第81話 アサシン

【1】

「ガキが調子に乗りやがって!」

 リーダーらしい背の高い男がダガーで鉈鎌ビルフクを受ける。体重をかけているが軽い少年の体重では足元は揺るがない。

「ほう、やるなおっさん。そうでなくっちゃな」

「ガキどもが舐めるな!」

 その言葉と同時に一斉に三人がマントと口元のマフラーを取ると、左右に広がって前方に踊り出た。


 二刀流の男の前にはいきなり長机が迫ってくる。修道女の一人が長机を振り回しているのだ。

 勢いと風圧でなかなか前に出られない。スキを突いて前方に回り込んだところに目をめがけて銀のフォークが飛んでくる。

 それを左手のダガーで払った途端に右肩に痛みが走った。

 小さなナイフが右肩に刺さっている。

 驚いて目を凝らすと机を振り回す修道女の後ろでもう一人の修道女が両指の間に複数のナイフやフォークを挟んで投擲の体制を取っている。

 慌てて身を捩ろうとした時に男の後頭部めがけて一枚板の長机が飛んできてぶち当たった。

 男はそのまま体ごと壁際まで飛ばされて意識を失ったまま床に転がった。


 小柄な男は机を振り回している修道女と同じ顔をした修道女と向かい合っていた。

 鋭いパンチと蹴りが次々と男に襲いかかる。それをいなしながらダガーを叩き込もうと右腕をふるう。

 そしてとうとうその右腕を掴まれたのだ。

 その右腕を開放すべくパンチを叩き込もうとした左の拳は修道女の右手にしっかりと握られた。

「捕まえたぁ〜。アドルフィーネェー」

 修道女が叫ぶと同時に男の全身を急激に熱風が包む。火が燃えているわけでもないのに全身を熱が包んだ。

「ギャーーー!」

 たまらずに叫び声を上げて息を吸込んだため、喉の奥に熱風が大量に入り込んできた。

 それと同時に男の両腕は開放されたが、ダガーは振るわれること無く床に音を立てて転がる。

 冷たい床に倒れ込んだ男は喉元をかきむしりながら転げ回っている。


「テッ…テメエら一体、…」

 二刀流の男はご丁寧に上から長机を押し付けた上、修道女がその上から足で踏みしだいている。

 小柄な男は対峙していた修道女に両腕を掴んで放り投げられたあと壁に叩きつけられて意識を失っている。


 これ以上の戦闘は不利と判断した背の高い男は、目の前の鉈鎌ビルフクの少年から間合いを取りながらジリジリと通路の扉に向かって後退して行く。

「おい、おっさん。さっきの威勢はどうしたんだよう。俺が相手してやるって言ってんだろうが」

「うるせえ! ガキが吠えんな!」

 そう叫ぶと少年に向かってダガーを放り投げてドアを蹴飛ばして押し開いて、駆け出した途端に顔面めがけて黒いものが飛んできた。

 それがローマ秤の分銅だと気づいたときにはもう手遅れだった。

 分銅は男の額を打ち抜きしっかりと意識を刈り取った。


【2】

 ゴルゴンゾーラ公爵家の騎士たちが駆けつけてきた時にはもう全て終わっていた。

 予定では侵入者が来た場合は騎士が駆けつけるまで数分の間足止めをするという事だったが、その数分で敵は殲滅されていたのだ。

 三人の襲撃者は拘束されて騎士たちに縛り上げられた。

 一人は額が割れ顔面血だらけ、一人は左の腕とアバラが折れて側頭部を強打したためまだ意識も混濁している。

 最後の一人は顔面に若干の火傷の痕がある以外は特に外傷は見当たらないのだが、拘束された状態でのたうち回っている。


「他の二人はともかく、この男は何故こんなに苦しんでいるんだ?」

「喉と肺の内側を火傷したからですわ。残念ながら体の内側は薬も包帯も使えませんから治るまで苦しみ続けることでしょうね」

「それは…水や食事はどうするんだ?」

「水を飲んでも激痛が走ります。食事などはそれこそ…。痛くても我慢する以外には助かる方法は有りませんわ。意地を張って飢え死ぬか、それが嫌ならテレーズ様かセイラ様にお縋りすることね」

「聞いてはいたが、セイラカフェのトップメイドは恐ろしい…」

 騎士たちは拘束した襲撃犯を抱えて邸内に連行していった。


 昨日の朝からゴルゴンゾーラ公爵家の聖教会では順に修道女の入れ替わりが行われてきた。

 子供を送っていった修道女や使いに出だ修道女は、出先でサロン・ド・ヨアンナやセイラカフェの上級戦闘メイドと入れ替わっていった。

 そして今日の午前中でアドルフィーネたち四人のメイドの入れ替わりを最後にテレーズ以外の修道女の入れ替えが終了していた。


 そして入れ替わった本物の修道女はロックフォール侯爵家の聖教会で治癒治療の要請があればすぐに出られるように待機していた。

 戦闘になった時の救護要員として準備していたが、襲撃者の暴挙によって街なかで惨事が発生し今は総出でその治療にかかっている。


 そしてハバリー亭の従業員に扮してカール・ポワトーの動向調査の指揮を取っていたルイスとパブロはそれぞれ二手に分かれて動いていた。


 パブロは露天商のもとに出向いていった従卒の足取りを追っていたが、従卒が帰ったあとに露天商のところにやってきたフードの女に気づいた。

 露天商がその女に何やら報告しているのだ。修道女見習いに扮したフォアの陽動の話からケインが聖堂の東奥の部屋に匿われているらしいとの情報、そして瀕死の状態でこれからジャンヌ様が治療に来るとの話もだ。

 しばらく考えて女はジャンヌ様のところに荷馬車を暴れこませましょうと言って立ち上がった。

 パブロは一瞬セイラ達に警告に走るか女を追うか逡巡したが、すぐにセイラたちへ警告に向かった。


 そして途中で会った配下のフットマンにロックフォール侯爵家の治癒修道女たちの動員の対処を命じ、セイラとジャンヌに合流しに馬車の対応を考えていた矢先に近くの露店街から悲鳴が上がったのだ。

 あの女はジャンヌではなく一般市民を狙って馬車を暴れこませたのだ。ジャンヌがその治療を優先するだろうことを見越して…。


 パブロはいち早く露店街に走り込むと暴れる馬車馬の前足を狙ってローマ秤の分銅を飛ばした。馬には可哀想だが前足を折られては、その場に倒れ込んで嘶きながら止まった。ジャンヌとセイラは即座にけが人たちの確認に走った。

 それと同じくして使いに出していたフットマンがロックフォール侯爵家から治癒修道女たちを連れて現場に到着する。

 そのフットマンにルイスへの伝令を頼むと荷馬車や馬の下敷きになったものはいないか調べに入った。

 住民と手分けしてけが人を集めた頃合いを見てゴルゴンゾーラ公爵邸の聖堂に向かった。


 暗殺者ギルドと接触を持った従卒を追いかけていたルイス達はいち早く襲撃者たちの動向を掴み、聖堂で騒ぎを起こしてそのスキに暗殺者たちが邸内に忍び込む算段であることを突き止めていた。

 ルイスの配下は事前に信徒に扮して聖堂内で待機するとともに暴れこんでくる与太者の鎮圧と監視役の露天商の拘束を担当し、ルイス本人は襲撃者に相対するためと中のメイドたちに警告をするために聖堂に向かっていた。

 そこにパブロの使いからジャンヌを狙った暴れ馬による襲撃が有り、露店街で多くの負傷者が出たことを告げられた。


 もう、いつケインのもとに暗殺者が来てもおかしくはない。事実聖堂の中は数人の暴徒とそれを排除しようとする騎士や一般礼拝者を守る修道女と入れ替わったメイドたちでごった返していた。 

 急いで聖堂の奥に向かうと礼拝室に向かう廊下の向こうからおかしな殺気が漂っている。パブロがローマ秤を構えて扉の前に進むといきなり扉が押し開かれた。

 

 …そして今、いつものようにルイス一人が不貞腐れている。

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