第104話 北海の混乱(1)
【1】
ハッスル神聖国のギリア支持声明発表から三日後に黒シャチ号達の商船団がシャピに帰ってきた。
ギリア王国宣戦布告後の北海東部海域を突っ切って帰ってきたのだからその胆力は称賛ものだ。
そしてなにより持ち帰った情報の成果が凄まじい。
今すぐには公にし難いが、黒シャチ号帰還直後に王都の王妃殿下と宰相閣下の下に早馬を走らせた。
翌日には王都から要人が審問に来るとの連絡が入り、夕刻には早船で到着すると連絡が入った。
船員や捕虜たちは機密漏洩防止の為河船に乗り換えて貰い、カロライナの町に移動している。
船着き場のレンガ倉庫にベッドを運び込んで監獄代わりに使用する事にしたが、それだけでは終わらない。
面談や尋問、調査もカロライナで行う為、町の役所や公会堂などを事務所代わりに借り上げて、役人たちの為に大急ぎで周辺の宿も抑えなければならない。
気位の高い上級役人相手に安い船員宿をあてがおうものなら何を言われるか判らないからだ。
夕刻、河船が到着すると内務卿と国務卿を引き連れた宰相閣下がやって来てしまった。
当然だが私とカロリーヌはお出迎えの代表として、桟橋に並んだ出迎えの先頭に立っていた。
そこに渡り板を踏んでカミユ・カンタル内務管理官を先頭に国務管理官、国務卿、内務卿…そして降りて行った全員を睥睨しながら厳つい鷲鼻の男が仁王立ちになっている。宰相のフラミンゴ伯爵だった。
不安定な渡り板を足元も見ずにずんずんと降りてくると頭を下げる私たちを軽く見渡して尊大に口を開く。
「早々の連絡ご苦労だった。国家機密に関する事を先んじて手に入れられた事を労っておこう。頭を上げよ」
以前利いた事のある尊大な声と言葉に眉を顰めつつ、頭を下げたままカロリーヌの対応を待った。
宰相閣下は私の顔を憶えているだろうか…。忘れているなどと当然甘い期待は抱かない方がいい。
初めて会った織機の交渉の時に随分と気に入られた覚えもある。絶対に気付くに決まっている。
またそうでなければ宰相などと言う重職を今まで全うし続ける事など出来ないだろう。
「お初に御目文字致します。この領の領主を務めておりますカロリーヌ・ポワトーと申します」
「噂に聞く若き雌獅子か。存外幼さの残る大人しそうな面相では無いか。それであれだけの事を成し遂げるとは恐れ入る。我が息子にその気概の半分でもあればな」
「これは存外のお言葉を賜り恐悦で御座います」
「してその隣におるのは? 気にせず頭を上げよ」
致し方ない此処は先手必勝だ!
「お初にお目にかかります! セイラ・カンボゾーラと申します。私アヴァロン商事の代表を務めておりますフィリップ・カンボゾーラ子爵の娘、セイラ・カンボゾーラで御座います」
一気に捲し立てる。大切な事なので二度言いました!
フラミンゴ伯爵は怪訝な顔で私の顔を見て口を開きかける。
「其の方、確かセイラ・ライト…「セイラ・カンボゾーラで御座います。アヴァロン商事の代表代理を務めております」…左様か」
宰相閣下の言葉に重ねて三度目の自己紹介を行う。
フラミンゴ伯爵は嫌らしくフッと鼻で笑うとそう言って私の顔をジロリと睨んだ。
「仔細は問わんが、初めて会ったようだな」
たぶんこの宰相の事だ。確実に真相に辿り着いているだろう。この先なにか要求が来るかもしれない。こいつの手駒扱いを受けるのは嫌だなあ…。
「そして私の後ろに控えておりますものがオーブラック商会の代表です」
「宰相様、お目にかかれて光栄で御座います。オズマ・ランドックと申します」
「今年の王立学校のAクラスはこれからの時代を担うものが豊作のようで何よりだ。国益にかなう様に精進してくれ」
そう言うと両脇に並んでいた随員の役人たちを引き連れて歩き出した。
私たちは慌てて宰相の先に立って道案内を始める。
町の中心に位置する一番の宿屋を貸し切りにしている。宰相と上級官僚はここに泊まって貰う。
執務の打ち合わせや報告ここで行う予定だが、今日は概要の報告を済ませると食事にする予定であった。
一階の食堂兼居酒屋も貸し切りで歓待用にセイラカフェのメイドや料理人を入れている。
内務卿や国務卿もその心算だったようで、部屋に荷物を置くと直ぐに降りて来てお茶を飲みながらワインやシェリーの銘柄を指示し始めた。
そこに宰相が降りてきてテーブルの上座中央に座る。
「直ちにこれまでの報告を! それから押収出来た書類はすべてここに運んで来い。内容の精査を始める」
「閣下、まあ落ち着かれては? ここの海鮮料理は絶品だと…」
宰相はそう言う内務卿をギロリと睨むと更に続ける。
「濃い目のコーヒーを入れてこい。出来ている料理は大皿で積み上げろ。ゴッダードブレッドにして仕事を進め乍ら食え!」
さすがに宰相閣下だ、只の傲慢貴族ではない。
私はすぐに使いに書類を持って来させると共に、ベラミー船長たち黒シャチ号の船団幹部を呼びに行かせた。
「宰相閣下。すぐに情報を持ち帰った船長たちに報告を致させます。私たちからの又聞きよりもより正確に話が聞けると思います。ただ礼儀作法が成っておりませんのでそこのところはご寛恕をお願い致します」
「其の方が礼儀作法の事を言うのか? わしは上級貴族相手にでも不遜な態度をとり続ける小童でも許してやる度量を持ち合わせておるぞ。知らんか?」
このクソ親父め! 早速当て擦りかよ!
「ご恩情に感謝いたします」
そう言って頭を下げる。
その間にテーブルの上にタウロス号の書類が積み上げられ、紙と大量の鉛筆が並べられた。
カンタル女史たちのチームがいち早く書類を開き内容を書き写し始めた。
「ダプラ王国の内政介入になりかねないので、他の書類は手に入れられなかったそうです。閣下にお渡しした書類は黒シャチ号の乗組員が北海に出没した海賊船の書類を読んで概要を書きまとめた物で御座います」
「船乗りにしてはシッカリとした文章内容だな。航海士か何かか?」
「十四歳の一介の水夫ですが、聖教会教室とライトスミス商会で学んでおったものです」
「これだけ能力があって水夫か? 来年になれば王立学校の推薦も取れるのではないか? これなら官僚も夢ではないぞ」
「いえ、獣人属ですから王立学校には入れません。本人は外洋船の船長を目指している様です」
「王立学校の採用基準も見直す必要があるか…。職業訓練所から別に進学できる学問所を設けても…」
宰相は夜ガラスが書いた報告書を読みながら呟いている。
「…おい! これはどういう事だ? この海賊船の船長の名前は! 先ほど海賊船の船員はハッスル神聖国の人間だといったな」
「はい、乗員名簿には全員ハッスル神聖国の国籍が記載されていたとか。ただ全て書き切れなくて、役職持ちの名前しか記載できなかったという事です」
「まあそれは仕方がないが、幹部クラスは皆死んでいるのか?」
「漁村を襲って女子供を攫おうとして抵抗するものを殺したとかで、村人の恨みが大きすぎて止める事は出来なかったと」
「まあ仕方あるまい。どちらに転んでも海賊として死刑は免れなかったのだからな」
「ただ…。ダプラ役人と極秘裏に取引して命の有った者は連れて帰っております。何分重症者ばかりだったので帰路でもかなり命を落とした者がいるそうですがそれでも二十人近くはこの町に収容し治療に当たらせています」
「おお! でかした! それで今尋問に耐えうる者はいるのか?」
「幹部クラスは軒並み命を落としていますが、一人航海士が収容されております。体力も戻ってきておりますから短時間の尋問ならば」
「それならばすぐに連れて参れ。簡単な尋問を行う」
「しかしかなり酷い傷を負っておりますが、食事の席で大丈夫でしょうか?」
「体力が戻って尋問に耐えうるなら食事など関係ない。一秒でも惜しい。少しでも先手が取れれば何でもするぞ」
重傷者と聞いて顔色を悪くしている国務卿や内務卿に比べて肝が据わっていらっしゃる。
さすがは一国の宰相様だ。
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