第100話 ダプラ攻防戦(ダプラ漁村)

【3】

「夜襲に備えて湾の入り口の島に見張りを立てる。シャピの船団は湾外の北側の島陰に待機だ。夜襲でギリア船団が湾内に入ろうとすればカンテラで合図だ。俺たちが後ろから襲い掛かる」

 ベラミー船長の言葉に他の船長たちも頷いた。

「基本的な戦法はそれで良いんじゃねえか。湾の入り口を俺達三隻で封鎖してギリアの船団は湾内に閉じ込める。問題は陸戦兵だな。艦数五隻だと想定して上陸兵を積んでいるとすれば最悪五百人近く、あの航海士の話しじゃあ二百人以上は確実にいるだろう」


「ああ最悪全員が船を捨てて浜辺に殺到すると、鯨取り衆だって百人そこそこしか残っていない。他の男手は未だ漁から帰っていないから戦力が足りねえ。おれたちは船の操船も有るから、裂ける人数はせいぜい二十人ほどだぜ」

「相手は陸戦のプロが多く乗っているはず。上陸されては拙いな。内陸に攻め込まれては俺達で防ぎきれない」

「女子供はどこかに避難させるとしても捕虜はどうする。良からぬ事を企まれても困る」


「おい! わしら鯨取りを舐めるなよ。二百人くらいわしらで殲滅してやる」

「それしか方法がねえか…」

「なあ、船長。あの難破船を砲台代わりに使えねえかなあ。もう少し浜辺に引っ張っててよう、浜に近寄れない様に障害物にして固定するんだ」

「おお、それは良いな。浜の近くに難破船が居座っていれば簡単には近寄れない」

「至近距離にまで近寄らせて大砲ぶち込んでやろうぜ」

「それなら反対側の大砲も甲板に並べてブチかましてやれば」

「いや砲撃位置が高すぎる。至近距離なら甲板を通り過ぎてしまう。やれるなら喫水を狙える位置が良いんだけれどな」


「なあ村長、あのドラゴンボートに大砲を乗せられねえか。衝角で突っ込んで浸水させられるなら、大砲ぶち込めれば確実に仕留められっぞ!」

「乗せるのは構わんが誰が撃つ?」

「おお、砲撃手は俺たちの船から各ボートに一人づつ乗せる。上手くやれば全艦沈められるかもしれんぞ」


 その日の午後から舫い綱を付けられた海賊船はカッターとドラゴンボートに引かれて浜の近くの岩礁に錨を降ろし固定された。

 そして積み下ろされた大砲はカッターに乗せられ浜に運び入れられた。


 そこでドラゴンボートの船首に太鼓や篝火台を取り外し大砲を固定する。

「これじゃあ漕ぎ手全員は乗れねえなあ」

「いいさ、衝角をぶつける訳じゃねえからそこまでスピードはいらねえだろう。奴らの砲撃の照準さえ合わなけりゃそれで良い」

「それじゃあ何人か弓を持たせて火をかけさせるか」

 戦闘準備は着々と進んで行く。


 浜辺にある番小屋や漁師小屋などの建造物で健在な物も類焼の原因になる為、悪いが壊して浜に並べてバリケード代わりにする。

 夜襲がかかった時は敵の上陸に併せて一気に火を放ち上陸してくる敵を照らす予定だ。

 そしてバリケードの後ろには溝を掘り乗り越えた敵は逆茂木の餌食になる。


 女子供は夕方のうちに近くの森に食料と家財を持たせて隠れさせた。

 バリケードの手前で半分焼け残った漁小屋には、女たちが用意した燕麦のパンと塩を振って焼いたタラの切り身が大量に置かれている。

 夜が更けるころには沖に出て行くシャピの帆船や難破船の砲台で待機する砲手、そしてドラゴンボートの漕ぎ手たちが順番に平らげて持ち場に散って行った。

 緊張を孕んだ夜もさらに更けて行き日の出の時刻に近づいて行く。


【4】

 早暁、湾の入り口に位置する小島より合図の狼煙が上がる。

 敵船団がやってきたようだ。

 狼煙の合図は長三回・短二回、大型帆船三隻に補助艦二隻という事だろう。


 あちらも狼煙には気づいているようだが、躊躇なく湾内に侵入し始める。

 こちらの事を侮っているのだろう。

 普通に考えて外洋船五隻は戦力的に十分な戦力と言えるが、偵察も無く突入してくるのは迂闊すぎる。


 ベラミー船長は黒シャチ号の操舵を航海士に任せて難破船の甲板で指揮を執っていた。

 焼け落ちた帆柱の陰から遠眼鏡で見ていると、大型帆船が見えた。

 船影を見る限り大陸側で、それもラスカル王国やハスラー聖公国で良く作られていた形状に似ている。

 ノース連合王国で作られている外洋船とはシルエットが根本的に違うのだ。


 難破させた海賊船も以前ガレ王国がハスラー聖公国から買った物だったように、舷側に砲台の有る仕様の船はノース連合王国では作っていないはずだ。

 ギリア王国にもハスラー聖公国から購入した同タイプの外洋船が三隻あるが、それを全てこちらに投入しているとは考え難い。


 それに船のシルエットに既視感が有る。同じタイプでもハスラー聖公国製とは違う、親近感? の様な感覚がある。

 ベラミー船長は考察を一端休止して艦内に駆け込んだ。

 砲の装填は済んでいる。あの船なら照準を舷側の下側に固定し、近付いて来れば打ち抜ける。


 ギリア商船は湾内に入ると大きく取り舵を切って一端北に向かうと今度は面舵を切ってUターンしこちらに左舷をさらしながら近づいてきた。

「まだ撃つな。奴らがギリギリまで近づいてからだ。出来れば主力艦二隻をここで沈めたい」


 敵の一番艦が右舷を晒しながら目の前に入ってきた。こちらの砲台から大砲が順番に撃ち込まれて行く。

 ベラミー船長は砲火にさらされているその一番艦を見ながら、自分の顔に驚愕の表情が顔じゅうに広がって行くのを感じていた。


「こっ…こいつは、こいつは帆船協会のタウロス号じゃねえか。ふざけやがって、こんな所に潜んでいやがったんだ!」

「船長! 後ろの艦はアリエス号だぜ。とっいう事はその後ろはカプリコン号って事なのか?」

 混乱の中タウロス号からもアリエス号からも大砲が撃たれたが、そもそも陸を目指して照準を上がている為、砲弾は沈没船の上を素通りして行く。


 そのうちにアリエス号のメインマストに砲弾が直撃し、マストが右舷側に傾いで倒れ始めた。

 バランスを失ったアリエス号は大きく左舷の喫水をこちら側に晒す。

「今だ! 喫水線に撃ち込め!」

 難破船砲台の大砲が一斉にアリエス号の左舷舷側目掛けて火を噴く。

 倒れたマストが海に落ち、その反動でアリエス号は左に傾いで左舷の砲弾跡から大量の海水が流れ込むのが見える。アリエス号は左に傾きながらゆっくりと沈んでゆく。


 その隙にタウロス号とカプリコン号は舵を切って難破船砲台より逃げ始めた。

 タウロス号は手負いだがカプリコン号もその後ろの二隻も健在だ。

 大砲に次弾を装填して逃げかけている船を砲撃する。


「これ以上はもう無駄だ! 船を降りてカッターで追うぞ!」

 大砲を積んだカッターを難破船砲台の浜側に係留したままにしている。

 砲台を離れた水夫たちは手際よく舷側のロープを伝いカッターに乗り込んでゆく。


 ベラミー船長たちが回り込んで難破船の前面に漕ぎ出した時には、既に南北から現れたドラゴンボートが船団に迫っていた。

 船団から撃ち出される砲弾や銃弾をかいくぐりドラゴンボートの大砲が火を噴いた。

 舷側に穴を開けられたギリアの艦隊は次々に浸水を始める。それに追い打ちをかけるようにドラゴンボートから帆布に向かって火矢が放たれる。


 帆布が燃え落ちて船の動きが止まり始めたころ、湾の入り口からゆっくりとシャピの商船団が帆を広げて、威風堂々と横一列で侵入してくる姿が見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る