第111話 紡績工場(3)

【3】

 父ちゃんは今までの思いを一気にまくし立てた。

「聖教会は刻印は聖教会の工房が製造を独占して契約商会を通じて販売するやり方で、こいつはチョークと黒板、それにアバカスとリバーシについて適用しています。それを少し発展させてアバカスとリバーシは一部委託製造という形でライトスミス木工場が請け負ってる。まあメリージャではヴォルフの工房や細工師が請け負っているらしいが…これは聖教会の事業としてやっている。これで初めに考えた者の権利が守られてる。」

 父ちゃんの話はさらに続く。

「それが守られなけりゃあ考えた者は報われない。これまではセイラがどうにかやってきたがこれ以上はこいつの権利が守れねえ。ましてや紡績機や織機には多額の投資をしてあの構造を作り上げたんだ。セイラのアイディアをうちの職人たちが必死になって形にした。ライトスミス家の知恵と努力の結晶だと思ってる。それを盗まれるのは業腹で仕方がないんですよ」


 特に紡績機は父ちゃんやグレッグ兄さん達が試行錯誤を繰り返して出来上がった物だ。

 グレッグ兄さん達は羊毛への応用も考えており、繊維を櫛で均して梳綿するカード機なども考案している。

 今では改良を重ねてキャリッジの付いたミュール紡績機を作りつつある。


「知的財産権の保護。それがうちで考えた名称です。素案は父ちゃんと作りました。最終的にはラスカル王国での法として施行していただきたいのですが、先ずはアヴァロン州から実施と致したいのです」

「それは了解した。先を続けろ」

 ゴルゴンゾーラ卿は了承してくれそうだ。


 この方は目先に聞く商人目線で物事を考えられる人だ。頭の回転も速く、視野も広い。

 世が世ならこの人は王弟として国を補佐する様な立場にあった人だ。

 公爵様がどう言う人か知らないが、その弟は敵味方の見極めや外交にも長けている。清濁併せ呑む事が出来る有能な内政官でも外交官にでも成れたであろう。


 公爵様は先の政変で皇太子の座を失ったが、国を憂い臣民を無用に混乱させない為に身を引いた。そして南部西部貴族の蜂起を押し留めてその身分も守った事で国民の評判も良い表の顔だ。

 そして裏で資金集めから北部や東部の宮廷貴族、東部商人やハスラー商人果ては聖教会教導派と枢機卿や法皇の追い落とし迄画策しているそうだ。


 そのゴルゴンゾーラ卿の力を借りれるのだ。

「アヴァロン州と条約締結できた州内に限り適用される方で構わないと思います。申請は先に行ったものを優先として決まった登録料を支払うと一定期間権利が保護されること。申請された特許は、申請者に対して一定の料金を支払えば使用で来る事。原則として条約締結がされている地域外での使用・販売は禁止とすること。この三点を骨子と致します」


「解った。詳細はさておくとして、先ずは申請者だ。今あるものを申請しても受け付けんぞ、それは良いな。その上でだが、お前たちのアバカスやリバーシだがこれはどうする」

「出来るならば、聖教会の権利品については認めていただきたく思います。聖教会が管理できるものについてはその権利を優先させて、州外での販売も認めていただくという事で如何でしょうか」

「あとは他州からの申請者についてだな。これは認めても良いだろう。ただし権利の行使は条約締結している諸州にのみ有効とするぞ。そうすれば条約締結地域に新規開発品が集中するからな」


 もうすでに契約のメリットを把握しているうえ、その展開方法も考えている。ゴルゴンゾーラ卿、恐るべしだ。

「そうと決まれば、その話の詳細条件も決めてしまうぞ。明日はサンペドロ辺境伯との商談だ」

 結局はその日は、夜半まで三人で打ち合わせを続ける事になってしまった。


【4】

 翌日朝からサンペドロ辺境伯に使いが午後からの会談の招待状が出された。

 その日の昼前にはダルモン市長を通して回答が来て、ダルモン伯爵邸の別邸にて会談がセッティングされた。


 セイラカフェは臨時休業して店員は全員総がかりだ。メイドも料理人も全員連れて行く。

 厨房では朝から準備にかかっていた。

 定番のフルーツサンドとオープンサンドはもちろん、ブリオッシュやパンケーキそしてホットビスケットやスコーンなどのソーダブレッド、そしてラスカル王国のアップルパイやカスタードパイ。

 サロン・ド・ヨアンナに提供する予定のメニューを今回試作として味わってもらう事にした。


 ライトスミス商会の商会員も事務所に二人の留守番を残して他は連れてきている。

 警護も兼ねてダルモン伯爵家の別邸はセイラカフェの店員全員で目を光らせているのだ。

 ライトスミスのメイドや料理人が戦闘にも長けているなどハウザー王国では知られているまい。


 今日、ここに来るのはサンペドロ辺境伯とその三女のヴェロニクそしてダルモン市長。こちらはゴルゴンゾーラ卿と父ちゃんと私だ。


 サンペドロ辺境伯はこのサンペドロ州を治める辺境伯である。伯爵と言っても侯爵と同じ家格を有する辺境伯だ。

 ハウザー王国では一番の財力と武力を持つ有力貴族である。

 農業国であるハウザー王国の中でもどちらかと言えば非主流派で今の国王とは対立している。

 ハウザー王国自体が有力貴族同士の権力争いに明け暮れている。ただ一つラスカル王国、教導派憎しで結束している。

 そんな国で唯一ラスカル王国との関係を維持しているのがサンペドロ辺境伯だ。

 そしてその三女ヴェロニクは若いが才女で野心家との評価が高い…?

 一部では跡継ぎの兄よりもヴェロニクに婿を取らせて辺境伯を継がせるべきだとの声もあるそうだ。


 そしてダルモン市長。元々サンペドロ辺境伯家の縁戚であるダルモン伯爵家だが、当主のダルモン市長は辺境伯の娘婿である。

 ダルモン市長の妻はサンペドロ辺境伯の長女なのだ。そして今その後ろ盾も有って市長として力を振るっている。


 まあダルモン市長についてはどちらかと言えばこちら寄りの人間だ。

 少なくともサロン開設については出資者の一人で、別邸を提供してメイドの宿舎や身分保障まで了承してくれている。

 今回の会談の場のダルモン伯爵家を通して依頼をしている。

 それでもダルモン市長はサンペドロ辺境伯の配下であり親族なのだ。完全に信用できるわけではない。


 私たちには紡績工場の設立と言う目的がある。そして特許権の取得と言う目的も有るのだ。

 ゴルゴンゾーラ卿は私たちの提示する条件ではまだまだ弱いと言う。

 それをどれだけ魅力的にプレゼンできるか。経営権を手放さずに譲歩できる事が有るのか考えなければ。

 頭の痛いタフな交渉になるんだろうなあ。

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