第99話 ダプラ攻防戦(ギリア船団)

【1】

 夕刻にはダプラ王国の沖合海域に辿り着いていた。

 ここから国境に近い漁村に向かうが、湾の入り口は岩礁や小さな島が点在しているので夜間航行は危険を伴う。

 日暮れ前に岩礁の手前の島陰に隠れて一晩待機し、日の出と同時に湾内に侵入し漁村を拠点にダプラ王都に圧力を掛ける。

 そして艦隊は隣の漁村迄順次攻略して東部中央に至る海浜部の割譲を持って休戦とする。


 漁船しか持たないケダモノの国に海岸線や港など宝の持ち腐れなのだ。

 特に国境辺の漁村は深い入り江を備えた良港だ。新しく北東部の拠点にしてさらにアヌラ王国へも駒を進める拠点にもなる。

 漁村に住む異教徒のケダモノたちも農奴として荷役作業に役に立てることが出来る。


 そうなれば今までのようにガレ王国に大きな顔はさせなくて済む。

 ダプラを抑えれば国力的にもガレ王国を抑える事が出来、ダプラを併合して異教徒を駆逐し聖教会が求める有るべき姿にする。

 ノース連合王国は近い将来ギリア王国の下に聖教会の模範となるべき国に生まれ変わる。

 これはその偉大なる第一歩だ。


 この度栄えある戦列艦隊の指揮官としてギリア国王より提督の称号を賜ったガラビト伯爵は意気揚々と旗艦の船首に立って水平線を見つめていた。

「提督、軍議を始めますぞ」

「軍議? もう既に漁港は制圧されておるのだろう。我々は威風堂々とこの艦隊を率いて彼の地に乗り込めばよい。後は先行の二隻も戦列艦に加えてその地を拠点に更に北東に進軍するだけだ」


「それはその予定なのですが、実は伝令のカッターボートが来ないのです。上手く事が進めば伝令が来る予定なのですが…」

「迷ったのかもしれんし、使いを出す暇が無いのかもしれん」

「その可能性は高いでしょう。二隻の人員も五十人ほどで少ないですし、捕虜の見張りだけでもかなりの手は取られるとは思いますが。最悪の場合も考えねば」


「最悪とはどういうことだ? 我が王国の艦船がケダモノ如きに後れを取ると言うのか? あの海賊船、いや私掠船であるな。その乗組員はその程度なのか?」

「いえ、滅多な事は御座いませんが、念のためで御座います」

「ああ、理解した。しくじった場合も想定して万全の対策を以て臨もう。ここに居る者たちで手早く決めてしまえ」


 結局軍議と言っても大したことは決まらなかった。

 湾への入り口近くの島礁に隠れて待機し、日の出とともに湾内の状況を確認しつつ主力の三隻で一気に砲撃をしながら突っ込み、補助の二隻から兵員を上陸させて村を征圧する。

 よしんば前の私掠船が鹵獲されていたとしてもダプラのケダモノどもが砲や帆船を扱えるわけも無く、征圧後に取り返せばよいだけの話しだ。

 村の男手が漁に出てまだ戻っていないことは確認されている。女子供と老人が主で、若干の漁に出ていない者が残っているだけではないか。


 いくら状況を想定しても失敗するような状況にはなり得ないのだ。

 決戦は明日の早暁である。

 そこからガラビト伯爵家の偉業が始まるのだ。


【2】

「伯爵様、結局連絡のカッターは来ませんでしたな。場合によっては先行した二隻はやられた可能性もあります」

「イクバル船長、提督と呼んでもらおうか、ガラビト提督とな。まあ先行艦が打ち倒されていてもやる事は予定通りだ。東の空も白んできた。出航するぞ」


「それでは先に補助艦を先行させて状況確認を…」

「よい! 左舷全砲発砲準備! 旗艦自ら先陣を切って東南から湾内に侵入し陸に向かって砲撃開始だ! 帆を上げろ! 国旗を掲げろ! ギリア王国の栄光がここから始まるのだ」

 ガラビト提督の号令で大型艦三隻は二隻の大型補助艦を従えて湾内に突っ込んで行った。


「何だあれは!」

「先行した二隻だ! 村の沖で座礁しているぞ。マストが焼け落ちているな」

「座礁したところを火を放たれたのだろう。しかしこれではあの船の近くに寄らねば砲が撃てんな」

「ここから見る限りでは村はかなり焼かれておるようだ。浜辺の小屋や家屋は焼かれておるようだ」

「もう少し座礁船の近くまで近寄って状況を…」


「いかん! 離れろ! 砲の導火線の火口に火が入っているぞ!」

 イクバル船長の叫び声が響いたと同時に、座礁した船の砲が順番に火を噴いた。

「急げ! 面舵を切れ! 左舷砲はさっさと応戦しろ!」


 その声と同時に旗艦に衝撃が走る。砲弾がすぐ後ろの二番艦のメインマストに直撃しゆっくりと右舷に向かって倒れて行く。

 その衝撃で二番艦は左舷を上にして斜めに傾いだ。打ち出された砲弾は照準が外れて上に向かって打ち出される。

 続けて撃たれた座礁船の砲弾は二番艦の左舷の喫水当たりを直撃して行く。


 旗艦と二番艦は目の前の難破船と隣に沈んでいるもう一隻の難破船の砲弾に晒されていた。

 波間を移動しながら撃つギリアの艦の大砲は中々照準が定まらないが、難破船は固定砲台化しておりほぼ照準が外れる事無くギリア艦に打ち込まれて行く。


 これといった応戦もままならないまま、旗艦の甲板も艦橋も砲弾の穴だらけで一部の弾薬に火が着いて爆発も起こっている。

 二番艦は喫水を打ち抜かれてゆっくりと沈み始めている。脱出のために降ろされたカッター船に容赦なく砲弾と銃弾の雨が降り注いでいる。


「湾から出て態勢を立て直すぞ!」

 イクバル船長が叫ぶ。

「貴様! 提督は、指揮官はわしだ! こんなに虚仮にされて逃げるだと! ふざけておるのか」

 ガラビト提督の反論も無視する。


「面舵一杯! 湾外を目指せ!」

「貴様この腰抜けめ! ケダモノどもにシッポを巻きおって、このまま帰れば容赦せんぞ!」

「黙れ! 伯爵か何か知らんが、俺たちはこんな所で朽ちる気はねえ。気に入らなければ一人でダプラの捕虜になるんだな」

「くっ…。覚えておれ…」


「船長、南北の島陰からカッターボートが出てきた!」

 水夫長の声に驚いて左右を見ると船首に衝角の付いた大型のカッターが多数漕ぎだしてきている。

「喫水に突っ込まれたら事だぞ! 甲板から応戦させろ。銃撃だ! 舵取りを狙え!」

「カッターにしては早いぞ! そろそろ射程内に入って来たぞ」

「あれは鯨取りのドラゴンボートだ。早すぎて照準が取れねえ」

「船長艦首に何か積んでいるぞ」

 本来船首の太鼓と篝火が付けられている場所にカンバスに覆われた何かが乗せられている。


「何だ? 何を積んでる? 嫌な予感がしやがる。急いで逃げろ!」

 ドラゴンボートは舷側を目指して突き進んで来る。

「急げまだ距離はある。逃げなけりゃ喫水を一突きにされるぞ!」


 しかしもう手遅れだった。

 轟音と共に波除のカンバスがめくれ上がり砲身が晒されそこから弾き出される砲弾が一直線にギリア船団の喫水上に打ち込まれて行く。


 沈没を免れて湾外に向かった四隻は左右から突っ込んできた十五艘のドラゴンボートの一斉砲撃によって無傷だった艦迄喫水に穴を穿たれて浸水を始める。

 浸水で動きを止めたギリアの船団に向かって再装填を済ませたドラゴンボートの砲身が狙いをつけて二巡目の砲撃が始まった。

 傾いた甲板から降ろされるカッターボートを砲弾が木っ端微塵にして行く。


 ドラゴンボートの船上では幾人かがオールの手を止めて火矢をつがえた弓を引き始めている。帆布目がけて油を滲み込ませた火矢が撃ち込まれて燃えて行く。

 ギリア船も船を諦めて陸戦を挑むためカッターボートをドラゴンボートと反対方向の舷側に降ろして浜辺を目指す者が出てくる。

 そのカッターに向かって固定砲台である座礁船からの砲弾が降り注ぐ。


 ギリア艦隊の乗組員たちはもうこの湾から脱出する事が不可能である事を理解しつつあった。

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