第88話 昼食会
【1】
翌日は安息日で授業は休みだった。
ゴルゴンゾーラ公爵邸の聖堂は朝の礼拝に集う清貧派の信者たちでごった返している。
そんな中、王立学校からカロリーヌ・ポワトーが馬車を飛ばしてやって来た。
昨日の首尾の報告と
ヨアンナとジャンヌを交えて四人で軽めの朝食を食べながら重たい相談する。
「昨日王都聖教会にあるポワトー伯爵家の別邸に報告に行ってきました。ケイン様の出生について報告とポワトー伯爵家からの確認の証言が取れました。この事でセイラ・カンボゾーラ様がかなりお怒りだとお伝えしたところ御養父様との直接の面会がかないましてね」
カロリーヌは昨日のポワトー伯爵家の状況を説明してくれた。
先手を打ってポワトー大司祭にヨアンナにケインと引き合わされた事と、自領の騎士団長の甥で有り従姉の友人でもあるケインの生い立ちに私が憤っているとも告げたそうだ。
カロリーヌはケインの治療費や経済的な支援と引き換えに、ポワトー伯爵家との関係は無かった事にすると言う念書を書く事で、取りなしを図り事を納めるべく交渉していると言ってポワトー大司祭から金貨まで預かってきていた。
「金貨三百枚で御座いますよ、それも即金で。出入りのオーブラック商会にもつけ払いしかしない御養父様が。必ず良い返事を頂いて来るようにとの仰せでした」
「と言う事は、ポワトー大司祭や伯爵家の人たちには未だ昨日の一件は知られていないのね」
「ええ、唯々セイラ様とジャンヌ様との友誼を結んで来いとの一転張りでそれだけ命じられて帰寮致しましたの。そうしたら朝、セイラ様のお使いでアドルフィーネがいらしたものでメイドを付けづに寮を出ましたの」
事が事だけに私やヨアンナが警戒していると言って下級貴族寮に赴き、面会する風を装ってハンスの仕立てた馬車でゴルゴンゾーラ公爵邸にやって来たそうだ。
「どう致しましょうか? 交渉はうまく行ったと言って御養父様のもとに知らせに参りましょうかね」
「兄君は事前に報告に動くかしら? 下手を打った事で大司祭様に助けを求める事はなさらないかしら」
「知れれば失点になりますから自分からは明かさないでしょう。なにより状況をどれだけ把握できているのかすら危ういでしょうから」
「少なくとも私が念書にケイン様のサインを貰いに行く時点で暗殺未遂事件はバレると思うの。
「それよりも荷馬車の強奪事件をアントワネット様が騒ぎ立てる事は無いでしょうか。それならば今頃は、街で騒ぎになっているかもしれませんよ。先手を打ってファナ様の方から事件の真相を告知していただくと言う事も考なければ」
私のジャンヌの意見を聞いていたヨアンナは暫く何か考えていた。
「ねえカロリーヌ・ポワトー。ケイン・シェーブルの身の安全と引き換えにヨアンナ・ゴルゴンゾーラが仲裁に入ったと帰って伝えてくれるかしら。どう? 貴女が交渉の全権を委任されるように上手に立ち回れるかしら。それで我が家で派閥の昼食会が開かれるからそこに参加してくれるかしら」
「ならばヨアンナ様、ファナ様から昨日の馬車の暴走事件に兄君が関与しているようだと知らされた事前情報を入れて貰えば、カロリーヌ様のポイントも上がるんじゃないですか」
「それならば私、ジャンヌ・スティルトンが露店街の保障に心を痛めていたと言う事も付け加えて貰えば」
「そうね。私もケイン・シェーブルへの念書を預かって、セイラとの仲裁に入る旨手紙を書くかしら。念書の内容の履行に加えてケイン・シェーブルの身の安全の保障を条件にして、ケインのサイン入りの書簡を用意しようかしら」
「ええ、解りました。早速大聖堂の別邸に向かいましょう。昼食会には期待していて下さいまし」
【2】
極秘の昼食会はゴルゴンゾーラ公爵邸で行われた。
ヨアンナとファナ、私とジャンヌそしてカロリーヌ・ポワトーに加えエマ姉とレーネ・サレール子爵令嬢の一年Aクラスの女子メンバーが集まっていた。
それに加えてカミユ・カンタル子爵令嬢とテレーズ修道女が参加している。
「それで首尾はどうだったのかしら、カロリーヌ・ポワトー」
ヨアンナのカロリーヌに対する呼びかけに敬称が無くなっている。これはカロリーヌを身内と認めたと言う事だ。
ヨアンナが敬称を無くす時は身内の集まりか、明らかに敵と断じた相手と対峙する時だけなのだ。
「荷馬車の事件は兄が教導騎士団を動かしたので、御養父様の耳にも入っていたようですわ。でも
「御兄君は何と仰っていらしたのですか?」
「いえ、兄は昨日から帰ってきていないので未だバレてはいませんわ。でもみんな不審に思ってはいるようです。発覚すれば後継者から外される可能性は大きいですわ」
「それで兄君の次に上がってきそうな後継者は誰なのかしら」
「義兄が二人、同母弟が一人。長男は三十過ぎで未だ司祭職で燻ぶっているような方です。次男も同じで司祭ですが金遣いも女遊びもひどく教区での人望がまるでない方です。後は私の弟にあたる男子がいますが未だ六歳で、御養父様のお年を考えると頭の痛い事です」
「このままでは大司祭の地位すら失いかねないと言う事かしら。長男と次男は付け入る隙は有るのかしら」
「次男はすぐにでも馬脚を現しそうなのだわ。金と女なら幾らでもスキャンダルのネタは出てくるのだわ。後は長男ね。無能でも瑕疵が無ければ侮れないのだわ」
「ファナ様はシェブリ伯爵がどう動くと思われますか? いえ、ファナ様がアントワネット様の立場ならどうなさいます?」
「極秘に接触してカールの関与を表ざたにしない代わりに枢機卿職の委譲を迫るのだわ」
「それに並行して長兄の失脚を謀るべく動くのが得策かしら」
「それならばカロリーヌ様はヨアンナ様とファナ様にお願いして御兄上の悪事が表沙汰にならない様にポワトー大司祭様に恩を売ると言う事ですね。その上で私とセイラさんの協力を取り付けて今年の秋まで枢機卿様の延命を図れば更にカロリーヌ様の発言力は大きくなると言う事でしょう」
「それならば今回の一連の証拠や経緯は文書に纏めて保管しておくべきね。兄君がカロリーヌ様に逆らえない様に証拠を握っておかないと」
「セイラ・カンボゾーラ、貴女は未だ貴族の事が良く解っていないかしら。最終目的はそこでは無いかしら」
「兄の首に鎖を付けて私が握っておくと言う事ではないのですか? それ以上の事って?」
「次期ポワトー大司祭は、カロリーヌ・ポワトー、あなたの弟よ! 貴女はその後見人になるかしら」
「…後見人!」
「そうよ。後は末弟が大司祭を継ぐまでポワトー大司祭に頑張ってもらえれば良いのだけれど、その後ろに貴女がいるかしら」
「ヨアンナ様、一体どう言う事か判りかねますが…」
その後にヨアンナが語った言葉にカロリーヌは衝撃を受けたように顔を上げた。
予想だにしなかった事に始めは可能だろうかと不安がそうだったが、話を聞くうちにやれるかもしれない、いややってやろうと言う気持ちが高まった顔つきに代わって来る。
「お判りかしら。カロリーヌ・ポワトー。あなたの進むべき道はここかしら。このゴルゴンゾーラ公爵家と二人の聖女が後ろ盾につくかしら。それにロックフォール侯爵家も合流するかしら。勝ち筋は見えているのだわ」
「それならば…皆様の協力が有れば出来るかも知れません。お母様の実家も協力して頂けるかもしれませんわ。いえ、協力して頂きましょう。その方法でそれを目指します」
カロリーヌの決意を聞いて私たちも大きく頷く。後はやるだけだ。
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