第96話 ダプラ王国東海岸沖(1)

【1】

「オーイ、陸の方に煙が見えるぞ!」

 マストの上の夜ガラスの声が甲板に届いた。

「おい、覗きメガネを持ってきな!」

 ベラミー船長は最近アヴァロン商事で開発された秘密兵器を持って来させる。

 メガネ職人に作らせたレンズの付いた筒だが、遠くの景色を拡大してみる事が出来るのだ。

 航海での星読みでは四分儀に付けて使う事も出来る。

 シャピの商船団だけが持つ秘密兵器だ。


 入り江の向こう漁村の沖合から砲撃している二隻の帆船が見えた。

 船着き場の漁師小屋に着弾して炎が上がっている。


「おい、水夫長。あの艦影に見覚えはねえか?」

 ベラミー船長は水夫長に覗き眼鏡を渡す。それを覗き込んだ水夫長も、唸り声をあげた。

「むー、あれは…。間違いねえ、以前ギリア沖でガレの帆船を襲った海賊船だ。この首賭けても良いぜ。あの艦影は忘れねえ」

 年明けの三件の海賊騒ぎで、一度海賊船に遭遇していた水夫長が応える。


「ならやるこたあ決まりだな。東から回り込めば奴らは逆光だ。このまま回り込んで海賊船を叩く! 野郎ども気合入れろ! 僚艦にも連絡を送れ!」

 後続の二艦に手旗とカンテラで合図を送る。

「右舷砲門全門装填! 合図する迄打つなよ!」

「夜ガラス! 射程確認は任せたぜ!」

 夜ガラスがマストの上の物見台から無言で手を振り了解の合図を送る。


「沖の岩礁ギリギリまで船は寄せられる。そのまま進めば見つからずに砲の射程迄近づく事が出来る。後ろの船も一列縦隊でついてこさせろ!」


 大きな岩礁と言うよりは小島に沿って船は入り江に迫って行く。

「ピーーー―!」

 夜ガラスの合図の指笛が鳴り響いた。

「前方から順番に砲門を開け!」

 その声と同時に右舷の大砲が順に火を噴いて行く。攻撃を全て陸地側に集中していた海賊船は、いきなりの攻撃になすすべもない。


 黒シャチ号は右舷の大砲を連射しながら入り江に侵入して行く。続く二隻も順次砲の音を響かせて続いて来る。

「左舷大砲準備! 直ぐに撃てるように準備しとけ!」

 三隻目が砲撃を始めながら岬に侵入すると同時にベラミー船長が次の指示を怒鳴る。


「面舵イッパーーイ! 右に回り込んで照準が合えば左舷の砲門を順次開け!」

 もう海賊船は二隻ともかなり被弾している。

 それでも反撃の準備が出来た様で海側の右舷から散発的に大砲が放たれるが、如何せん砲撃の中で慌てて発射する砲弾は照準が定まらず遠くに水柱を上げるにとどまっている。


 その間にUターンして更に海賊船に近づいたシャピの船団は、着実に海賊船に砲弾を落として行く。

 その間に浜辺の漁村からも鋭い衝角を生やしたドラゴンボートが数隻沖に向かって漕ぎ出して来る。


「村から漁船が出たぞ! 漁船に当てるな! 手前を狙え!」

 幸い海賊船はこちらへの反撃に神経が集中している様で、村への注意が完全にそれている。

 ここはドラゴンボートがどうするかお手並みを拝見する事にして、ベラミー船長は砲撃の照準を海賊船のこちら側である右舷とその前方に変更させ、砲弾が海賊船を飛び越さない様に指示を出した。


 ドラゴンボートは次々に海賊船の左舷めがけて突進して行く。

 海賊が気付いて銃で応戦を始めた時にはスピードの乗ったドラゴンボートをとらえる事が出来なくなっていた。

 ダプラのドラゴンボートは次々に海賊船の左舷に突き刺さって行き、そのドラゴンボートからは甲板や帆を目がけて火矢が撃ち込まれて行く。


 それだけではない。投擲武器の様に縄を付けた甕を次々に放り投げて行く。

 ガシャーン

 甕が割れる音と共に一気に甲板に火が走る。

 油を入れた甕を投げ込んだようだ。


「砲撃を止めろ。後はあの漁船に任せればいい。あの船を屠る権利はあいつらのもんだろうよ。後ろの船にも知らせろ!」

 手旗の連絡で後続の船からも砲声が治まった。

 甲板から逃げ出そうとする海賊たちが次々に銛で打ち抜かれて行く。


 左舷には縄を付けた鉤爪がかけられて次々と銛を抱えた漁民が海賊船に乗り込んで行く。

 海賊たちが次々に血祭りにあげられて行く。

「良いのかよ船長。全員屠られたら事情聴取も出来ねえぜ」

 そう言う水夫長の目の前で、海賊船から獣人属の女性や子供たちが連れ出されて来る。


「あれを見りゃあ、皆殺しにされても文句は言えんだろう。村を襲って娘や子供を攫っていたんだろう。さすがに無関係の俺たちがどうこう言える立場では無いしな」

「あんたは本当にお人好しだよ。助けに入った礼に海賊船への私掠行為だって強要出来ただろうに」

「バカ野郎、それをやってダプラの漁村と悶着をおこすつもりはねえよ。友好関係を維持するのが目的だろうが」

「その友好の使者のドラゴンボートがやって来たぜ」


 水夫長の言う様にひと際大きなドラゴンボートが戦線を離れてこちらに漕ぎ出してきた。

 ただ友好の使者にしては引き絞られた弓はその鏃がこちらの甲板に向かっており、オールを漕ぐ者の横では銛を構えた屈強な男たちがこちらを睨みつけている。


 舳先に立った屈強な初老の男が船団を見上げて怒鳴る。

「ワシはこの村を治める村長をしておる。今回の戦いでの助勢には感謝する。どこの船籍の船か名乗られるのが良かろう」


「俺はラスカル王国ポワトー女伯爵カウンテス領シャピに所属するこの船団の船長を務めているベラミーというもんだ。以前は銀シャチ号でここに来た事が有る。ほら、あの時の水先案内人がこの俺だ。この度の勝ち戦を祝福するぜ」

「おお、あの時の! 船長になったのか! ならばその祝福受け入れよう。武装を持ち込まないならば村に受け入れよう」

「了解した。この戦闘の事情も詳しく聞きたいし船をつけさせて貰えれば有難い」

「ああ、助勢の礼と久しぶりの再会も兼ねて村に招かせて貰おう」


 緊迫した会話の最中にも海賊船はドラゴンボートに開けられた穴から浸水が始まって傾きかけている。屠られた海賊船は漁村の船着き場に向かう進路にその船体を半分沈めて座礁している。


「オーイ船長、このままじゃあ船は入港出来ねえぜ。あの海賊船が港を塞いじまっているからよう。どうすんだい」

 マストから降りてきた夜ガラスがベラミー船長に聞いてきた。

「仕方ねえさ。沈んだ海賊船を舫船代わりにして、この辺りに錨を降ろしてカッターで上陸だ。大砲は全部ここに残るんだから村長の言う武装解除にもならあな」

 ベラミー船長はそう言って陽気に笑う。


「よーし。野郎ども、南側に沈んだ海賊船に船を寄せろ! そうしたら海賊船に舫をかけて錨を下すんだ。ついでに海賊船に移って、あっちの船の錨も降ろしておけ」

 水夫長が指示を出すと水夫たちが一斉に動き出した。

 後続の二隻もそれに続く。


「カッターも用意しろ! 有事だから半舷上陸だ。昼と夜で別れて降りるぞ。カッターにはジンの樽を忘れるな! 水夫長は船を頼む、夜ガラスは村での状況確認と事情聴取で俺と一緒に降りろ。日の暮れ前には船に戻って交代だからな」

 どんどんと上陸準備は進み、日が中天に達する頃にはカッターはベラミー船長たちを乗せて陸に向かっていた。

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