第80話 悪しき芽

【1】

 ハバリー亭がロックフォール侯爵家の息がかかっている事をカール・ポワトーは知らないようだ。

 ファナ・ロックフォールは三階の窓から徒歩でゴルゴンゾーラ公爵邸へ向かうセイラとジャンヌを見下ろしながら思った。


 まあ食材の仕入れや調理についてはロックフォール侯爵家と係わりが有るのは知っているだろうが、ゴッダードでも王都でも客筋は東部やハスラーの商人や貴族が多い。

 特に王都ではその傾向が顕著なのだ。

 教導派の聖職者や貴族連中はサロン・ド・ヨアンナを警戒して使わない。

 それでも評判の南部料理やセイラカフェのレシピは食べてみたい。人の食への欲求は止められない。

 その結果王都では教導派上級貴族や高位聖職者御用達のハバリー亭と反王族で清貧派の集まるサロン・ド・ヨアンナが住み分けを行っているのだ。


 ハバリー亭はゴッダードでもそうだったが王都でも教導派貴族や政商の動向を探る為の格好の店になっている。

 ハバリー亭の店員たちは全員ライトスミス商会やセイラカフェで徒弟修業を受けた者がロックフォール侯爵家の諜報教育を施された上で、資質に応じて配置される。

 料理人の修業をする者はもちろんだがボーイやフットマンはもとよりスチュワード家令までもである。

 そしてここで修行した者は一旦ライトスミス商会に戻って、そこから教導派のやり口を心得たサーヴァントとしてロックフォール侯爵家を中心に主に南部清貧派の貴族家に雇われてゆく。


 だからカール・ポワトーもその従僕たちも到着してからの行動は常に監視下に置かれていた。

 そしてその会話は逐一記録されて、店に入ってからは数人の監視が入れ替わりで就いている。

 私達が店を出た後、カール・ポワトーは二人の従卒に色々と指示を出して使いに走らせていた。

 カール本人はハウザー王国産のシェリー酒を注文し残った従卒に給仕をさせながら、使いに出した者たちの帰りを店で待っていた。

 帰って来た従卒から報告を聞いて何やらニヤついていたが、グラスを飲み干すと従卒を引き連れて店を出て行った。


 二人の従卒が向かった先は裏町の怪しい酒場とゴルゴンゾーラ公爵邸前の聖教会の迎えの雑貨商の露店。

 酒場で接触していたのは覇気の無さそうな小柄で貧相な男。ただし口元は襟巻で隠しており顔は良く判らない。

 ハバリー亭がつけた監視役のフットマンは従卒の口元を読む。

 ”失敗の挽回をしろ。奴は瀕死らしい。聖女ジャンヌが治療に向かっている” と言う様な事を告げている。

 フットマンは襟巻の男の後を追って店を出たが裏町からスラムに向かって歩くその姿に危険を感じ早々に引き上げて来た。良い判断だ。


 もう一人の従卒を付けたボーイは露天商との会話に聞き耳を立てる。

 この露天商は昨日の朝からここに店を出して監視している様だ。昨日の朝、泊まり込んでいた子供たちを修道女たちが送って行った事や、その後の聖教会教室の休校を話している。そして聖堂の修道女見習いの獣人属の娘が ”聖堂の東は端の部屋が立ち入り禁止になって、廊下に騎士が立っている” と話していたことを告げている。


 それらの報告は全て三階に居座るファナに即座に報告される。

 ゴルゴンゾーラ公爵邸の聖教会教室に通う子供たちは昨日から暫定的ではあるがロックフォール侯爵家の聖教会に受け入れている。

 事が落ち着くまでと言う事だが直ぐに片付きそうだ、帰って行くカール・ポワトーを見ながらファナは微笑む。

 何か悪しきことを企んでいるようなカール・ポワトーのようなヤカラは芽のうちに摘み取るに越した事は無い。


【2】

 ゴルゴンゾーラ公爵邸の聖教会は大通りに面した南の壁に張り付くように建てられて、公爵邸の出城としても機能している。

 北側に建てられている使用人長屋と同じよう緊急時には本邸の城壁として機能する作りなのだ。

 そのため聖堂の3/4は邸外に突き出した形になっており、今は一般の清貧派教徒にも開かれた聖堂として使用されている。

 そして東の通路を抜けると公爵邸側の聖堂の1/4の部分、ゴルゴンゾーラ旧王家・公爵家の代々の礼拝堂と執務室に続き、そのまま廊下を通じて本邸内の聖職者の住居に続いている。


 今、執務室に向かう廊下には騎士が交代で警備についている。

 そして執務室や礼拝堂には多くの修道女姿の獣人族の少女たちが足繁く出入りしている。

 テレーズはその修道女たちを見ながらため息をつくと少し疲れた声で告げる。

「それでは皆さん、よろしくお願いいたします。私は一旦邸内に引き上げますが無理はしないでくださいませ」

 そう言うと一礼して廊下を抜けて本邸に向かっていった。

「落ち着いたならぁ、滋養のあるご飯をぉお持ちしますぅ」

 この三日あまり寝ていないテレーズを気遣ってか修道女の一人が声をかける。

 テレーズはそれには答えず黙礼して去っていった。


 そこにハバリー亭のボーイ姿の少年が駆け込んできた。

「大変だ! この先の南の大通りに向かう下町の屋台街にからの荷馬車が突っ込んで怪我人がかなり出たみたいだぜ。お嬢とジャンヌ様がそこに差し掛かる直前に突っ込んだようでよぉ」

「なんですって! まさかジャンヌ様の足止めをするためだけに一般人まで巻き込んで怪我人まで出すなんて!」

「ヤリ過ぎね! 許せない」

「それよりも負傷者の処置は?」

「それはロックフォール侯爵邸の聖教会から治癒術士が向かってるよ。ジャンヌ様とお嬢が救急医療に当たってるから大丈夫だ」


「ならば私達はここで奴らを迎え撃ちます。ソロソロやって来たようですから」

 修道女たちの目が怪しく光る。

 それと同じくして表の聖堂から怒鳴り声が響いた。その声に扉の表で警備していた騎士が走って行く音が聞こえた。

 聖堂での怒号は大きくなり大勢が争う怒鳴り声が響いているが聖堂に居た信徒たちの悲鳴はあまり聞こえない。


 そして姿姿が見つめる扉がゆっくりと押し開かれると、いきなり三人の男たちが躍り込んできた。

 そしてそこに並ぶ修道女たちを見て一瞬ギョッとした表情を浮かべたが、直ぐに落ち着くとダガーを引き抜いて構えた。


 三人とも口元を黒い布で隠しフード付きのマントを羽織っている。そしてそこから見える眼は無感情で何やらギラついている。

「サッサと終わらせるぞ。騎士が来る前に片付けてしまわなけりゃ面倒だからな」リーダーらしい小柄で貧相な男が後ろの二人に声を掛ける。


「おい姉ちゃん、ケインって言う野郎はどこにいる? 右の部屋かそれとも左の部屋か?」

「そんな事、話す訳無いでしょう!」

 細いひょろりとした体型の男の問いに修道女の一人が怒鳴り返す。

「まあ両方見ればいいだけだ。姉ちゃんたち死にたきゃねえだろう。協力しろとは言わねえが大人しくしてろ」

 両手にダガーを構えた男がそう言うと一歩前に進んだ。


「そんな脅しが通じるとでも思っているのかい。本気でそう思っているならオメエら相当おめでたいぜ」

 そう言うとボーイ姿の少年が腰から鉈鎌ビルフクを引き抜いてニヤリと舌なめずりをする。

「坊主! 調子に乗るとケガするぜ! 痛い目見る前に引っ込んどきな」

「うるせー! 何カ月も図書館と平民寮の往復ばかりで退屈してたんだ! 久しぶりに発散させて貰うぜ」

 そう叫ぶと少年は鉈鎌ビルフクを振り上げて踊り込んだ。

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