第82話 事故現場(1)

【1】

「ご安心くださ~い。私達はゴルゴンゾーラ公爵邸聖教会の治癒修道女です。傷の状態を確認させてください」

 修道女たちは赤・緑・黒そして白木の四色の木札を持って被災者の周りを駆け回っている。

 ジャンヌが考案したトリアージタッグの様な物らしい。治療の優先順位は緑・赤・黒の順で重篤度が上がり白木の札は死亡に類する患者に付けられる。

 今回はさすがに白木札は出ていないが、赤札が何人かいる。

 タッグにはチョークで名前と負傷箇所が記入され首や腕に吊るされている。


 ジャンヌがまず患者の状態を診察し負傷部位の概略を私に伝えてくれる。私やほかの治癒修道女はその指示によって負傷箇所に治癒魔法を施す。

 土属性は骨を繋ぎ、風属性は呼吸を整え、水属性はリンゲル液や生理食塩水の血管や胃への供給、火属性は患部の冷却を行っている。

 すべてはジャンヌが考えて指導し成し遂げた成果だ。

「聖女ジャンヌ様とは聖女という枠では括れない医療技術の天才、治癒魔法を新たな地平に導く開拓者なのよ!」


「やっやめて下さいセイラさん。こんな時にそんな、変な持ち上げ方をしないでください」

「ジャンヌ様。そんな事はございません。セイラ様のおっしゃる通り、何一つ間違っておりません。皆さま、この方は将来歴史に名を残すであろう医聖、聖女ジャンヌ様です! ご安心ください聖女ジャンヌ様とロックフォール侯爵家家臣団が一帯をお守りし治療活動にあたっておりまーす」

「ゴルゴンゾーラ公爵家家臣団は馬車暴走の犯人探索に邁進しておりまーす。必ずや犯人を特定し司法の裁きの場に突き出しまーす」

「ロックフォール侯爵家の家臣団も皆様に代わり賠償請求のお手伝いをいたします。被害を被られた方はこちらに住所とお名前をー」


「やはり市民層へのアピールはロックフォール侯爵家の方が一日の長があるわねえ」

「セイラさん、そんな事に気を留めないで治療を続けますよ」

 重症者が居なかった事で気が緩み安心してしまったが、怪我人は沢山出ているのだ。ジャンヌに促されながら治癒施術を続けていると教導騎士団の旗を掲げた一団がやって来るのが見えた。


 ジャンヌの動きが一瞬強張る。

「分かっていてもあの鷺の紋章を見ると虫唾が走ります」

 温厚なジャンヌが忌々し気に呟く。

「赤地に白の斜め線はカール・ポワトーの手の者でしょうか? 事情聴取とかで足止めを続けて、頃合いを見てカール・ポワトーが私たちに恩を売りに来るのでしょうね」

「なんですそれは! 自分たちで仕込んでおいて、マッチポンプじゃありませんか」

「私達を舐めてるんでしょう。今回はヨアンナ様とファナ様の手の者にお任せして成り行きを見ておきましょう」


 教導騎士達が群衆を掻き分けて私達の下にやって来る。

「静まれ! 荷馬車の暴走が起きたと通報があった。王立学校の生徒が巻き込まれたと連絡があったので確…保護するよう要請があった」

 本音が漏れかけているが、彼らの口からは被害に遭った民衆への配慮や心配は一切聞かれなかった。


「私達は大丈夫です。今、怪我人の救助の最中ですので邪魔をしないで下さいまし」

「そうです。ジャンヌ様のもと私どもゴルゴンゾーラ公爵邸の聖教会修道女が治癒活動にあたっておりますので余計なお世話です」

「我らロックフォール侯爵家家臣団も聖女様方をお守りしながら救助と警備にあたっています。手は足りておりますので引き揚げて下さい」

「「「そうだ! さっさと帰れ! 教導騎士団なんて目障りだ」」」

 下町の住民の教導派への不信感は相当なもののようだ。


 私も彼らの尻馬に乗って罵倒してやろうと口を開きかけるとジャンヌに袖を引かれた。

「セイラさん。役割を忘れないで、喧嘩に来たのではありませんよ」

「ハッ…そうでした」

 私の役割はカール・ポワトーの油断を誘い足元に食いつく事だ。


「皆さん。そんな事を仰らないで。ねえ教導騎士様方、私達はもう危険は御座いませんので、被害に遭われた露店の片付けを手伝っていただけないでしょうか」

「いやっ、我々は護衛と周辺警備の任務が有ってだなあ…」

「ですから、困っている方々を助けるのがお仕事で御座いましょう。成らばこの方々も護衛と救済の対象で御座いましょう」

「いや、しかし貧民の世話など我々の役目ではないのでな。それならば犯人の捕縛を…そうだ馬車の持ち主はどこのどいつだ!」

 さっきからの教導騎士の言動に切れかける私の服の裾を、ジャンヌが引っ張り続けている。


「小隊長殿、馬車の持ち主はこの先の商店です。商店主も連行してまいりました」

「待ってくれ! 馬車は盗まれたんだ! 三人組の賊に襲われて御者も引きずり降ろされて…」

「うるさい! 貴様らの管理不行き届きだ! 連行する」

 商店主に罪を被せて事件をウヤムヤにするつもりなのだろう。許せない!


「その商店主の方たちは被害者ではありませんか。もし連行すると言い張るのなら、この件、私ジャンヌ・スティルトンが預かります!」

「騎士様、それならば馬車を盗んだ盗賊の捕縛を…ぜひお願い致します」

「それは命令されてはおらんので…」

 ジャンヌと私の主張に教導騎士の小隊長は戸惑ったような声で言った。


「教導騎士様。こやつ等が犯人なのだわ。我がロックフォール侯爵家の家臣団が総力を挙げて探したのだわ」

 縛られて拘束された三人のならず者を引っ張っている軽装の騎士を数人従えてファナ・ロックフォールが現れたのだ。

「そうだ! こいつらだ! こいつらがウチの御者のカウ爺に怪我を負わせたんだ! 馬も馬車もこんなにしやがて!」

「そうだ! こいつらが馬から飛び降りたんだ」

「俺も見たぞ! 通りに入る前にあいつが馬に鞭をくれやがった!」


「間違い無い様なのだわ。その男はもう開放しても良いのだわ」

「いや、その犯人を引き渡して貰おう」

「ええ、判ったのだわ。被害者の証言も採れたし、傷害、窃盗の現行犯は確定なのだわ。私達の尋問が終了して捜査が終わったなら引き渡してあげるのだわ、衛兵隊に」

「違う! 我々に直ぐに引き渡せ」

「あなたたちふざけてる? 逮捕権も捜査権も無いあなた達になぜ引き渡さなければならないのだわ? 教導騎士団が被害者に今まで何をしてくれたと言うの。平民相手に何かしてくれたことなど記憶にないのだわ」

「「そうだ!」」

「「「お嬢さんもっと言ってやれ!!」」」


「黙れ! 静まれ! 我々は聖女ジャンヌの護衛の為に‥‥」

「それこそ無用です! 私は、ジャンヌ・スティルトンは、民衆の中にいる限り安全なのです。私達清貧派の治癒修道女はこの街の方々が守って下さいます。教導派に狙われてこそすれ、騎士団に守って貰う謂れは有りません」

「「「「教導騎士団なんてさっさと帰れ!!」」」」

 それにしても教導派騎士団も平民には嫌われているものだ。ジャンヌも教導派に対しては容赦ない。


「我々は犯罪者の確保を命じられている! ロックフォール侯爵家の私兵如きが教導派騎士団に対して容喙ようかいである! 越権行為とみなして排除する!」

 教導騎士団が一斉にロングソードの柄に手を掛けたその時、新たに鷺の旗を掲げた騎馬の一団が現れた。

 赤地に黄色の十字の入った鷺の紋章はシェブリ伯爵家の教導騎士団であろう。


「静まれ!!」

 騎馬の先頭に立つ騎士が馬の嘶きと同時に吠えた。

 群衆の眼がそちらに釘付けになって、人々が後ずされを始めるとゆっくりと道が開いて行く。

「首謀者は捕縛した! 兵は解散せよ!」

 そう言って前に押し出された馬の鞍の上には猿轡をかまされて後ろ手に縛られた男が乗せられている。

 恐怖に歪んだその顔は、カール・ポワトーの従卒の一人だった。

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