第79話 種を蒔く

【1】

 カール・ポワトーが指定された面会場所は王都でも名高い『ハバリー亭 王都店』と言う高級レストランだった。

 味も食材も超一流と言う噂通り、ほんの五~六年ほどで王都の口の肥えた貴族たちの舌を虜にしてしまった店だ。


 もともと面会を求められた時はセイラカフェと言う女性や若者に人気の店の予定だったのだが、一昨日の事件が発生したのち急遽場所の変更を申し出られた。

 セイラカフェでは人目が多いと言う理由でサロン・ド・ヨアンナを打診された。

 店の格としては申し分ないが、ゴルゴンゾーラ公爵家の直営と言う事で拒否した。

 好き好んで敵地へ乗り込むつもりは毛頭ない。


 次に打診されたのがこのハバリー亭だった。

 こちらはサロン・ド・ヨアンナよりも古く味も評判も遜色無い。ただ夕食が中心の店での午後のお茶会なのでメニューが少ないのは残念だが。

 まあ相手は新参の子爵令嬢と平民の聖女だ。見栄を張ってこの店を提案してきたのだろうが、それくらいは御馳走してやっても構わない。

 護衛代わりに王都騎士団の学生騎士が着いて来るのは厄介だが、下級貴族や平民の娘の様な貧乏人の味覚などたかが知れている。

 心象良く立ち回れば光と闇の聖属性持ちが手に入るかもしれないのだからこの程度の支出は安いものだ。


 そんな事を考えながら面談の会場になる『ハバリー亭』の貴賓室に赴くと、貴賓室の扉の向こうに二人の少女がテーブルについているのが見えたた。

 その後ろに王都騎士団のレオナルドとウォーレンの二人が立っている。

 その周りで獣人属のメイドが四名お茶会の準備をしていた。


 最近は何処に行っても獣人属のメイドやサーヴァントだ。それもこんな高級店にまでも…。

 連れてきた三人の従僕の一人に耳打ちしてメイドを変えるように店側に告げさせた。すると四人とも二人が連れてきたメイドで、セイラカフェのトップメイドなので粗相をするような事はないと断言されて帰ってきた。

 ああ、そう言う事か。戦闘にも長けているというメイドがいるとアントワネットから聞いてが護衛代わりに動員してきたのだろう。

 教導騎士団も舐められたものだ。たかだかメイド四人と王都騎士団員二人で抑え込めると思っているのだろうか。

 忌々しいが事を荒立てるのもどうかと考えで口を噤む。


 従卒二人をドアの前で警備に付かせ、一人だけ副官を連れて取り繕った笑顔で貴賓室に入る。

 二人が立ち上がりカーテシーで迎えてくれた。行儀作法は出来ているようだ。

 その後ろでレオナルドとウォーレンが騎士の礼として帯剣を右手に持ち替えた。

「この度はご無理を申し上げましたが、お時間を取っていただきありがとうございます。お初にお目にかかります。カンボゾーラ子爵家長女のセイラと申します」

「南部グレン・フォード大聖堂に所属いたしますジャンヌ・スティルトンと申します」

「聖教会の事情には疎いもので、私が無理を申し上げてジャンヌ様にご同行をお願いいたしました。お受け入れ頂けたご厚意に感謝いたします」


 妹のカロリーヌからはカンボゾーラ子爵令嬢はかなりの跳ねっ返りだと聞いていたが、なかなかどうして可愛げのある娘じゃあないか。

 無表情で不愛想な闇の聖女よりはニコニコと微笑んでいるこの令嬢の方が御し易そうだ。そもそもジャンヌとは教義的にも相容れないが、ただの子爵令嬢であるセイラなら伯爵家の権威や枢機卿の政治力で丸め込めるかもしれない。

 何より祖父の枢機卿の治癒の功も有って陞爵したのであろうから最後は力業で決める事も出来そうだ。


「クロエ殿やウィキンズ・ヴァクーラが大事が至らず安堵した。セイラ嬢も従姉が無事で安堵した事であろう。事件も終息し俺の情報も必要なくなったようだが、まあ寛いで歓談しようでは無いか」

 ここは度量の広いところを見せて心象を良くしておこう。

「それでも私のメイドも負傷し、ケイン様は重傷を負われました。クロエお従姉ねえ様もご心痛の様でそれがお労しくて」


 そう言えばジャンヌが公爵邸に呼ばれてケインの治癒治療に当たったと聞いている。多分その時にセイラ・カンボゾーラも同行していたのだろう。

「ウィキンズはクロエ様の仇を討って男を上げたが、ケインは騎士ながら少々無様でしたな。それで今も公爵邸に…」

「いえ、今はそこを…」

「セイラ様、その件は今は」

 何か言いかけたセイラをジャンヌが止める。


「それでケインの容態は? あいつも二年間同じ騎士団寮で暮らした後輩だから死ぬ様な事が有れば辛いのでな」

「ええ、まだ意識も戻らず危険な…」

「セイラ様、今日はその話に来たのではありませんわ」

「でもジャンヌ様、カール様はこうして気にかけて下さっているのに」

「カール様のお手間を取らせるのも無礼ですから手短に必要なお話だけ済ませましょう」


 やはりジャンヌは教導騎士である自分を警戒している。…と言うよりも嫌悪しているのだろう。

 その点このセイラ・カンボゾーラは警戒感が無くどこか抜けた感じがして御しやすそうだ。

「セイラ様、ここはジャンヌ様の顔を立ててご質問にお答えいたしましょう。あなたのお心遣いは俺はよく理解致しておりますよ」

 微笑んでやると俯いてはにかんでいる様だ。


「カール・ポワトー様、お聞きしたい事はマルカム・ライオルらしき男を見かけられたのがいつ頃で、その場所が何処かと言う事なのです」

 ジャンヌが無表情で告げる。

「それはアントワネット・シェブリに話したのだがな」

「あの方が私どもに親切に説明してい下さるような事は致しませんし、何より信用する事も出来ません」

「ジャンヌ様それはちょっと言い過ぎでは」

 ジャンヌが切って捨てる様に言った言葉にはカールも頷くほかない。

 セイラは丸め込まれているのだろうがジャンヌもあの女に煮え湯を飲まされた事が有るのだろう。


 そもそも今回の話もあの女が一枚噛んでいるのだから。

 マルカム・ライオルがクロエとアントワネットに脅迫状を送った事を告げられて協力を依頼された。

 その時にケイン・シェーブルの出自の件を聞かされたカールは、協力の見返りにケインの処分を依頼する事にした。

 ところがあの女は色々と口を挟んで命令口調で指示を出すだけだ。あの高慢で身勝手な顔を思い出すだけで腹立たしい。


「まあジャンヌ殿の言う事も判らぬでもない。あの男を見かけたのは先々月の三十日の午後だ。裏町のフープ亭に入って行くのを見たんだよ。カーニバルマスクを付けてマントを羽織っていたな。声を掛けた訳じゃないがあれはマルカム・ライオルだったな」

「カーニバルマスクを付けていたのに?」

「ああ、同期で予科から六年間一緒だった奴だ。後ろ姿でも見れば分かる」

「そうですよジャンヌ様。お友達ですもの」


 やはりセイラ嬢は御しやすそうだ。

 もちろんマルカムと会ったという証言はアントワネットに請われてでっち上げたものだがカーニヴァルマスクの男がマルカムだと言う既成事実は出来上がっている。

 この証言には破綻は無い…はずだ。

 フープ亭は近衛騎士団に挙げられて手入れを受けた。アントワネットが昔紹介してくれて以来、裏組織との繋ぎに使っていた店だがもう切り捨てなければ仕方ない。

 以前マルカムを使って与太者を集めた事も有ったので、マルカムがそこに出入りしていたのなら不信は感じないだろう。


「フープ亭とはいったいどのようなお店なのでしょうか?」

 セイラが不思議そうに聞いてい来た。

「かつてマルカムが不届き者を雇うのに使っていた酒場だ」

「その様な店が有るのですか?」

「ああ、金を払えば盗みでも脅しでも請け負う者を雇える。場合によっては人殺しさえもな」

「その様な恐ろしい事を!」

「セイラ様、世の中にはその様な者が多くいるのです」


 ジャンヌは度々命を狙われてきた。その件に関してはポワトー伯爵家も係わってきたので知らぬわけではない。

 ライトスミス商会が護衛がつける迄は、あちこちを逃げ回っていたことも聞いている。やはり世間知らずのようなセイラ・カンボゾーラとは危機感も違うのだろう。

 それからはアントワネットと打ち合わせて仕組んだシナリオをマルカムの企みの様に話す。


「マルカムはクロエ殿の誘拐と在学中から怨みの有るウィキンズを殺す事を企んだのだろうな。自分が囮になって二人を誘い出して雇ったならず者に殺させる算段だったのだろう。それが二手に分かれたのでケイン・シェーブルとウィキンズ・ヴァクーラを採り間違えて返り討ちに合ったんだろう」

 まさか本当に取り間違えるとは思わなかったがな。暗殺者アサシンギルドにケインと思われる方に二人も手練れを配していたのだが、薬で眠らせた顔を見るとウィキンズ・ヴァクーラだったのだから。

 その上フープ亭に公爵家の私兵迄乗り込んで来るとは。


「お話は分かりました。セイラ様これでおいとま致しましょう」

「えっ? あっ、そうですわね。これから治癒治療に向かわねばいけませんものね。急がねば容態が…」

「セイラ様! もうそれ以上は!」

「はっ! ごめんなさい。ジャンヌ様}


 …どういうことだ? 容態が悪いとか言っていたが急を要するならジャンヌの足止めをするのも手ではないか?

 暗殺者アサシンギルドの奴らにしくじった仕事の完遂を命じよう。

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