第87話 尋問

【1】

 私がゴルゴンゾーラ公爵邸に着いたのは日も暮れかける頃だった。

 治癒修道女たちを先に帰して、ジャンヌと一緒に衛兵隊に出向き状況の報告をしていたらこの時間になってしまった。

 今夜は公爵邸に泊まるべくロックフォール侯爵家の使用人に下級貴族寮への伝言を頼んで、公爵邸の聖堂に向かった。


 戻って来ると礼拝堂はムチャクチャな有様だった。長机や椅子が散乱し壁には大穴が空いて、ドアも吹き飛んだように外れている。

 そして着くなり連れて行かれた地下室はさらに酷い惨状だった。


 メイド姿のグリンダと修道女姿のアドルフィーネが仁王立ちになり暗殺者の尋問にあたっている。

「アジトは南三番街のペッ…ぺスタロッソ商会と言うところだ。依頼はフープ亭で受けていたが、直接の繋がりはねえよ。だから…勘弁してくれ」

「それでヴィザードの女の事を話しなさい。あの男みたいになりたくないでしょう」

「本当だ…本当に知らないんだ。ヴィザードを取った事もねえんだ」


 グリンダが指さすあの男はベッドに寝かされたまま拘束されている。テレーズ修道女が患部の治癒を施している。更に風魔法系の治癒術士に呼吸の補助をされながら顔を顰めて呻いているのだ。

「さあ、あなたが全て話してくれるならセイラお嬢様に治癒魔術を頼んであげますわ。お優しい聖女ジャンヌ様も見えられたのですから、約束さえ守ればすぐに楽にしていただけるわ」

 アドルフィーネの声が響いて来た。


「この方は一体どうしたのですか?」

「この男はケイン様を襲った暗殺者ですわ。熱風を吸い込んで喉を焼いてしまったのです」

 ジャンヌとテレーズ修道女の会話を聞いて私も気が付いた。アドルフィーネの熱風魔法にやられたのだろう。

 気道熱傷だ。


 気道熱傷は時間が経過するほど状態が悪化し、最悪の場合は気道が閉塞し窒息死する事になる。

「ジャンヌ様、気道の確保と体内への直接の水分補給は行っております。どうにか気道の腫れは治癒魔法で抑えられたので、治療を続ければ数日で腫れも引くでしょう」

「グワーーー、痛い、熱い」

 男はかすれた声で暴れようとする。


「拘束を外すと暴れて手がつけられないので…。火傷が治るまで我慢しなさい」

「私が手当します」

「ジャンヌ様! 今まで外で怪我人の治療に当たってきたのにご無理はいけません。それにこの男は人殺しです。何人もの人を殺してきた悪人で、ケインさんを殺そうとした…、あの日直接ケインさんを手に掛けた男です」

「ならばテレーズ様、あなたは何故その男の治療をなさっているのですか? ここ数日ケイン様の治療で疲れているはずなのに、そんな青い顔をして」

「それは…、私は修道女で治癒術師です。でも…この男は罰を受けるべきです。ジャンヌ様の慈悲にすがるのは違うと思います。それでは悔い改めることはしないかもしれません」


「お願いだ…たっ助けて…、もう悪事はしねえ…全部話すから。懺悔する…許してくれ…」

「許します。セイラさんお手伝いをお願いします」

「治癒修道女の皆さんを呼んできて! ジャンヌ様の治癒を体験できます!」

 興奮した修道女が邸内の治癒修道女に集合をかけたため、治癒対象者は修道女達に全身を触られて炎症部の治癒を施されることに成った。


 治癒対象の男は滂沱のごとく涙を流しながみんなに告げた。

「ありがてえ…。こんな男を救ってくれた聖女様。生涯この恩は忘れねえ。聖女ジャンヌ様、あなたに帰依いたしやす」


「あなた方、いつもジャンヌ様がここにいると思わないことね。あの男と同じ目にあいたくなければ正直に全て話すことね」

 グリンダの言葉に二人の殺し屋と何故か警護の騎士たちも震え上がった。

「話す…話します…イエ、話させてください。慈悲の聖女様に一生付き従いますから」

「恐ろしい…。セイラカフェのメイド長は怖いと聞いていたが…心底恐ろしい」

 ジャンヌに懇願する二人の殺し屋の後ろで騎士たちが囁いている。


 あのヴィザードの女は暗殺者アサシンギルドの重鎮らしく、時折貴族関係の暗殺依頼を持ってくるそうだ。

 ギルドマスターが丁重に扱っているので実力者なのだろうが、誰も顔も素性も知らない。

 仕事の依頼があればフープ亭の奥の席にやってきてギルド関係者が来るまで待っている。そして仕事の指示と依頼を告げると去ってゆくのだ。

 ギルマスや請け負った暗殺者アサシンは指示された相手とコンタクトを取り仕事の契約は直接その相手と行う。


 女は単なる仲介役なのだが、その指示内容は詳細を極め指示通り進めればまず失敗することはなかったという。

 ギルドの構成員はギルマスを入れて八人。

 三人はこの数年の間でギルマスにスカウトされた新参で、中堅が二人、ギルマスと二人の幹部はヴィザードの女の古くからの子飼いのようだった。


 証言どおりに騎士たちがペスタロッソ商会の事務所を強襲したのだが、部屋は家財を残したまま逃げ出した後だった。

 室内から各種の武器や暗器が多数発見されていることからアジトだったことは間違いないようだ。


 そして話の核心はもう一人のカーニヴァルマスクの男である。

 ジャンヌに懺悔した三人はすべてをあっさり白状した。

 やはりカール・ポワトーであった。そしてマルカム・ライオルを殺したのも彼だという証言が取れた。

 これでクロエ拉致未遂事件の裏で進んでいた陰謀はすべて証言が取れたことになる。


【2】

「まさかファナ・ロックフォールが動くとは思わなかったわね。あの女は商売ごとには熱心だけれど政治向けには興味は無いと思っていたのに」

「アントワネット様。ロックフォール侯爵家は聖女ジャンヌの守護者です。出てくるのは想定すべきでした」

「そうね。お陰で馬車の強奪犯はロックフォール侯爵家の手の中だわ。告発のタイミングが掴めないのは面倒だわね」

「それでも野次馬共の前であの従卒を晒せたのは収穫でしたわ。でも暗殺者アサシンが捕まった様で」


「思った通りヨアンナ・ゴルゴンゾーラは罠を張っていたようね。でも三人とも殺されずに捕らえられるとは暗殺者アサシンギルドもたいしたことがないわね。失態続きではなくて」

「そもそも表立った戦闘は騎士に分があるのでしょう。構成員も昨日中に王都から退去させましたから」

「それは褒めてあげましょう。それで何か動きはあったのかしら」


「昨日の夜にポワトー伯爵家の教導騎士団より従卒を引き渡すように要求が参りました。不当な逮捕であると」

「もちろん突っぱねたのよね」

「ええ、ロックフォール侯爵家の動きを見て、昨日の事故の糾弾に動くと思われたのですが…今は動きが有りません。追従する形で従卒を王都騎士団に引き渡します予定だったのですが」

「それならばこちらから揺さぶりをかけて見ましょうか、教導騎士団を通してポワトー伯爵家にね。これでセイラ・カンボゾーラの不興を買って治療を停止させられればポワトー大司祭はそれまで、セイラ・カンボゾーラからなにか打診があれば動くとしても、ポワトー伯爵家からの連絡は一切聞く必要はないわ」


「それでブエナ、ヨアンナたちはどの辺りまで気づいていると思う?」

「少なくともケインの出生は間違いなく知っているでしょう。罠を仕掛けて暗殺者を捕らえたのですからカール・ポワトーが手を出していることも。カール・ポワトーの企みはすべて晒されていると思って良いでしょう。その上で裏でシェブリ伯爵家が動いている事も」

「なら私達の目的も検討をつけていると思っていいわね。手の内はすべて知られていると見るべきね」


「これでカール・ポワトーを潰して打ち止めに致しましょう。大司祭様の枢機卿への道筋も見えてまいりましたし」

「セイラ・カンボゾーラのお陰で随分手こずったけれどどうにか上手く行きそうね。ブエナ、よくやってくれたわ。この次はあの目障りなセイラ・カンボゾーラをどうにかしなければね」

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