第101話 威風堂々(1)

【1】

 脱出用のカッターボートは片っ端からドラゴンボートに襲撃されて沈んで行く。

 船からの脱出が難しいと判断した乗組員は沈没し座礁している船に籠って応戦を始めている。


「どうする船長? 降伏勧告でもするか」

「今は止めておこう。奴らはあの沈没船に暫くは籠っておいて貰おう」

「…? なぜ?」

「これだけの戦闘員を浜に上げて暴れられたなら俺たちで押さえきれんだろう。奴らを浜に上げるのは、俺たちの墓穴を掘る様なものだぜ」


「鯨取りを侮るな。ふざけた真似をするヤカラは銛の錆にしてくれるわ」

「海賊なら皆殺しにするのも良いだろうが、もうそれは通らねえ。ギリア王国は宣戦布告の勅命を下したんだ。奴らは戦争捕虜として扱わなけりゃあなんねえ。その為には全員拘束できるだけの人数が必要だ」


「だから船に閉じ込めておくのか?」

「ああ、少なくとも漁に出ている男衆が帰って来る今日の夕刻まではな」

「おい、船長よ。そうは言うが村長のわしでも帰ってきた荒くれどもの怒りを押さえさせることは難しいぞ」

「そいつは気の毒なこった。だがなこの先ギリアと戦になるなら、無抵抗な捕虜は殺すな。それを許せば周辺国の支持を得られなくなって、この国が孤立する事になるからな」


「大陸の人間のいう事は難しくてわからんが、助けて貰った恩もあるしこれからの戦に影響があるなら説得はする。降伏した奴らには手出しはせんが、わしらの村人を攫おうとした奴らの言い分まですべてを聞く義理も無い事を知っておいてくれ」

「ああ、村を焼かれいるんだ。すべて飲み込めとは言わんがよろしく頼む」


【2】

 ガラビト伯爵家の栄光が始まるはずだった。それが何だこれは!

 ケダモノの漁民どもが何故大砲を扱える? ダプラ王国などケダモノの邪神の国ではないか。

 それに何だあの高速のカッター船は? あんな船が有る事など聞いておらんぞ。あの村の漁師どもは出払っておったのではないのか? 残っているのは女子供と年寄りだけだという話だったぞ。

 なにより先行した二隻の私掠船が村を征圧している筈じゃなかったのか? なぜあんなところであの二隻が沈んでいる。

 ギリア王国の私掠船がなぜケダモノの村の漁民に沈められているのだ!


「はっ…話が違うではないか。早く船を! この湾から出て態勢を立て直せ! ギリアから援軍を呼んで殲滅してやる」

「やってますが舷側に穴が開いて浸水が始まってるんだ。そう簡単に進めねえ」

「それに帆にも火をかけられているぞなんとかせんか! 水なら幾らでも周りに有るだろうが! さっさと動け!」

「その海水を誰が汲むんだ! それに帆布は丈夫だ! すぐに火は廻らねえ」


「船長! 湾の入り口を見てくれ! 大型戦闘艦だ。それも三隻も」

「ああ…ありゃあシャピの新型の大型外洋船だ。シャピの新造船は全部西部航路に居るんじゃねえのか? なんで北東部の海域に残ってるんだ」


「そうだ! 陸戦隊を出せ! 船を捨てて浜を叩く! 上陸して陣地を築いてあの戦艦を迎え撃て! いや、違う。上陸してこのままダプラ王都まで進軍して王都を落とすのだ! 今すぐボートを降ろして陸に攻め込むぞ!」

「そんな事出来るわけねえだろう。ボートを下した途端に奴らの大砲で狙い撃ちにされる。砲が無くてもあの高速カッター船の衝角で一突きだ」


「黙れ! やっても見ないで何を言うか。敵に恐れをなしたのか? 重装騎士団を乗せてきたのは何のためだと思っている」

「その重装鎧を着てカッターを沈められたなら溺れ死ぬだけじゃねか。鎧は脱がせろ! 武器は剣かナイフか弓だけだ。盾や槍は邪魔になる。攻撃を受けていない反対の舷側からカッターを降ろせ! ヤバくなったらすぐにでも退避できるようにな」


「鎧も盾も無しでどうやって戦えるのだ! 武人が碌な武器も持たずに打って出るような事は出来ん! 退避など認めんぞ!」

「この提督殿を黙らせてくれ! 生憎と俺たちは船乗りで商人なんだ。死にたいなら一人で死んでくれ。俺たちはギリア王国にもハッスル神聖国にも義理はねえんだ」

「薄汚い商人どもめ! 貴様らのギリアとハッスルの貿易を認めたやったのも港に匿ってやった事も忘れたのか!」


「それでうまい汁を吸って儲けの半分まで掠めて行ったのはギリア王国じゃあねえか。ハッスル神聖国で上前を撥ねられ、ギリア王国で上前を撥ねられて、挙句の果てにこんな北海の辺境で死にかけてる。なんでこんな憂き目に有ってるんだ」

「黙れ! 下賤な平民の分際で! こうして我が伯爵家や騎士団の役に立つ事を光栄に思わないのか! 不敬ものが」


「船長! 降ろしたカッター目がけて大砲が撃ち込まれている! 退船は難しいぞ」

「どうするのだ! 陸戦隊が上陸できんでではないか!」

 この提督はまるで状況が見えていない。このままでは五隻とも沈没は免れない。

 カッターは打ち抜かれて多分数が足らなくなっているだろう。


 陸戦隊のバカどもは鎧と一緒に沈めばいいが、商船団のメンバーだけは、船長の俺だけは退避できるように…己の延命、そんな考えがイクバル船長の頭の中を駆け巡っていた。

 このままでは船は湾外に抜ける事はまず不可能だ。

 だからと言ってガラビト提督の言う通り陸戦隊を上陸させて陸戦に持ち込む事など論外だ。

 カッターで降りた途端に砲弾の雨が降って来るだろう。何より重武装の陸戦兵が海に落ちればひとたまりも無く溺死一直線だ。


 上陸できるのは半数にも満たないだろう。

 上陸できても疲弊した陸戦兵が軽装の漁師相手に砂地の浜辺で戦って勝てるとも思えない。

 そんな奴らに混じって上陸するなど死にに行くようなものだ。


 なら降伏するか?

 ガラビト提督が首を縦にふるかどうかはわからないが、降伏すれば陸戦兵やバカ提督たちは捕虜としてその身の安全は保障される。

 しかしそれはギリア王国の国民としての身分を持つ者だけだ。


 帆船協会の乗組員はすべてまだラスカル王国の国民で、尚且つお尋ね者として手配されている。

 ダプラかシャピに送られて裁判にかかるならマシな方だ。

 最悪ならばこの場でマストに吊るされても誰も異は唱えないだろう。

 いや、ギリア王国の奴らが事実の発覚を恐れて自分たちを吊るす可能性も十分にある。


 このままではダプラに送られようがガレに送られようがシャピに連行され様が、ギリア王国やペスカトーレ教皇一派が口を塞ぐために圧力を掛けてくることは目に見えている。

 隙を見て逃げ出さねば…。


「ガラビト提督様よー。陸戦に向かうなら取り舵だ! このまま前進すれば完全に沈没してしまう。浅瀬で座礁させて陸に近づけろ!」

「アイアイ! 船長!」

「貴様何を勝手な命令を!」

「提督! 陸戦隊で上陸するんだろう。先陣を切るんだろう。ならこのまま浜に乗り上げるしかねえだろう。それとも湾の奥で船団と沈むつもりか?」


 タウロス号の急な方向転換で迫ったいたドラゴンボートが数隻巻き込まれて横転する。

 大砲は沈むが、船は放り出された漕ぎ手たちが復元し乗り込み始める。

 これを見た他の船も追従し始めた。

 しかし初見殺しのこの戦法はもう通じない。動きの遅い帆船から距離をとり巻き込まれるドラゴンボートもういない。


 四隻の船は浸水で喫水が下がり、次々と陸よりかなり手前で座礁し始める。

 ギリアの船団の方向転換を見てシャピの商船は湾内に侵入してくる。

 先に難破船の前で沈没していたアリエス号は難破船からの攻撃にさらされてほぼ沈黙している。


 この後はガラビト提督を焚きつけて座礁船に籠城して日没を待って闇に紛れて逃走するほか無いだろう。

 イクバル船長舌打ちをしながら、夜まで長い戦いになると溜息をついた。

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