第97話 ダプラ王国東海岸沖(2)

【2】

 漁村は砲撃でかなり被害を受けていた。

 浜の漁師小屋や倉庫などもかなり砲撃に晒されて破損している。

 係留されている漁船や船の倉庫にも被害は出ている様だが、どうにか捕鯨用のドラゴンボートは射程外の倉庫に入れていた為戦闘に使用できたようだ。


 浜辺では歓迎と戦闘の労いの為の炊き出しが始まっていた。

 その席でベラミー船長と夜ガラスは漁民から海賊船との戦闘に至った経緯を聞いた。


 日暮れに近海に迄忍び込んだ海賊船は、沖合の島陰に隠れて夜半に湾内に侵入して未明に上陸し村を襲ったそうだ。

 村の男たちの大半は漁に出ておらず、その隙を突かれたのだろう。

 寝込みを襲われた村人は応戦が遅れ、留守番の女房や子供を攫い船小屋や漁師小屋に火を放ち逃げられてしまった。

 ただ幸いな事に鯨取りを生業とする漁師の一団は、この時期クジラの群れが遠ざかっているので出航していなかった。

 捕鯨船のドラゴンボートを出して追撃に入った鯨取り達を見て、慌てた海賊どもは奪還の為の出撃を牽制しながら出港する為に村への砲撃を始めた。

 その直後にベラミー船長たちシャピの船団が加勢に入ったということだ。


「なあ村長、海賊どもは捕虜に取っていないのか? 出来れば色々と聞きたい事が有るのだがな」

「ああ何人か息のある奴はいるが、わしらの村でも十人以上が殺された。その中には抵抗した女子供も含まれておるし重症者も多くいる。あらかたっ屠られて、生きている者も今は喋れる状態ではない。ハッキリ言ってわしらは奴らを治療する気も無いし助ける気も無い」

「それは解るが事情は知りたいのだがな」


「助けてくれたあんたがたが言うのだから、これ以上捕まえた奴らに危害を加えないが治療もせん。尋問が出来るならそちらでやってくれ、終われば王宮に引き渡す」

「ああそれで良い。まあどれだけ尋問が出来るか解らんが恩にきる」

「奴らにも食事と水は与えるから明日の朝には少しは回復するものが出るかも知れんので今日はゆっくりと休んでくれ」


 その後は日が暮れるまでは村長と村の男たちによる宴が始まり、持って来たジンの樽も開けられた。

 船長たちが船に戻ったのと入れ替わりに水夫長が上陸してくるまで宴は続いた。

 そして日が沈んだ後は、棺に入れられた村人たちの遺体が船に乗せられ、賑やかな宴の音楽に送られて沖に向かって漕ぎ出される。


 櫂の拍子をとる太鼓の音と船主の篝火の光が沖に遠のいて行くのを見送りながら朝まで宴は続くのであった。


【3】

 翌朝、水夫長達と交代したベラミー船長は夜ガラスを伴なって牢屋代わりに使われている番小屋にやって来た。

 見張りの者に戸を開けて貰い中に入ると血と汗と糞尿や吐瀉物の混じった悪臭が溢れ出して来る。


 小屋の中には藁が敷き詰められてトイレ代わりの木桶が部屋の隅に有るにはあるが、動けない者はそこに辿り着く事も出来ず垂れ流し状態だ。

 部屋の入り口には木の椀と匙、昨日の炊き出しの汁物が桶に入れられていたのだろう、ほぼ空の状態で置かれている。

 水も大きな甕に入れられて置いている。約束通り食事は差し入れられているということなのだろう。


 しかしそれ以上の事も何一つされていない。

 海賊たちは包帯代わりに割いた衣服を傷口に巻き付けて、細い薪を添木代わりに縛り付けている。

 鼻を押さえながら部屋に入ったベラミー船長に続いて、夜ガラスも入ってきて転がっている海賊を足でつつく。


「船長、こいつとこいつはもう息がねえぜ。あっちの奴ももう駄目だろう」

「おい! それだけかよ。俺たちは捕虜だぞ! いつまでこんな所に閉じ込めておくつもりだ」

 比較的元気そうだが、右足は膝から下が切り落とされた男が喚いた。

 右の太ももを革ベルトで縛って止血をしたのだろうが、切り口の周りが紫色の変色している。


「さあな? 俺たちはここの人間じゃねえ、部外者なんでな。俺は村長の了解を貰っててめえらの尋問を請け負っただけさ」

「それならここのケダモノの村長に命じてくれ。捕虜をこんな扱いして許されねえと。そうだろう? ケダモノの分際で人属にこんな非道は許されねえとあんたも思うだろう」


「戦時捕虜ならな。だが海賊なら有無を言わさず縛り首だろうぜ。命を長らえているだけでも儲けもんじゃねえか」

「だから俺たちは戦時捕虜だ! ギリア王国が宣戦布告してんだ! 聖教会のお墨付きも貰ってる!」

「戦時捕虜? ふざけるな! 夜襲をかけて女子供を攫っておいてよく開き直れるもんだなあ。非戦闘員を攫っておいて捕虜は聞けねえよなあ」

「それは間違いだ。俺たちはギリア王国の軍船だ! ギリア王国の私掠船許可証もある。海賊じゃあねえ!」


「船長、おいら村長について行って海賊船の書類を漁ってきてもいいか? 私掠船許可証が有るなら船籍関係の書類や乗組員名簿も残って良そうだから調べてくらあ」

 夜ガラスはそういうと番小屋を飛び出して駆けて行った。


「何なんだ? あのケダモノのガキは? いったいどこに行きやがった」

「ああ、お前らの船の書類を調べに行ったぜ。本当にお前の言った書類が有るかどうかな」

「何を言ってんだ? あいつはケダモノだろう。代書屋が書くような書類だぜ。解る訳ねエじゃないか」

「あいつは解るんだよ。聖教会教室でも優秀でライトスミス商会からの紹介でな」


「なんだそれは? 何か知らんが直ぐにケダモノどもは神の摂理通り俺たちの農奴になるんだ。私掠船許可が有るしギリア王国のお墨付きだぜ。お前らこそ他国の商船の分際でギリア王国の軍船に捕まればお前らが海賊になるんだぞ。なあ俺を助けてくれたがギリア王国に口をきいてやる。だから…」


「だから何だって言うんだ? 今の状況なら明日にはお前はマストにぶら下がっているんだぜ。夜ガラスが書類を揃えて報告書を作っている。すぐにダプラ王都とガレ王都に早馬が走る。そうなりゃ、ギリアの陰謀は丸バレだ。そんな不手際をギリアの奴らが許してくれるのか?」


「そんな事出来る訳ねエじゃねえか。ケダモノのガキの水夫風情が…。ハッタリをかますのもいい加減にしやがれ」

「やるんだよあいつは。元々ライトスミス商会の商会員でな、法律に明るかったんだけど航海士になりたいという変わりもんでな。帳簿も読めれば星も読める。その上夜目も遠目もお任せっていうおっそろしいガキだ」


「なんでそんな奴が居るんだ…。ケダモノじゃねえか」

「ラスカル王国じゃあ常識だ。ライトスミス商会は獣人属を大量に雇っているが、そこのメイドとサーヴァントと云やあ大手商会や大貴族が競って雇う人材の宝庫だ」

「だから何だって言うんだ! 俺たちは敵国の海賊が根城にしている漁村に攻め込んだだけだ!」


「そう言えばギリア王国が出した宣戦布告の根拠になった海賊船の手配書もうちの船に積んであるんだ。その船影がな、おめえらの船と酷似しててよう。この書類と一緒にてめえらの死骸をギリアの付きだしてもダプラに渡しても海賊征伐でお咎め無しだろうぜ」


「待て、待ってくれ。命ばかりは助けてくれ。何か方法はあるだろう。なあ、どこの船の船長か知らねえが第三国なら間に入って口を聞いてくれ! 頼む!」

「そいつはあんたの心がけ次第だな。見たところお前さん航海士かなんかだろう。知ってる事を全部話せば捕虜扱いでダプラ王国への引き渡し交渉を請け負ってやってもいい」


「判った。話す。だから殺さねえでくれ。それから治療もお願いしてえ」

「そいつはお前さんが話した後だ。俺の船の薬を出すし治癒士も来させよう。それでどうだい」

「解った。あんたを信用する。話すから約束だぜ」

「ああ、オーイ見張りのあんた! すまねえが臭くって堪らねえ。この捕虜の尋問をするんでこいつを外に連れ出すのを手伝ってくれねえか」


 番小屋の見張りに付いていた見張り番の男うち二人が海賊船の航海士らしき男の脇を抱えて外に運んで行った。

 番小屋の表の地面に藁筵を引くとその航海士を乱暴に放り出した。

「ベラミー船長のお陰で命拾いしたかも知れねえが、返答次第で俺たちが吊るす!」

「バンゴの嫁さんを切り刻んだのはてめえらだろう。漁に出てるバンゴが帰ってきたら俺たちじゃあ奴は止められねえぜ」

「覚悟を決めてベラミー船長に全部話す以外助かる道はねえぜ」

 村の居残っていおる鯨取りの男たちが次々に脅しにかかる中、ベラミー船長の尋問が始まった。

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