第109話 紡績工場(1)

【1】

 サンペドロ州の場合は株式組合の設立は無理だろう。

 こちらの貴族や聖教会は未だ信用できない。なにより交渉相手はサンペドロ辺境伯とその一族に限定される。

 バトリー大司祭など論外の相手だ。


 力のある領主貴族相手に投資を願い出れば、あっと言う間にすべて接収されてしまうのがオチだろう。

 その為にはゴルゴンゾーラ卿には交渉の矢面に立って貰ってサンペドロ辺境伯に工場設立の許可を貰わねばならない。

 そしてサンペドロ辺境伯側に提示する条件もさることながら、曲者のゴルゴンゾーラ卿を納得させられる様なうまみを提示しなければならない。


「なあルイーズ。州内を回る前に話しただろう。サンペドロ州に紡績工場を作るメリットの事を」

「はい、馬車の台数や税金が安くなる事、人件費も安く済むことですね」

「ほかにもメリットが有るって言ったのも覚えているよな。今から教えてやる」

「はい覚えています。他のメリットって何なのですか」


「ゴッダードの街に綿花の市が立つのは知っているよなあ。東部やハスラーから沢山の商人が買い付けに来るだろう。でもブリー州の商人は一人もいないんだ。何故だと思う」

「えっ? えっ、なんででしょう? 考えた事なんてなかったです」

「それじゃあ質問を変えよう。もしお前が綿花市に参加出来たらどうする?」


「えっと…ゴッダードの近くに紡績工場を作って、糸を紡いで…。それから織機も沢山作って布にしてゴッダードの街で売ります」

「どうしてだ?」

「そうすればハスラー聖公国産の布よりもずっと安い値段で売って利益を出せるから。…そうハスラーへ綿花を持って行って布を持ってくる輸送費も税金もいらなくなるから安く売れて儲けが出ます…、あれ? じゃあ何で誰も綿花を買わないんだろう?」


「それは買わないんじゃなくて買えないからなのよ。綿花市に参加するには国王の許可が要るの。その許可は東部商人かハスラー商人にしか出ないのよ」

「そんな~。それじゃあ私たちは高い布しか買えないじゃないですか。市で落札した綿花を買う事は出来ないんですか?」


「それでも市の落札額より高い値段になるし、まずあいつら西部や南部では売らないわ。全部ハウザー聖公国に持って帰ってしまうの。糸紬も機織りもハスラー聖公国が独占して買い付けているのよ。東部商人だってハスラー商人の代理買い付けなのよ」


「…あっ! それでハウザー王国で糸を紡ぐんですね。ゴッダードで市に出る前に買い付けるんだ」

「そう。紡糸なら市に出さなくても良いから鑑札もいらない。」

「それで紡いだ糸はラスカル王国で布にするんですね」

「良く気付いたな。その通りだ」

 父ちゃんはルイーズの頭を撫でる。ルイーズも少し自信を持ったようだ。


「やっぱり、布はブリー州で織るんですか?」

「そうしたいけれど、多分無理でしょうね。この交渉にはゴルゴンゾーラ卿に助力をお願いしなければいけないの。だから…」

「ああ、アヴァロン州で布を織るんですね。ブリー州では無理なんですか…?」

「はじめはアヴァロン州から北西部諸州で始めるわ。南部諸州ではライトスミス木工場が織機をたくさん作って売るのよ」


「ああ! ブリー州には旦那様の工場が有るから。そうですね、忘れてました」

「それに糸の運搬も布の販売もライトスミス商会が取り仕切るわよ!」

「おいおい、あまり欲を出すな。お前、グリンダやエマに影響を受けすぎてるんじゃないか」

「…まあ織機は西部諸州や南部諸州でもすこしずつ織機の販売を増やしてゆくつもりだけれど順番ね。南部はライトスミス木工場が工場を持っているし、西部はリネンの紡績場が有るから、順番で北西部という事なのよ」

 綿花の紡績に関しては大筋で考えはまとまっている。


「サンペドロ辺境伯には紡績工場を設置することによる利益の還元を、ゴルゴンゾーラ卿には北西部諸州での織物工場の誘致を働きかけましょう」

「それでライトスミス木工場は紡績機と織機の製造販売で利益を上げる。ライトスミス商会はハウザー王国での紡績工場の経営を仕切れ。綿花の買い付けから紡績、そして織物工場への売渡までだ。織物はシュナイダーの親父を引っ張りこんでゴルゴンゾーラ家とのライトスミス商会の三社の共同出資で株式組合を設立させよう。大筋はこれでゴルゴンゾーラ卿と交渉だ」


 その夜は、ゴルゴンゾーラ卿とエミリーメイド長を交えての交渉に入った。

 まずサロン・ド・ヨアンナのペルージャ支店についてはダルモン市長が非常に乗り気で、市長の私邸の近くに物件を確保してくれるらしい。

 施設自体はダルモン市長に賃料を払う事になるが、経営はアヴァロン商事組合が仕切ることで合意に至った。


 饗される料理については一度ゴッダードに帰って、ハバリー亭とロックフォール侯爵家に相談してみる事にしよう。

 ダルモン市長は屋敷の料理人を出したがったようだが、レシピを伏せる為にゴルゴンゾーラ卿が断ったようだ。

 ハバリー亭かロックフォール家で料理人を派遣して貰うように要請する事になるだろう。


 一番の懸念はメイドの育成だ。

 クオーネでもメリージャでも熟練したメイドが必要になってくる。その上ラスカル王国とハウザー王国の両国の作法を教育されたメイドが必要になるのだからその育成は急務だ。


 ダルモン市長邸に雇われている三名のメイドは定期的にセイラカフェに入って貰ってハウザー貴族の所作や礼儀作法の修行マニュアルを作って貰う。

 彼女たちはクオーネとメリージャのサロン・ド・ヨアンナに振り分けて指導係のメイドとする。

 そして今セイラカフェで修行している見習いの子達は、マニュアルを基にカロラインさんにから優秀な子を選抜してメリージャのサロン・ド・ヨアンナに入れる。

 アドルフィーネはハウザー貴族の礼儀作法を習得しているので、ゴッダードのセイラカフェに戻ってクオーネのサロン・ド・ヨアンナに行くメイドの指導に当たらせる。

 ナデテとナデタの姉妹はメリージャのメイド見習いにラスカル式の作法を教える教官としてカロラインさんと一緒に頑張って貰う。

 これはダルモン市長に無理を言ってでも了承して貰わなければいけない案件だ。

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