれば名誉の戦死だぞ。それを望んでいるのだろう?』


「いや…、騎士団長! どうにかしろ! 陸戦部隊の責任であろう」

「交戦は提督の判断でしょう! 我々は提督の意に従ったまでだ!」

 もみ合っている甲板上の貴族達を尻目にベラミー船長は水夫長を伴ってカトラスを抜くと舫い綱にとりつき器用に上がって行った。


「提督殿、来てやったぜ。早速一騎打ちと行こうじゃないか。さっさと獲物を構えな」

 提督と騎士団長は拘束を解かれ、兵卒たちの囲みの中で背中を押されている。

 ベラミー船長がカトラスを構えると従卒と思しき少年がサーベルを差しだした。

 提督は震える手でサーベルを受け取るが、柄を握ったまま鞘から抜く事も出来ない。

「騎士団長!」

 横の騎士団長を見て叫ぶが、その騎士団長も水夫長に睨まれてハルバートを構えたまま微動だにしない。


 ベラミー船長が右手に持ったカトラスを大きく振り上げたとたんガラビト提督はサーベルを鞘ごと放り出して頭を抱えてうずくまった。

「助けてくれ! 降伏する! 降伏するから、もうやめてくれ!」


「そっちは?」

 ベラミー船長が視線を移して騎士団長を見ると、騎士団長はハルバートから手を放して両手を上げた。

 ガシャーン!

 ハルバートが倒れる大きな音と共に騎士団長の口から掠れた声が漏れた。

「降伏する…」

 

 その言葉に何故か甲板上のギリア兵から歓声が上がる。

 ベラミー船長は舷側へ走ると周りのギリア帆船に向かって怒鳴り声をあげた。

『ギリア船団に告げる! 旗艦の提督は降伏勧告を受諾した! 勧告に従う者は武装解除してとっととカッターに乗れ! 抗戦する者は降伏した捕虜が退避後、鐘一つの後に戦闘態勢に入る! それ迄休戦だ!』


 湾の入り口は帰ってきた漁船団の篝火で埋め尽くされている。

 それだけでギリア艦隊は戦意を喪失している。その上提督が降伏を呑んだのだから他の船は誰に義理立てする事も無い。

 そこからは堰を切ったように投降者があふれ出した。

 トップが降伏したのだ。士官や下士官がどんなに抗戦を言い立てても投降した兵卒が命令違反に問われる事は無い。


 カッターに降り立った兵士たちはボディーチェックをされて次々と漁船に収容され浜辺に運ばれて行く。

 その中には見知った顔が何人かいる。

 みんな帆船協会の船員たちだ。航海士、船長、水先人、水夫長この辺りはあらかた見知った連中ばかりだった。


 昨日の午後に郡庁舎まで早馬を送ったので明日の朝には役人や軍の騎士団もやってくるだろう。

 引き渡しまでの間に主要幹部メンバーの尋問を終わらせるべくベラミー船長たちは村長や村の顔役たちと牢獄代わりの番小屋の隣りに設えた尋問室に赴いた。


 そこには前日に捕まった海賊たちが放り込まれている。

 特に前日の海賊行為について漁民の恨みは深い。海賊団の半数以上は戦闘やその後の小競り合いで命を落としている。

 生きている者さえ五体満足なものが殆んどいないその惨状に捕虜となったギリア兵も帆船協会の水夫たちも顔色を無くして震えあがった。

 ギリアの貴族から派遣された捕虜の高級将校たちは恐怖に竦み上がり直ぐに泣きが入った。


 提督であるガラビト伯爵や側近の騎士団長は完全に心を折られており、こちらの質問だけで無く聞いてもいないこと迄ベラベラと喋ってくれた。

 おまけにドタバタとした降伏勧告で船団の重要書類は処分を免れていた物が多くあった。

 アリエス号のように腹を括って全ての書類を焼き払った船も他に一隻あったが、旗艦以外の三隻はしっかりと機密書類が残っていた。

 旗艦の書類も一部を除いて残されている物も多数あった。

 おかげで帆船協会の奴らが尋問をのらりくらりと言い逃れられても、決め手に欠く事は無い。


 前日の海賊船の航海士や帆船協会の幹部クラスは、ギリア国籍では無い為こちらで引き取る事にする。

 他国籍の者は捕虜条約の対象にはならない。

 なによりあの二隻の船はギリアでも海賊と認識されているのだ。宣戦布告の根拠にもされているのだからギリアが彼らを助けるはずはない。


 翌日やって来たダプラ王国の群役人が帆船協会の一味の引き渡しを要求していた。

 もちろん北方三国で手配を受けている犯罪容疑者がギリア王国兵と同乗していた事実を示すためだ。

 海賊どもについてはギリア国民では無く、どうもハッスル神聖国で集められた船員のようだ。

 ただ船籍はギリア王国で私掠船許可証もギリア王国の物であった。

 押収した書類と引き換えに身柄はシャピ商船団が引き取ることで合意できた。

 群役人も三十人近い重傷者を引き取る気も無くここは、全て殺された事にして簡単に合意できた。


 問題は帆船協会の乗組員だ。

 ベラミー船長としては全員シャピに連れ帰り裁判にかけたいのだが、全員を連れて帰る訳には行かない。

 だからと言ってペスカトーレ家を追い詰められる証言者はダプラでも手放したくないようだ。

 船員たちもダプラへの亡命を希望している。

 もちろん証言を条件にダプラの群役人もその要求をのんだ。


 こうなれば部外者であるベラミー船長たちには口を挟む事は出来ない。

 何より無理を言って生き残りの海賊を引き取っているのだ。それも漁民と村長と郡役人とで口裏を合わせて海賊団として処刑されたという事にしてだ。

 その工作の為に今死亡した海賊船員の首が刎ねられている。

 処刑の証拠として郡役所からダプラ王都に送られるのだ。その中には二隻の海賊船の船長の首も含まれている。


 交渉の末に海賊団の生き残りと引き取ってシャピの船団はに帰る事になった。

 帆船協会の幹部クラスも関係書類も全てダプラが引き取り多分最終的にガレに運ばれてギリア糾弾の材料に使われるのだろう。


 出航したシャピの商船団が湾を出た頃に近づいて来る三艘の漁船があった。

 舳先で松明がゆっくりと回される。

 近づいて来た三艘には縄で縛り上げられた五人の男が乗っていた。

 旗艦のタウロス号から逃げ出したイクバル船長と航海士や水夫長達だ。

 村長が五人を銛でつつきながら黒シャチ号への乗船を促す。


「ベラミー船長、色々と有難う。この恩は忘れん」

「親父から聞いた。俺たちが漁に出ていたばかりに迷惑をかけたようだ。ほら、こいつ等が持っていた書類と金貨だ」

「俺たちは書類さえありゃあ良い。金は村の復興に使いな。どうせ他の船に積んでいた金目の物は役人が持って帰るだろうからな」

「すまねえ。そいつは助かる」

「恨みはあるだろうが、海賊の身柄を渡してくれたお礼だ。戦争が落ち着いたなら船大工や商人を連れてくる。それまでに難破船を引き上げておきな。あの村は良い港だ。上手く行けば大型帆船七隻持ちの貿易港に生まれ変われるぜ」

「獣人属の俺たちがやって行けるだろうか」

「俺の船の夜ガラスの小僧を見ただろう。シャピにはあんな獣人属が沢山いるんだよ。やる気になってしっかり学べばどうとでも成るんだ。次来る時までにしっかり大砲や帆船の扱いも含めて準備しておきな」


 シャピ目指して帰って行く三隻の商船を三艘の漁船が見送っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る