第110話 紡績工場(2)

 【2】

「ゴルゴンゾーラ卿。ヨアンナ様のご要望に沿った聖職者の件ですが、数学の得意な聖導女と修道士をクオーネの聖教会に派遣いたします。そして手伝いと補助の出来る者を三名ライトスミス商会で雇い入れて聖教会に手伝いに出しましょう」

「おお良くやった」

 あれだけ苦労したのに評価はその一言だけかよ。まあ私たちも新しい商売のネタも仕入れたし文句は言うまい。


「それから別件ですが、このサンペドロ州で紡績工場を開設しようかと考えております」

「おいオスカー。なにを簡単にその様な重大な事をサラッと申しておる。冗談ではすまぬぞ。詳しく話せ」

 ゴルゴンゾーラ卿の眼が光る。

「この地に設けるとなると亜麻ではあるまい。…そうか綿花か。うまくやればハスラー聖公国に一泡吹かせられそうだな。しかしそれだけでは俺たちには利益が無い。ゴルゴンゾーラ公爵家にタダ働きをさせる気か?」

「ええ、それにこちらで紡いだ紡糸を例の織機で織物にして売ると言うのは如何でしょうか? アヴァロン州に織物工場を設置するという案を考えているのですが」

「フム、悪くは無い。紡績機も織機もライトスミス木工場の製品で、サンペドロ州に紡績工場、アヴァロン州に織物工場、そしてその間の紡糸の流通はライトスミス商会が一手に担うのか? ハスラー商人の代わりにライトスミス商会がとって代わりそうだ」

 意地の悪い言い方をされたが実際にそう言う事だ。


「別にそのようなつもりで申し上げたのではございません。ただ紡績機も織機もライトスミス木工場が金を賭けて改造した物です。そう簡単にホイホイと売れる物では御座いませんよ。よそに流れないように信用が置ける方にしかお売りいたしません」

「パルミジャーノ州の紡績工場の話は聞き及んでいるし、調べさせても貰ったがリコッタ伯爵がそれほど信用に値するとは思われんのだがな」

「あれは特別です。私どももバカでは御座いません。しっかりと他所に売られないように手は打っておりますよ。ですから織物工場はアヴァロン商事組合が取り仕切って頂きたいと思っています」

「それは我が領地への見返りか。まあ信用しては貰っているのか? それともリコッタ伯爵のようにライトスミス商会がペロリと食らうのか?」

「ペロリと食えるようなお方なら私も父ちゃんもここまで苦労しません。それに新型の織機を融通するのですから、それなりに信用も権力も有る方でないととてもとても」


「ハハハ、お褒めに預かって光栄だ。宰相殿並には信用されておるようだな」

「別に宰相様は信用が置ける人物とは思っておりません。フラミンゴ伯爵家に融通した織機はハスラー聖公国製の物を修理した織機とそれを基に作ったレプリカです。何より信用できるゴルゴンゾーラ公爵家にはさらに改良を加え新しい技術を使った新製品を納品いたします。ライトスイス製の紡績機並みの新技術ですよ。まあ別にご奉仕するわけでは御座いませんからそれなりのものは期待しておりますが」

「その代わりにサンペドロ伯と交渉しろと言う事だな。まあ良いわ。それで向こうに提示するエサは何とする?」

 やはりゴルゴンゾーラ卿は鋭い人だ。父ちゃんの説明でほぼ私たちの意図を把握したようだ。


「先ず紡績工場は借地料を支払います。更に工員は全て周辺住民から採用する事で近隣住民に還元いたしましょう」

「セイラ・ライトスミスよ、借地料はともかく住民の採用は交渉条件にはならんぞ。住民が潤おうが窮しようがここの領主たちは気にも留めんぞ」

 まあ何となく解ってた。仕方がない次のカードだ。


「工場の建設に併せて街道から工場までの道路整備も致しましょう。街道も国境門まで整備致します」

「まだ弱いなあ。その程度で動かんぞ。ここの領主は」

「普通に考えて、工場が立てば村が潤うし街道が整備されれば流通が増えて税収も増えるでしょう。それに工場の建設に関わる作業員もサンペドロ州の住人を雇い入れますよ。十分に交渉材料にはなるはずです」

「まあラスカルの領主ならそうだろうな。でもハウザーは違うんだよ。眼に見える物やインパクトのある物しか反応せん。現金が手に入ると言うのが判り易くて良いんだがな」

「例えば綿花や綿糸を流通させる街道筋に倉庫を立ててそこを集積地に刷れば町が一つ出来上がります。これならばメリットが判るのでは」

 ゴルゴンゾーラ卿は鼻で笑うが、それでも何やら思惑ありげに薄笑いを浮かべた。

「先行投資など考えもせん貴族が牛耳っている国だから難しいぞ。まあ工場を作ると言う事はそう言う事なのだが、ここ迄かみ砕いてやれば理解してもらえるかもしれんな。いっその事工場の経営権を渡して紡績機だけを売ると言うのはどうだ。それならばあとは皆サンペドロ辺境伯家がやるからライトスミス商会は一銭も金を出さずに済むぞ。ライトスミス商会流通から後を担当すると言うのなら奴らも飛びついてくるがな」


 やはり先行きの儲けや先行投資と言う考え方が浸透していないのだろう。特に村の収入が上がって税収が向上するとなると搾取に向かうのがこの国の領主達だ。

「それでも経営権は譲れません。私の目的は農村の識字率向上と数学力の向上でその為の紡績工場でその為の投資で…」

「判っておるおる。カフェもサロンも平民の子供の成り上がる手段の様だな」

「成り上がるって、そう言う訳じゃありません。識字率も数学力も上がれば国力の上昇にも繋がる事で、十年後二十年後の未来に…」

「ああ判った、判った。取り敢えずその条件で交渉してやろう。仕方ない骨を折ってやるか」

 ゴルゴンゾーラ卿は恩着せかましくそう宣う。一々と癇に障るが侮れない男である。


「それともう一件お願したい件が有るのですが…」

 父ちゃんがおずおずと話に割り込んで来る。

「他にもあるのか? どんな金儲けの手段を見つけたんだ」

「いえ…まあ、金儲けと言えば金儲けなんですがね。権利の話なんですがね」

「聖教会の刻印のようなものか? それを俺にどうしろって言うのだ?」


「実は織機と紡績機なんですよ。こいつは聖教会に頼れねえ。しかしその恩恵がねえと直ぐにハスラー商人共に盗まれて持ち逃げされてしまう。その対策したい。そうじゃないと何一つ変える事が出来ない。そう思いませんかゴルゴンゾーラ卿」

 父ちゃんの切り出した言葉に少し驚いたように目を見開いたゴルゴンゾーラ卿は首肯した。


「オスカー。お前ら親子の事だから何か腹案を考えているんだろう。回りくどい事はせずにさっさと話せ」

 ゴルゴンゾーラ卿が仕方なしと言う態で答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る