第102話 威風堂々(2)

【3】

 偶然にも座礁しているギリア艦隊と迎え撃つダプラの漁民たちの思惑が一致している。

 昼からは散発的な銃撃戦と睨み合いが続いている。

「どうするねベラミー船長。そろそろ降伏勧告でもするか?」

「村長、漁に出た奴らが戻って来るのはいつ頃になるんだ。日暮れ前には片を付けてえんだが」

「いつもなら日没少し前だが、何とも言えねえ。この近海なら日が暮れても篝火で帰って来れるからな」


「わかった。日の入り直前に降伏勧告を行う。受け入れなければ明日の朝また戦闘再開。聞き入れれば明日の朝武装解除させて捕縛と行こうか」

「わかった。あんたがたに任せよう。それじゃあ半分程度のドラゴンボートは引き揚げて休憩だ! 残り半分はしばらく頑張って鐘一つで交代だぞ!」


 日暮れに近づいたが漁船団はまだ帰ってこなかった。

 ギリア船団の内、難破船脇でアリエス号はその船体のほぼ半分を海に沈めて海に向かって横に三十度傾いて座礁している。

 船は完全に沈黙し、乗組員たちは甲板に集まって火縄銃や弓を手に戦闘態勢は取っているが不安げに肩を寄せ合っている。

 旗艦が戦闘態勢を取っている為自分たちだけが降伏する事が出来ないようだが、乗組員は完全に戦意を喪失している。

 今や傾いた甲板で姿勢を維持するだけでも精一杯の状態なのだ。


 少し沖合に座礁している四隻は各々戦闘態勢を取っている。

 午後から潮が引き始めたころ合いで反転して湾の内側に再度乗り込んできたのは、座礁させてこれ以上の浸水と沈没を防ぐ為なのだろう。

 同乗している歩兵を突入させる魂胆かもしれないが、そうなると夜襲を警戒しなければならない。

 降伏勧告をする場合は先ず武装解除を前提条件にするべきなのだろう。


 湾内にはすでにシャピ船団の三隻が侵入しているが、乗組員の半数をドラゴンボートや難破船砲台に割いている為戦闘となると万全の体制が取れない。

 なによりシャピ船籍の三隻が戦闘に参加すると、第三国が介入した事になり外交問題になりかねない。

 積極的に動けない以上、牽制の為湾内を運航しつつ補給と支援に回る事にする。


 このまま漁師たちが帰ってこなくて夜間戦闘になれば、負ける事は無いがこちらにも大きな被害が出る可能性が高い。

 そうなれば私掠船許可を掲げて介入になるのだがそれだけは極力避けたい。


【4】

『ギリア王国の船団に対して降伏を勧告する! 今降伏すればギリア王国の敗戦捕虜としての最低限の処遇を保証する! 直ちに武装を解除して投降しろ!』

 ドラゴンボートの船首に立った男が旗艦であるタウロス号に向かって大声を張り上げて怒鳴っている。


 日が暮れ始めて業を煮やしたのだろう。大声で降伏勧告を始めた。

 多分夜襲を警戒しているのだろうがそれこそ死にに行くようなものだ。夜襲を敢行した時点で乗組員の大半は命を落とす事になるだろう。

 ただこのバカ提督ならばやりかねない。


 部下や船員の命など毛ほどの重さにも感じていないような男である。

 ただただ自身の栄誉と命だけが大切なのだろうから、平気で突撃を命じるだろう。


「ギリア王国の軍人を侮るな! 我らは最後の一兵までも命を捨てる覚悟であるぞ! 貴様ら出来損ないのケダモノ農奴とは覚悟が違うのだ!」

『話にならんな。現状が見えておらん。おい甲板の上の全員に問うぞ! 武装解除して降伏を受け入れる者は捕虜として処遇する。丸腰で白旗を以てカッターボートで渡って来い捕虜として受け入れる!』


 今の勧告で船内の陸戦兵や水夫たちに明らかに動揺が広がって行くのが分かった。

「そんなことは許されんぞ! 突撃命令を無視して逃げた者は脱走兵として処刑してやる。そこのところを肝に銘じておけ!」

 ガラビト提督が吠えるが、水夫や陸戦隊員はその顔を恨めしそうに睨んでいる。

 これで船内で内紛でも起きてくれれば脱出するのも楽になるのだが…。


 イクバル船長はしばらく何か考えていたがコッソリと甲板から船内に降りて行った。

「おい、航海士はどこに行ったか知らんか?」

「さあ…?」

 あの航海士の事だ。どうせ逃げ出す算段でもしているのだろうが、今はまだ時期が早い。


 船の下層で小型のボートを繰っていた。

「航海士! こんな所で何をしてるんだ!」

 驚いて振り返った航海士はもう既にダガーを抜いていた。

「…イクバル! 邪魔するならお前でも容赦しねえぜ」

「別に止める訳じゃねえ。だが今それは悪手だぞ。お前は降伏すりゃあ戦時捕虜なんていう戯れ言を真に受けているんじゃねえだろうな!」

「なんで戯れ言だと思う? こんな下らねえ戦闘で命を落とすくらいならコッソリ降伏すりゃあいいだろう」

「分ってんのか? 適用されるのはギリア王国の戦時捕虜だ。俺たちはギリア国民じゃねえ。まして逃げ出して降伏したとあっちゃあ、逃亡へい扱いだ。その上俺たちは裏を知り過ぎている。ギリア王国がすんなりと捕虜交換で受け入れてくれると思うか? 当然口封じで命を狙って来るだろうぜ」


 航海士はイクバル船長の話を聞いて顔色を無くした。

「それは…、じゃあどうすれば良いんだ。このまま残っても戦闘に巻き込まれて死ぬだけだぞ。それにうまくすればバレずに済むかもしれねえ」

「甘いんだよう。あの大型帆船はシャピの商船だぞ。船影から俺たちの事はバレてる。それにあそこで降伏勧告をしていたのは内陸通商のベラミーだろうが!」

「だからって俺たちの事を全て知っている訳じゃあねえだろう」

「ああ、水夫連中ならな。だが俺やお前や水夫長辺りは顔が割れているだろうよ。なにより内陸通商の奴らに好意を持たれる様な事をお前はやった記憶が有るのか? 恨まれても助けて貰える保証はねえぞ」


 航海士は肩を落としてその場にへたり込んだ。

「沈没してた私掠船を見ただろう。あそこに敵の砲種が乗っていたって事は、乗組員は海賊として膾に刻まれてるんじゃねえか? 村を襲って多分女子供も手にかけてるだろうからな」

「クッソー! 俺は船主のチカチーロに騙されたんだ! なんでこんな事に!」

「悔やんでも起きちまったことは仕方ねえ! よく聞け、水夫長やヤバい奴らを集めてこのボートで直ぐに出られる準備だけしろ。それが済んだら、陸戦兵の所を回って提督たちを殺っちまって降伏しようって告げて回れ。捕虜になればすぐダプラかガレに亡命を願い出れば命は助かると言ってな」


「どれでも俺たちは捕虜に該当しねえんだろうが」

「船内が混乱して戦闘になったなら宵闇に紛れて上陸して陸路を逃げるんだよ! 船の中の金目の物は攫っておけ。俺は甲板に上がって提督を焚きつけてくる」

 イクバル船長がまた甲板に駆けあがると航海士もその場から姿を消した。


「「おーい! 降伏すれば亡命を認めてくれるのか?」」

「「このままじゃあ敵前逃亡で殺されちまう」」

 甲板や舷側から一般兵が外のドラゴンボートに問いかけている。

『当然だ! 捕虜としてガレにでもダプラでも亡命の口をきいてやる。名前も明かさん』

「貴様ら! 敵前逃亡を謀る気か!」

 ガラビト提督の持つ短銃が火を噴くと甲板で問い掛けていた一般兵が胸から血を流して海に落ちて行った。


「「「もう我慢なんねえ」」」

「「「俺たちはてめえら貴族の盾で死ぬなんて真っ平だ!」」」

「反逆者どもを征圧しろ! 騎士団長、平民兵どもを殲滅しろ!」

 旗艦の甲板で貴族階級の士官と平民出の兵卒や水夫たちが入り乱れての乱戦になった。

「「「俺たちは降伏して亡命するんだ!」」」

 その叫びは周りのギリア商船団にも飛び火し、あちこちの船で戦闘が始まった。

 また一部の船では次々とカッターが降ろされ、白布を穂先を追った槍の柄に括りつけた兵たちを乗せて漕ぎ出し始める者も出始めた。


 混乱に乗じてイクバル船長たちは旗艦の幹部クラスの五人で小型ボートで沖に向かって漕ぎ出していた。

 湾外に出て沿岸沿いに逃げて、上陸するつもりなのだ。

「あの提督、思ったより金を溜め込んだたようだな」

「そいつは多分船団の運営資金だろう。大した儲けにはならんがしばらくは逃げ延びられるだけの儲けは出たな」


 僅かな月明りと星を見ながら、ボートは静かに進む。明かりをつけずに進むので航海士の知識が必要だったのだ。

 どうにか気付かれずに湾外に出た小型ボートの上で五人は驚愕し硬直する。


 外洋から湾内に向かって篝火を焚いた無数の漁船がこちらに殺到するのが見えたのだ。

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