第83話 事故現場(2)
【2】
何かやるとは思っていたがこんなに早くシェブリ伯爵家が動くとは思わなかった。
ゴルゴンゾーラ公爵家からの連絡で足止めの為の襲撃があると聞いていたが、シェブリ伯爵家が手引きしたんだろう。
手引きすると同時にカール・ポワトーの従卒を拘束しその罪も擦り付けてしまったのだろう。
猿轡を噛ませて縛り上げて群衆の前でその非をあげつらうなら、後でどう言おうとそれが既成事実になてしまう。
アントワネット・シェブリにとっては今やカール・ポワトーも共闘する相手ではなく、貶めて傅かせる対象なのだから。
「おい! そこの平民ども。この男だろう貴様らに盗賊働きを命じたのは」
シェブリ伯爵家の騎士団長らしき男が拘束されている三人の盗賊に向かって言った。
「待て! 越権行為だぞ! 我々が先に到着して警護に当たっていたのだ!」
「越権も何もこの者を捕縛したのは我々シェブリ伯爵家の教導騎士団だ。それに我々はロックフォール侯爵家の捕縛した実行犯に指示を下した犯人の面通しを依頼しているだけだ。貴様らにとやかく言われる筋合いはない」
「どうしたものか考えものなのだわ」
ファナ・ロックフォールは思案する風を装って私とジャンヌに目配せする。
ここは乗っておくべきだろう。ジャンヌに頷くと彼女は立ち上がり馬上に騎士に向かって言った。
「その者がこの暴挙を命じたと判れば被害に遭った商店主や露天商に賠償を払わせる手助けを頂けるのでしょうか? そう明言いただけるのであればご協力するべきかと考えますが、そうで無ければその犯人の引き渡しを要求致します」
その問いに馬上の騎士よりも早くポワトー伯爵家の陞隊長が反応した。
「それこそ越権行為である! いち早く現場に駆け付けた我らに何の了解も無く何を言っておるのだ!」
「ふん、何一つまともに出来ないヤカラが口だけ偉そうにぬかしているのだわ」
「先に来て警備と治療に当たっていたのは私達ゴルゴンゾーラ公爵家の治癒修道士ですけれどね」
「そうだ教導騎士団は聖女様が仰るようにわしらを救ってくれるのか!」
「賠償を取ってくれるのかよう騎士団様!」
「被害者のわしらを捕まえて罪に問おうとしたくせにどうなんだ!」
被災民たちの怒号がポワトー伯爵家の教導騎士団にあびせられる。
「皆の者、静まられよ。ロックフォール侯爵令嬢様、今ここで面通しを済ませてこやつの関与が明確になるならシェブリ伯爵家の教導騎士団はそれ以上は望まぬ。賠償の請求についても口添えしよう。簡単な取り調べが終われば二〜三日中にこの男を引き渡しても良い。如何かな? これでご納得いただけるであろうか聖女殿」
「了解したのだわ。サッサと始めるのだわ」
「待て! 我らの頭越しに何を勝手なことを」
「黙れ! 小隊長風情が大隊長たる俺に反抗するつもりなのか!」
一瞬硬直したように動きが止まった小隊長はそのまま俯いてこぶしを握り締めながら絞り出すように”ハイ”とだけ答えた。
それを聞いた大隊長は馬上の従卒をあろう事か馬上から引きずり下ろした。
従卒は路面に転げ落ちて泥だらけになって呻いている。馬の轡を引いていた騎士が従卒の髪を掴み上げて顔をこちらに向ける。
別にあの従卒に同情する余地も無いのだが、こいつ等教導騎士のやり方には毎回反吐が出る思いだ。
「この男の顔で間違い無いのだな」
「へい、この男が俺たちに馬車を奪ってこの通りに暴れ込ませろって言われたんだ」
「気前よく前金で銀貨五十枚も払ってくれたぜ。なあお貴族様」
必死で顔を逸らそうとしている従卒の顔を騎士が頭を掴んで正面を向かせようとしている。
「証言は取れた。この後の裁判の場での供述には協力してやる。この男は明日の朝までにロックフォール侯爵家に引き渡そう」
「別にそれには及ばないのだわ。終われば衛兵隊にでも引き渡してちょうだい。我が家もこのヤカラの取り調べが終われば衛兵隊に引き渡す予定なのだわ。後は法廷での証言には期待させていただくのだわ」
「聖女様との約束だ。被害者の保証の話にシェブリ伯爵家も協力しよう」
「教導騎士ごときの口約束には期待していないのだわ。もし法廷がどんな結論を出そうとロックフォール侯爵家とゴルゴンゾーラ公爵家はあなた達を見捨てないのだわ!」
シェブリ伯爵家の教導騎士団への捨て台詞に託けてロックフォール侯爵家とゴルゴンゾーラ公爵家のアピールに余念がない。
さすがはファナだ。
「おい! 引き上げるぞ!」
そう叫んでポワトー伯爵家の教導騎士達が帰って行く。それを見てシェブリ伯爵家の教導騎士団の引き揚げて行った。
「ジャンヌさんの想定通りアントワネットはカールを切りに来た様ね」
「でも、こんなに早く動くとは思ってもいませんでした」
「あの女なら今日の面会も知っていたに違いないのだわ。ヨアンナの言った通りなら何か仕掛ける準備は昨日の内にしていてもおかしくないのだわ」
「カール・ポワトーがどう動くか、私たちでも予測がついているのだからあの方なら予測していて当然でしたよね。きっと昨日のうちに彼を唆したのでしょう」
「でもここで足止めを企んだならゴルゴンゾーラ公爵邸は大丈夫だったかしら。そろそろ何か連絡が来そうな頃合いなのでは」
「セイラの言う通りなのだわ。ほら御覧なさい、来たみたいなのだわ」
ファナの指さす方向を見るとこちらに向かって走って来る少年の姿が見えた。ロックフォール侯爵家が街中に走らせたメッセンジャー代わりのフットマンたちの一人だ。
「ファナ様、セイラ様、ジャンヌ様。ゴルゴンゾーラ公爵家より伝言です。”虎は檻を破った”です。では失礼足します」
それだけ告げると踵を返して帰って行った。
「…あの暗号はどういう意味だったかしら? 虎って誰の事だったけ?」
「たしかケインさんでしたっけ? 狼と獅子がアドルフィーネさんとリオニーさんで、白熊と羆はどちらがナデタさんでどちらがナデテさんしたっけ?」
「ケインはクロヒョウなのだわ。それからキットンがフォアでウルヴァがパプで‥‥。で結局虎は誰だったのか覚えていないのだわ」
「檻は襲撃でしたよね」
「そうそう、それから破ったは撃退した」
「襲撃は撃退できたようなのだわ。まあ虎が誰でも良いのだわ。結果オーライなのだわ」
襲撃者はやはり来たんだ。
私達の足止めだけで済ませてくれれば少しは弁明の余地もあったかもしれないが、もう躊躇する事も無い。
「打ち合わせ通り躊躇せずに最後までやるのだわ。ケイン・シェーブルを虫けらの様に殺そうとした相手に同情の余地はないのだわ」
「マルカム・ライオルも手にかけていますしね」
「アドルフィーネたちに負傷者が出ていなければいいのだけれど…」
「もしそうなら、ヨアンナ様が一番に私達に使いを寄越して治療に当たらせるはずですからそれは大丈夫でしょう。こちらも一段落ついたしゴルゴンゾーラ公爵邸に向かいましょう」
ジャンヌに促され私たちは事故現場からゴルゴンゾーラ公爵邸に向かった。
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