第85話 カロリーヌ・ポワトー(2)
【2】
「ご紹介するわ。ケイン・シェーブル近衛騎士とテレーズ修道女かしら」
カロリーヌはヨアンナの言葉に「はぁ」と頷く以外に反応が出来なかった。
一昨日の事件の事は学校中の話題になっているのでケイン・シェーブルの名前は知っているが、だから何だというくらいのものだ。
当惑しながらも挨拶をする。
「始めまして。カロリーヌ・ポワトーと申します」
頭を下げるカロリーヌに対して、ケインとテレーズの顔に一瞬動揺が走った。
怪訝に思いながらも返答を待っているとケインが口を開いた。
「すまないが、腰かけさせてもらう。体調がすぐれないものでな」
そう言ってテレーズに支えて貰いながら部屋の端のソファーにもたれかかる様に腰を下ろした。
テレーズもその横に腰を下ろしてケインを支え続けている。
「悪いがこの態勢で御挨拶させてもらう。王立学校三年、近衛騎士団第四中隊所属のケイン・シェーブルと言う。ご挨拶痛み入る」
「今はゴルゴンゾーラ公爵家王都別邸聖教会付きの修道女をしておりますテレーズと申します。私も坐したままで不作法では御座いますが、この姿勢でのご挨拶ご容赦ください」
「いえ、こちらこそご挨拶痛み入ります。お二人ともご無理なさらず結構で御座います」
そう言ってカロリーヌも一礼して腰を下ろす。
「私から改めてご紹介しようかしら。こちらはポワトー枢機卿のお孫さんでポワトー大司祭の四女のカロリーヌ・ポワトー伯爵令嬢」
「そしてテレーズさんは元々シェブリ伯爵家に仕えておられた準男爵家の出身で、シェブリ大司祭にご実家は廃嫡されて、南部で就業を積んでこちらで治癒修道女としてご指導いただいているかしら」
ああ、そういう事なのか。
ジョバンニ・ペスカトーレ一派と…シェブリ伯爵家一派と距離を置く私を、反シェブリ伯爵家として取り込む心算なのだろう。
それで祖父の治癒術師として優秀な治癒修道女を紹介するという事だろう。
カロリーヌ自身としてはアントワネット・シェブリの手駒のように使われ、使い捨てられるくらいならゴルゴンゾーラ公爵家に与する方が好ましい。
何より養家のポワトー伯爵家に対する忠誠心が有る訳でもなく、今のままでは下級貴族家の愛人にされるか地方の聖教会で司祭止まりだろう。
とは言う物のカロリーヌがヨアンナの派閥に入る事をあの養家が良しとするかと言えばそうとも限らない。
昨年の事件以来シェブリ伯爵家とはギクシャクしているものの、同じ教導派騎士団を率いる一族で今までポワトー枢機卿を支えてきた一族だ。
特に兄のカールはシェブリ伯爵家に支援を受けているので、カロリーヌが離反すれば良い顔はしないだろう。
「それから、最後にこちらの方がケイン・シェーブル近衛騎士で…貴女の叔父にあたる人になるのかしら」
「えっ!」
最後に落とされた大きな爆弾にカロリーヌは目を見張った。
「一体どういう意味なのでしょうか? 私には解りかねるのですが」
「別にそのままの意味かしら。ケイン騎士の父君はポワトー枢機卿という事よ。貴女のお爺様が侍女に手を付けて生ませた子供が彼という事なのかしら」
驚いてケインの方を振り向くカロリーヌに、ケインは弱弱しく頷いた。
「一体どういう…」
「ケインさんはこのような状態なので私が代わりにご説明しましょう。不審点や質問が有ればケインさんに確認してください。ただ無理はさせない様に」
テレーズがそう言ってケインの出生の経緯やテレーズの生家シャトラン準男爵家との係わりを淡々と述べていった。
酷い話ではあったが、あの養家なら、小心者のポワトー大司祭ならやりそうなことだとも思われた。
そしてシェブリ伯爵家がポワトー伯爵家に取り入って力をつけてきたその一端を垣間見る思いでもあった。
おぞましいとは思うがポワトー伯爵家の庶子たちの間でも繰り返されたことで、今更感の強い話でもあった。
ヨアンナも上級貴族の娘であればこの程度の事でカロリーヌが罪悪感に苛まれるとも思っていないだろう。
何より彼らに同情したところでカロリーヌが養家に対してできる事など何一つとしてないのだから。
「ケイン様やテレーズ様に対してはお気の毒だと思いますが、私自身も養女の身。悔しい事に何一つご苦労に報いる手立てを持ちません」
「いえ、私たちはその様な事を望んでいるわけでは御座いません。カロリーヌさんに何一つ咎が有る訳でもございません。ただこの事を知って貰いたかっただけですから」
そんな訳は無いだろう。少なくともヨアンナは何か意図が有ってこの場を設けた事は間違いない。
「失礼とは思いますが、お爺様に繋がる証は何かございますでしょうか」
「ケインさんについては身一つで逃げられたそうなので何も無いそうです。お母様の暗殺についても事実が伏せられているので、私の証言以外は証拠となる物は無いでしょう」
「それは…お気の毒ですね」
「ええ、そうなのよ。だからこの二人の言っている事は公には何一つ立証することはできないかしら。…でもね、それにもかかわらずケインやテレーズの報復を恐れて手を出すヤカラもいるかしら」
先ほどから応接室の窓越しにチラチラと外を見ていたヨアンナが、カロリーヌに手招きして窓際に来るように促した。
カロリーヌが窓から外を覗くと、ブラインドの向こうに拘束されて騎士たちに引きずられて行く三人の男の姿が見えた。
「あれは一体?」
「多分、ケインの命を狙いに差し向けられたならず者かしら」
カロリーヌは驚いて声を上げそうになった口を押える。
「一体だれが。まさか養父様が…」
「さあ、誰なのかしら? これから尋問をして証言を取るのだけれどそうそう簡単に口を割るかしら」
ヨアンナが今日ここにカロリーヌを呼んだ意図が分かりかけてきた。この光景をわざわざ見せる為だったに違いない。
この暗殺に彼女が係わっているのか見届ける為に。
何となくではあるが兄のカールがセイラやジャンヌと面会する日のこの時間に襲撃が有るという事は、なにかしら彼が係わっている事に間違いは無いだろう。
何が有ったか知らないがカール・ポワトーはヨアンナの掌で泳がされているのだろう事だけは確信が持てた。
カロリーヌはキッとヨアンナを睨むと席に戻って腰を下ろした。
「何が有ったのか私は存じません。カール・ポワトーは兄ですが私とはかかわりは有りませんわ。彼に迷惑は被っても借りは有りませんので」
元々侯爵家の令嬢だった母はポワトー伯爵家でも正妻に近い扱いだった。その為男子を生むことを望まれていたのだが、上の三人は女子、カールが生まれてその次のカロリーヌも女子だった。
その為跡継ぎ候補のカール以外は養家の待遇も悪く、兄のカールは跡継ぎ候補という事で姉たちやカロリーヌに横柄な態度を取り続けた。
カロリーヌが養女としてポワトー伯爵家に引き取られているのも母の生家が宮廷貴族として力が有っただけの事で、力のない愛妾の娘は引き取る事さえされず聖教会に送られるのだから。
「そうね。今の貴女には関わり合いの無い事かしら。でもね、貴女が係わり合うつもりになれば、私たちは貴女の力になれるかしら。いつまでも兄君に小突かれ続ける雛鳥のままでいるつもりは無いのでしょう」
その言葉を聞いてカロリーヌは後ろに控えているハンスを見上げた。
ハンスはカロリーヌを見下ろすと静かに頷いて見せた。
「貴女、良い従僕をお持ちかしら」
「ええ、幼少より養家の理不尽にいつも盾になってくれた忠臣ですわ」
「それで私の話は聞いて頂けるのかしら」
「もちろん聞かせていただきますが、ただという訳では御座いませんわ。貴女方がどこまで信用できるかもわかりませんから」
「ええ、それで結構よ。ただアントワネット・シェブリよりは信用できると思って頂いても構わないかしら」
ヨアンナ・ゴルゴンゾーラはそう言って静かに微笑んだ。
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