第112話 ティーパーティー(1)

【1】

 綺麗に刈り込まれた顎ひげを蓄えたネコ耳の武人と言う言葉がふさわしそうな初老の男性がサンペドロ辺境伯であった。

 太い眉と白髪と黒髪が混じり合った頭髪は短く刈り込まれまさに虎を思わせる風貌である。


 その後ろの付き従うヴェロニク令嬢は年のころなら二十歳前後であろうか、眼光が鋭く近寄りがたい雰囲気を醸し出している。

 こちらも金髪に黒髪が混じった頭髪を背に垂らしており、辺境伯以上に虎の雰囲気を思わせる。


 その二人が一人のメイドと二人の護衛を従えて部屋に入って来た途端に部屋の空気が変わった。

 辺境伯はツカツカとソファーに歩み寄ると真ん中にドスンと腰を掛けた。

 その後に続いた入った来たヴェロニクは周りを睥睨すると少し眉をしかめてから辺境伯の隣に座った。

 メイドはその反対側に一歩下がって立って給仕のスタンバイをしている。ソファーの両端のすぐ後ろには護衛が直立で無表情で立ちふさがった。


「コンラッド。今日はお前の招待に応じたやって来たが、いったい何の企みだ」

 サンペドロ辺境伯はテーブルの右手に腰を掛けているダルモン市長に向かって口を開いた。しかしその視線はソファーの向かい側に座るゴルゴンゾーラ卿に向けたままで。

「コンラッドお義兄さま。この無礼な人属の男が客ですの? どなたか存じ上げませんが大層ご立派なお方の様ですね」

「まあ、ご立派ではあるなあ。今日のこの茶会のホストでラスカル王国のゴルゴンゾーラ卿だ」

「公爵家の三男かもしれんが辺境伯本人がこうして出向いておるのだがな」

「今日は内々の茶会で肩書きは関係なしと言う事でお願いしたいのだがね」


 その言葉にいきなり激高したヴェロニクが立ち上がった。

「そんな事は建前だろう! 何より貴族の茶会に平民を伴ってくるなど不遜の極みでは無いのか!」

 ヴェロニクがゴルゴンゾーラ卿の後ろに立つ私たちに指を突きつけて怒鳴る。

「ヴェロニク嬢。先ほども申しあげたが肩書きなしの茶会だ。ライトスミス商会はゴルゴンゾーラ公爵家も一目置く有力商会なんだ。今日のメニューも全て彼らライトスミス商会の提供だ」

「そうかもしれないけれど、こんな小娘を連れて来て何を考えているの」


 何故かその一言で部屋の中の空気が変わった。

 ヴェロニクは一瞬驚いたような表情が走ったが直ぐに視線を戻し私を見据える。

「ヴェロニク、君はセイラカフェの名前を聞いた事は無いか? 君の好きな卵シロップのトーストはこの娘の店の商品なんだよ」

「だから何だと言うの。ただのカフェの店主であろう」

「そんな事を言っていると、足元をすくわれるぞ。侮ると大変な目に遭うぞ。この娘は毒蛇だからな」


 その言葉に更に部屋の空気が険しくなる。

「いったいこのメイド達は何なの? 部屋中に殺気をまき散らしていったい何なの」

「セイラカフェのメイド達だよ。最近あちこちの貴族邸で雇われているメイドだ。ダルモン家でも何人か雇っているがね」


 ヴェロニクはソファーにドスンと座ると私に説明を求めた。

「貴女何なの? いったいこの殺気を振りまいてるメイド達は何なのか意味がわからないわ」

「恐れ入ります。本日は高貴な方が見えられるので護衛も兼ねて当店のメイドを動員致しました」

「だ、か、ら。何故メイドが殺気を振りまいているの」

「当店のメイドは行儀作法と公文書管理、会計事務に加えて近接戦闘技術も鍛錬しております。仕えた主人の身を守る最低限の技量は備えておりますので」


「なぜメイドが接近戦の技量を…。まあ良いわ。このメイドの様子を見る限り全員貴女に仕えているようね。認めましょう」

 そう言うとヴェロニクはお茶を一口飲んでアドルフィーナに言い放った。

「貴女お義兄さまの所に居たメイドよね。雇い主よりその小娘の方が大事なようだけど…。それじゃあ卵シロップのトーストが所望よ。それにおすすめが有ればそれも持ってきてちょうだい」

 アドルフィーナは一礼して厨房に捌けた。


「一番に厄介そうなメイドを追い払ったな。それでヴェロニク、お前と後ろの二人で渡り合ってこのメイド共に勝てるのか?」

「ええ、父上を伴って五人で逃げ出す事は可能でしょう。無傷での制圧は少々難しいかと」

「それでこのメイド共が働くサロンを第一城郭内に開くと言う事で良いのかコンラッド」

 サンペドロ辺境伯はダルモン市長に問う。


「ええ、義父上。こことラスカル王国のクオーネの街に同じ店を設けて、貴族や大商人の社交の場に致します。主に女性達の交流の場として運営致しますが、実際は通商の拠点にと考えております」

「ハウザーとラスカルの両王室の眼をくぐっての社交の場か。こすからい事を考えたものだ。このメイド達なら厳つい護衛を付ける事も要らぬから要人が集っておっても気付かれにくいか」

「それでまたダルモン伯爵家が潤うと言う事ですか。賢しい小細工でこの前もリバーシの利権を聖教会に持って行かれたではないですか」

「ヴェロニク、教えてやろう。あれはお前の言うその小娘が仕組んだ大司祭に対する罠だ。大司祭が扱う6×6盤は後手必勝だそうだ。実力が伯仲しておれば後手がほぼ勝てる。そのうち仕掛けが知れて売れなくなる」


「それで、今回はサロン以外でもご提案が有ってまかり越しました。そのリバーシなのですが、今は8×8盤は大司祭様の利権になっておりません。大司祭様が気付く前に身動きが出来ぬように抑える方法を考えてまいりました」

 サンペドロ辺境伯は興味をそそられたようで話の続きを促す。

「今聖教会が付与している刻印に加えて私どもに特許権を付与していただきたいのです。そうなれば私どもが関わっている聖教会工房以外での製造に対して停止命令を出す事が出来ます。大司祭が工房以外の息の掛かった店舗に製造させて利権を得る事を止める事が出来ます」


「それで其方らの利権が増えて潤うという事であろう。われらに何の利益が有る? 労多くして功少なしという言葉を知らんか? わずかな登録料の為に取り締まりを強めなければならん。益など感じんな」

「しかし、ラスカル王国での加盟州との交易を独占できます」

「リバーシ盤にアバカスにチョーク? 嵩の知れた物などどうでもよいわ」

「…グッ」

 やはり一筋縄では行かない。

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