第84話 カロリーヌ・ポワトー(1)
【1】
その日の午後カロリーヌ・ポワトーはヨアンナ・ゴルゴンゾーラから招待を受けていた。
午後のお茶の招待であるが、なんとゴルゴンゾーラ公爵邸への誘いである。これは学校内での簡単なお茶会とはわけが違う。
少なくとも実家であるポワトー伯爵家とゴルゴンゾーラ公爵家を代表する形でのお茶会であることは間違いないのだ。
特にカロリーヌ・ポワトーは派閥も違えば交友関係があるわけでもない。それが突然のヨアンナからの誘いである。
これがサレール子爵令嬢やカンボゾーラ子爵令嬢からならそこまで警戒はしない。
いや、ゴルゴンゾーラ公爵邸への招待であっても、派閥の下位貴族を通しての招待であれば十分にありえるのだが、ヨアンナ本人からである。
午前の授業の休み時間にヨアンナに呼ばれて手ずから招待状を渡された時は流石に狼狽してしまった。さっぱりヨアンナの目的が見えない。
あまり口外してくれるなと念を押されたが、一緒にファナ・ロックフォールや聖女ジャンヌもいて、その為かジョン王子やイアン・フラミンゴも近くにいて聞いていたのでそれほど秘密にするつもりもなかったのだろう。
授業を終えて一旦帰寮すると小型馬車で王都大聖堂に有るポワトー伯爵家の別邸に向かう。
公爵家に向かうためには寮にあるドレスでは軽く見られてしまう。馬車も別邸で使う大型のものに乗り換えて、メイドも三人従えてゆく。
手土産にはハスラー公国産のリネンのスカーフを持参する。
予定の刻限の少し前に公爵邸の正門につくと周辺にゴルゴンゾーラ公爵家の騎士が物々しく警備に当たっている。
その割には門衛は馬車の家紋を確認すると直ぐに門を開き馬車ごと邸内に招き入れてくれた。
屋敷の車寄せには使用人が並び出迎えてくれている。ゴルゴンゾーラ公爵家らしく使用人の半数以上が獣人族だ。
カロリーヌが馬車を降りると正面玄関にはすでにヨアンナが立っており出迎えてくれた。
「よく来たかしらカロリーヌ・ポワトー伯爵令嬢様」
そう言って邸内に招き入れてくれる。
ドレスは春に向けての新作のようで、飾りボタンをふんだんに使ったチェニックのような上着を使いコルセットを廃したデザインになっている。
カロリーヌのハッスル神聖国正統派のベーシックなドレスに対して南部清貧派を標榜するファッションなのだ。
カロリーヌは三人のメイドと御者を兼ねている護衛の従僕の四人を従えてゴルゴンゾーラ邸内に入っていった。
招き入れられた応接室には豪華なお茶請けのと、ティーセットの準備をする二人の獣人属のメイドと二人の見習いメイドが忙しそうに立ち動いていた。
見習いメイドの一人は右肩を肘の辺りまで体に固定している様だ。いったい何故…、ああそうだあれはセイラ・カンボゾーラの連れているメイド見習いだった。
そして彼女の横にいる見習いメイドはヨアンナの部屋付きメイドだった事に気付いた。
「ヨアンナ様、もしかしてセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢も見えられるのですか?」
ヨアンナはチラリと見習いメイド達に目を向けるとカロリーヌに応える。
「ウルヴァちゃんは怪我が完治するまで私が預かっているの。あまり無理はさせたく無いのだけれど、リハビリのために指は動かした方が良いと言う事でお願したかしら」
「はあ、そうなのですね」
さすがにヨアンナのお茶会に呼ばれたのだから大量の獣人属メイドが居る事は分かっていた。
「でもこんなに獣人属のメイドを召し抱えて、寄り子の貴族家から不満は出ないのですか?」
カロリーヌ自身も別に獣人属メイドに含むところは無く、アントワネット・シェブリの様に嫌悪感を抱いているわけでも無い。
ただ少し不思議に思ったのだ。
上級貴族の筆頭でもあるゴルゴンゾーラ公爵家のメイドなら、一般に下級貴族の子女や庶子が雇われることが多い。
寄り子の貴族家や準貴族家の縁繋ぎにもなるし、何より働き口の少ない下級貴族の末妹や庶子の救済手段にもなる。
「うーん、そういうのはあまり聞かないかしら」
ああ、この人は上級貴族の長女で王子の婚約者だった。そう云う事情には疎いんだろう。
そう納得して席に着くとメイド見習いにお茶の指示を出しながら話しだした。
「勘違いしないでほしいかしら。ここ二年ほどの間で貴族家から行儀見習いを採ることが無くなったのよ。この意味はわかるかしら?」
「採るのをやめたのでは無く、採ることが無くなったっと?」
「そう、北西部や西部の我が家に縁のある貴族や准貴族は積極的に子女を予科に入れたり、聖教会で学ばせたり教育に力を入れているかしら」
「それは一体? 準貴族や庶子のように資金の無いものはその後の生活が難しくなるのではないのですか?」
「王立学校に見合う能力がある者はゴルゴンゾーラ公爵家が援助して進学させるし、教育が終わったものはアヴァロン商事やサロン・ド・ヨアンナで職務についているかしら。特に女子にとってはサロン・ド・ヨアンナは人気の職場かしら。上級貴族とも顔繋ぎが出来て、貴族家や商家に嫁入りした娘もいるかしら」
カロリーヌは予想外のヨアンナの回答に驚きを隠せなかった。
自分が恵まれた立場であることは自覚しているが、それでも所詮は庶子である。ポワトー伯爵家にとっては少々毛並みの良いだけの売り物でしかない。
容姿や教養があってもただ売値を上げるだけの飾りでしかないのだ。
婚家を選ぶこともできず、ただ買われることだけを待つような立場は納得できないし、ポワトー伯爵家の利益の為に忠誠を強いられるのも嫌だ。
そう思うとヨアンナの話はとても魅力的に思えた。
「まあ教導派の貴女の家にはあまり関わりない事だったかしら。貴女はお茶で良かったかしら? それともコーヒーかしら?」
「それでは一度コーヒーを試してみましょうか」
「そうねフォアちゃん。始めはミルクと砂糖を多めに入れてお出しして下さるかしら」
ヨアンナには漆黒のコーヒーが、カロリーヌにはミルクのたっぷり入った甘いコーヒーが出され、部屋中にコーヒーのアロマが立ち込める。
「とても強烈ですが良い香りですね。ヨアンナ様はミルクも砂糖も入れないのですか?」
「慣れればこの苦みが癖になるかしら。そして今日来ていただいたのは、あなたに少々刺激の強い苦いお話があるからよ」
「改めてそう仰られると怖いですわ」
「フォアちゃんもウルヴァちゃんも外してくれるかしら。貴女たちも一旦外してちょうだい」
ヨアンナは自分のメイドを全員を控えの間へと退去させた。
「カロリーヌ様、失礼だけれどそのメイドと護衛は口の堅い方かしら?」
ヨアンナは遠回しに人払いをしろと言っているのだろう。
「あなたたちもハンス以外は席を外してちょうだい」
カロリーヌもメイドの三人を控えの間に下がらせた。
「ハンスは私の幼少の頃からの従僕で口も硬く信用も置けるものですから」
カロリーヌが洗礼を終えた時から従僕として仕えてくれているハンスは、母の実家の祖父母がカロリーヌに就けてくれた忠臣である。
ヨアンナは何かを納得したように微笑むと、カロリーヌとハンスに向かって頷いた。
「分かったかしら。それならば貴女に紹介したい人が居るの。今からここで起こる事はカロリーヌ・ポワトー様。貴女が自ら判断してどうするか決めてくれるかしら」
ヨアンナはそう告げるとテーブルのハンドベルを取り上げて三度鳴らした。
するとそれに呼応して部屋のドアがノックされる。
「失礼いたします」
女性の声がして部屋御ドアが押し開かれ修道女とその修道女に肩を抱えられて青年が入って来た。
「ご紹介するわ。ケイン・シェーブル近衛騎士とテレーズ修道女かしら」
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