第86話 動き出す歯車

【1】

 アントワネット・シェブリはメイドのブエナから経過の報告を受けていた。

「ゴルゴンゾーラ公爵邸の聖堂に侵入した暗殺者アサシンギルドの者たちは出て来ていません。返り討ちにあったのでしょう」

「そう、やはり襲撃は想定していたのね。でも全員打ち取られたのは少し意外でしたわね。ゴルゴンゾーラ公爵家の警備陣を甘く見ていましたわね」

「今回の件では暗殺者アサシンギルドの手の者は切り時だったと思います。ケイン・シェーブルに顔を見られておりますから」

「そのケイン・シェーブルも無事なのかしらね」

「多分…ジャンヌ様やセイラ様に呼び出しがかかっていないようですから」


暗殺者アサシンギルドに依頼を出した従卒はどうしたの?」

「あちらは放置しております。捕まえたところで暗殺者アサシンギルドの者が依頼主の素性を明かすような事もしないでしょうし、こちらの不義理を暗殺者アサシンギルドに印象付ける必要も有りませんから」

「賢明な判断だわ。距離を置くのは良いけれど、敵には回したくないですからね。裏で暗殺者アサシン達の開放を働きかけて、形だけでも恩を売っておくようになさい」


「カール・ポワトーの方は如何致しましょう?」

「そちらは放っておきなさい。彼方から泣きついて来るまで放置していれば良いわ。その方が効果は大きいでしょう」

「ヨアンナ・ゴルゴンゾーラが何かしかけて来るかも知れませんよ」

「そうなっても不利になるのはカール・ポワトーよ。そうなれば付け入る隙は大きくなるわ。いっそうの事焦ったカール・ポワトーがセイラ・カンボゾーラに手を出して噛みつかれるのも一興ではないかしら」


「ヨアンナ・ゴルゴンゾーラは手札のケイン・シェーブルを使ってカール・ポワトーを潰しに来るのではないでしょうか。ケイン・シェーブルの出生の秘密は知っていると考えれば、先手を打たなくても大丈夫でしょうか」

「筋書きの予測はついているのでしょうが、証拠は無いわ。カール・ポワトーが自白するとも思えない。後は彼の従卒がセイラ・カンボゾーラの歓心を買うため先走ってやったこととして押し通せば良いわ。従卒はこちらで抑えているのだものなんとでも言い抜けられてよ」


 暗殺者アサシンギルドのアジトは動かしたほうが良いだろう。

 派遣した三人が死んでいれば良いが、なまじ生きていればそこから組織へ波及してくるに違いない。

 早急にそちらの痕跡の払拭にかかるべくブエナはアントワネットの元を後にした。


【2】

「ハンスと言ったかしら。あの三人のメイドは信用できるのかしら」

「宜しいでしょうか、お嬢様」

「私にはあの三人をどこまで信用できるか判らないの。あなたの意見を聞かせてちょうだい」

「判りました。これは私の私見ですが、部屋付きメイドのイブリンは御養家の連絡係です。今日の人払いの件も直ぐに連絡が行くでしょう。取り仕切っているのは今日別邸から付いてきたヘッドメイドのモード。キッチンメイドのベアトリスはお母上様の意向で毒見も兼ねてつけられたので信用してもよろしいかと」


「それでは先ほど聖堂で起こった事の報告も含めてお話を続けようかしら。テレーズ様、ケイン様どうぞお部屋に戻ってお休みください」

「すまないがそうさせて頂こう。それから代わりの治癒修道士をお願いしたい。シスターテレーズも休ませてやってくれないか」

「私はまだ大丈夫…」

「そんなやつれた顔で何を言っているんだ! さっきからずっと魔力を流し続けているじゃないか。これでも騎士だ! 俺は大丈夫だから休んでくれ」

「そうね。私も見ていられないから二人とも部屋に帰って休むと良いかしら。後は誰かに手配させるから」


 二人が扉を開くのを待っていたかのように入れ替わりで修道女姿の獣人属の女性が入って来た。

「あなた…エマ・シュナイダーのメイドの。…確かリオニーとか言ったわね。なぜ修道女の姿をしているの」

「少し事情が御座いまして。ヨアンナ様に先ほどの御報告に上がりました」

「あら、アドルフィーネが来ると思っていたのだけれど違うのかしら」

「アドルフィーネは尋問の手伝いだと言われてグリンダメイド長が連れて行きました。ナデテはルイーズ様とケイン様のお世話の為に今食事の準備にかかっております。ナデタは聖堂でケンカしている馬鹿者二人を制圧しておりまして手が離せませんので」


 そうしてリオニーが聖堂で起こっている事件の概要を説明し始めた。

 それを聞きながらカロリーヌは思う、つくづくバカな兄だと。

「そのルイスとか言うボーイが見たという従卒と話していた男が襲撃犯の一人のようだというのかしら。確証は有るのかしら」

「ルイスも証拠は無いと言っていました。背格好や雰囲気、面立ちも同じだったそうですが、口元を隠していたので同一人物かどうかは分からないと」

「そこまで解れば兄を糾弾する事も容易いというのに慎重なのですね」

「不確定な事は排除したいかしら。相手はあなたの兄君では無くてその後ろに居るものなのだから」

「…後ろ?」

「私達の推測ではカール・ポワトー様を背後で唆しているのはアントワネット・シェブリ様だと考えております」


「シェブリ大司祭が動いていると…。兄も父も陥れられようとしているのですね」

「多分…。出来ればヴィザードの女を抑えたかったのですが」

「パブロとか言うボーイの判断は正しかったわ。女を追いかけていれば街での被害が甚大なものになっていたかしら。ジャンヌや特にセイラは無茶をして巻き込まれてもおかしくなかったかしら」


「もう一人の従卒の接触した露天商は抑えているのですよね。ならば間違いなく兄が関与しているのでしょう。愚かな事を…ジャンヌ様の、更にはセイラ様の不興を買うかもしれない様な事を」

「そして今日のケイン・シェーブル暗殺未遂事件かしら。暗殺者アサシンを介してクロエ様襲撃事件の関与も暴かれるかもしれないかしら」

「シェブリ伯爵家は疑惑だけでも、そのことを喧伝してポワトー大司祭様の追い落としにかかる思います。あるいはそれを公にしない事を条件に次期枢機卿への推薦を取り付けるか」

「どちらに転んでもシェブリ大司祭の一人勝ちになってしまいますね。私に打つ手はあるのでしょうか。ヨアンナ様にご助力いただいても勝ち筋が見えてきません」


「そうでもないわよ。ポワトー伯爵家の勝ち筋ではなく、貴女自身の勝ち筋を見つけることが得策ではないかしら。貴女は何か兄君やお父上に義理立てすることが有るのかしら」

「ははははは、カロリーヌお嬢様。このお話ぜひともお乗りください。ポワトー伯爵家でもシェブリ伯爵家でもゴルゴンゾーラ公爵家でも貴女様に一番高値をつけてくれる所に貴女様をお売りなさい。私はそのために尽力いたしましょう」


「貴女はいい家臣を持ったかしら。それなら今の手札をどこで使ううべきかしら」

「私としてはシェブリ伯爵家はお薦めいたしません。今はともかくこの先使い潰されて後ろから切られるような気がします」

「ならば、ご養父様に話を入れて先手を打てるようにしましょうか」


「別に兄君がどうなろうと宜しいのではないかしら。この際兄気味を追い落としたあとにあなたが後釜に入れば良いのだから」

「?」

「ご養父様に結果を示せば宜しいのですよカロリーヌ様。ゴルゴンゾーラ公爵令嬢様、ご尽力いただけるのでしょう」


「ええ、そうね。ポワトー枢機卿がご存命の限りは、今の状態が変わることはないかしら。ならセイラとジャンヌに不興を買った兄君に代わってあなたが執り成した事で二人の協力を得ることができれば時間は稼げるかしら」


「それではこの人払いはケイン様との面通しのためだったという事で話を進めましょう。ケイン様の安全の確保と引き換えに枢機卿様の庶子という事実を公にしないという話し合いの場だったと言うことでいかがでしょう」

「それで良いかしら。その一点をとっても貴女のポイントは上がるでしょう。その上で今日の不祥事。貴女方は明日にでも二人だけで私に面会を求めるよう帰って手はずを整えて欲しいかしら」


「それならばいけそうですね。シェブリ大司祭の足は止められそうです。ありがとうございます」

「貴女は早計だわ。これはまだ始まりよ。その後が本番かしら。明日にはセイラ・カンボゾーラもジャンヌ・スティルトンも、それにファナ・ロックフォールもやってくるかしら。貴女の反撃はこれから始まると心得ておくべきかしら」

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