第98話 尋問

【1】

「それじゃあ、まず初めにおめえらの船の船籍は何処だ? 船の拠点は何処なんだ?」

「さっきから言ってるだろうが。ギリアだよギリア王国の商船だ。今は戦時だから戦闘艦扱いだがな」

「なら母港はギリア港ということか」

「まあな。整備はギリア港で補給は隣の漁港でな」

「…ギリア王国のクソ野郎が。舐めた真似をやりやがって」


 ベラミー船長はふつふつとこみあげてくる怒りを押し殺した。

 ガレ船籍の商船を襲ったのはこの私掠船だ。

 その私掠船をギリア王国の艦隊が追いかけてダプラ王国に逃げ込んだと言うのが宣戦布告の根拠じゃないか。

 これは悪質なマッチポンプだ!

 ダプラ王国に濡れ衣を着せて侵略の口実にしているだけだ。


「それでこの村の襲撃はどういうつもりだ。漁船が出払っている時を窺っての襲撃のようだが、行き当たりバッタリでもあるまい。目的が有ったんだろう。どっからか指示もあったんだろうがよう」

「ああ、指示は船長が…船長が受けてきた。詳しくはどこの誰からか知らねえが、ギリアの港で船長が呼び出されて指示を聞いてきた」


「それでその指示内容は? まあ見討がつくがな。ギリアの商船団を襲う振りをしてダプラの方角に逃げろっていう事だ」

「ああ、初めはな」

「それでギリアが宣戦布告して、そっから先だな。なんでお前らがこの村を襲ったかだ」


「国境沿いの村でギリアから近かったからだ…」

「ふざけんな! たまたまなんて言い訳は聞かねえ。漁師どもが漁に出て行く時間や日にちを確認して村に男手がいない手薄な頃合いまで調べていたじゃないねえか」

「たまたま…っだ」


「仕方ねえ。お前も海賊として吊るされろ」

「待って、待ってくれ。俺を殺すと聖教会も黙っていないぞ! ギリア王国との国際問題だぞ」

「もう今の時点で国際問題だ! それこそ証言台に立たれるくらいならギリア王国もお前に死んでもらった方が都合が良いだろう」


「クッ…。なら俺の命の保証を頼む。このままガレかラスカル王国に…」

「ああ、分かった。ガレかシャピに引き渡してやる。口もきいてやるしそこ迄の無事は保証してやる。向こうについてからは向こうの役人にうまく取り入るんだな。それで良いか? 良いなら続きを話せ」


「ああ了解した。宣戦布告の根拠が海賊船の根城がダプラに有るという事だろう。だから海賊船の寄港先を作りに来たんだ」

「?」

「この村を征圧して海賊船の拠点にして、その後でギリアの商船艦隊がここを襲撃し海賊村の漁民を捕縛する…」

「この後ギリアの商船艦隊が来るというのか?」

「ああ、そういう手筈になっている」


「いつだ? いつ来るんだ?」

「明日の朝だ! 漁に出てる漁民は明後日にならなけりゃあ帰って来ねえ。その前に湾内を征圧して帰って来た漁船は全て沈める予定だった」


 明日の朝にはギリアの商船艦隊が攻めてくる。大急ぎで対策を講じなければいけない。


【2】

「明日やって来る艦隊は、どう言った奴らなんだ? 何隻来るかわからんのか?」

「外洋帆船だと聞いている。少なくとも三隻以上は来ると思うが詳しくは知らん。死んだ船長は俺たちの船と同規模の外洋船が三隻来ると言ってたが」


「…何か解せねえなあ。済まねえが、この航海士を連れてくぜ。襲撃に備えて対策も立てなきゃなんねえからな」

 そう言うとベラミー船長は航海士を抱えて番小屋を後にした。


 浜辺に向かうと焼け落ちた漁師小屋や船倉庫の片付けを手伝っている水夫たちに、村長宅に集まる様に声をかける。

 そのうちの数人には船に戻って夜ガラスと村長に戻って来るように伝達させるとともに、他の船の船長と航海士も集めるように使いを出す。


「それから薬と治癒士も一人都合を付けさせな。尋問が終わるまでに次々死なれるのも困りものだからな。尋問が終われば官吏に引き渡す。ギリア王国を糾弾する証人になるからな。証言が嫌だと抜かす奴は村長に引き渡せ。村で好きにしてくれるだろうから」

 そう言って海賊船の航海士を抱えたまま村長の家に入って行った。


 三々五々呼ばれた者たちが集まってくる。

 村長の家の土間に藁筵が敷かれ、簡単な治療を施された海賊船の航海士が転がされている。

「おい、貴様ら何か食い物を出せ! 俺は人間だぞ。こんな扱いを受ける謂れはない!」

「お前は何か勘違いをしているんじゃないか? 魚のスープに燕麦の堅パン。十分に栄養は足りている。犯罪者の分際でこれ以上何を望むんだ」

 南部のグレンフォード大聖堂の治癒院から派遣されている猫獣人の治癒修道士が特に感情も込めずに言った。


「こんな物…燕麦なんて家畜の餌だ! 小麦も入っていない様な燕麦のパンなんて食い物じゃあ無い!」

「可笑しな事を? ろくに小麦が取れないノース連合王国じゃあ燕麦やライ麦は普通に食べているだろう。この島国じゃあどこの王族でも燕麦混じりのパンを食べているはずだがな」

 その言葉で航海士は黙ってしまった。


「色々と尋問で聞き出すべきことが多そうだな。取り敢えずは明日の艦隊に関する事からだがな」

「何なんだ…この商船団は? 航海士に何でケダモノ風情がいる? それにケダモノの船長だと? なんでこんな事に…」

 海賊船の航海士は忌々し気にこちらを見つめて呟いている。


「先ず、お前らの乗って来た船だがな。最近造船された船にしては古そうだが、ギリアの商船で舷側に砲を積んでいる船は三隻しかないはずだ。新造艦ならまだしも旧艦で舷側砲を二十門も積んでいるのはそれ以外知らないが本当にギリア船籍なのか?」

「ああ、間違いねえよ。去年ユニコーン号が襲ったガレの帆船で使える船を修理したんだよ」

 海賊船の航海士は吐き捨てるように言い放った。


「何だと! この盗人野郎が!」

「ギリア王国の野郎ども、俺たちをだましやがったな!」

「今は落ち着け! その事は後で問い正せばいい。それで明日来る外洋船はあのギリアの三隻か?」

 それを聞いて激昂する他の船長や航海士たちをベラミー船長が宥める。


「いや、あの三隻はギリア王国のトラの子だ。もしもの時にギリア港を守らなくちゃあいけねえから動く事はねえ」

「なら甲板設置の大砲を積んだ外洋船という事か? ならばせいぜい砲を積めても一隻で十門に未たねえな」

 それを聞いた航海士の一人が安堵したように言う。


「それも解せねえ。それじゃあ三隻でも砲数は負けてる。いくら出来試合でも対外的に告知する戦いに完全に劣勢の艦隊を送るような事をするか? それに同規模と言うなら砲数二十門の舷側砲を積んだ外洋船だと思った方がいい」

「それでも俺たちシャピの新造艦隊には勝てねえぜ。こちとら舷側片方で二十門、両舷併せて四十門の戦列商船団だぜ」


「バカ野郎が、同規模の戦列艦二隻に三隻で挑むか? 俺なら補助艦も入れて五隻は揃えるな。自軍の艦を失う様な不確実な方法で襲撃をかける訳無いだろう。最悪を考えてあの海賊船と同規模の商船五隻を想定して対策を立てる!」

「でもようベラミー船長。いきなり五隻も大型の戦列商船を用立てられるもんだろうか?」


「少なくとも去年の海賊事件から用意周到に計画されていたんだから無いとは言えんだろう。それにさっきここの村長の家でダプラ王家からの通達を見た。ハッスル神聖国がギリア王国支持を表明したそうだ」

「という事は…」

「ああハッスルが、あの教皇家が何か企んでいたに違いねえんだ。だから最悪を想定しておく」


「わかった。それで舷側砲二十門搭載の商船五隻が来たとして、いつ頃になるかだな。夜襲をかけてくる可能性があるんじゃないか?」

「無いとは言わんが、可能性は低いだろう。先に入っているこいつ等と混戦になるのは避けたいだろうし、やるなら事前に何か連絡が有るはずだ。状況も判らないで夜襲は無謀だろう」


「なら昨日と同じように早朝に襲撃をかけてくるという事か」

「ああ、特に先行しているこの海賊船から何も連絡が無いなら余計に警戒して夜襲はやらねえだろうな」

「…夜間に何も連絡が無ければ早朝に突撃してくるという事だな」

「今日一日でやれる対策を考えて実行に移す。夜襲はあると想定して夜と朝の二段階での撃退計画を進めるぜ!」

「「「「おー!」」」」

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