第113話 ティーパーティー(2)

「待ってくれ…ください。この特許には今後の展望も有ります。俺の木工工場で作っている新型の紡績機の技術だ。この権利を認めていただけるのなら、そいつをサンペドロ州に設置しようと思うんだ…です」

「ああそれならば、ラスカル王国の西部でも設置されて大きな利益を上げている。我がアヴァロン州でも導入を考えている設備だ。損は無い」

 ゴルゴンゾーラ卿が父ちゃんに助け舟を出す。

「良い。ならば先を続けよ」


「話が大きくなります。今ハウザー王国で採れた綿花は全てゴッダードの綿花市に出されてる。それを入札出来るのはハスラー聖公国の商人とその息のかかった東部の代理商人だけだ。奴らはその利権で綿花を買い叩いてハスラー聖公国内で布にしてラスカル王国やハウザー王国に高値で売りつけている。だからその利権を取り上げる」

「フム、面白い。それでなんとする?」


「まずはサンペドロ州に紡績工場を建てる認可を頂きたい。そこで綿花を糸にしてラスカル王国の国境を通す。こいつは市に出す必要がねえ。そしてラスカル国内で特許を取った織機で綿布にしてサンペドロ州に輸出する。その紡績機は特許品だからサンペドロ州以外には設置できない。それに綿花の紡績はラスカル王国内でもできない。サンペドロ州の独占事業だ」

「まあ州内の税収は上がるだろう。綿布の価格も安くなる。そして工場を持つライトスミス商会は大儲けという事だな。それで我が家に入る利益は如何ほどだ。綿花が綿糸に替われば国境での税収は下がるぞ。工場の借地料で相殺できるのか? そんなに多く金は出せまい」


 ゴルゴンゾーラ卿が言っていたようにあの案では足りない。

 話しの成り行きを見越していたようにゴルゴンゾーラ卿は優雅にコーヒーを飲みながらハムを挟んだデニッシュを頰張っている。

「少し落ち着け、オスカー。いろいろと詳細をつめれば利益も上げられる。サンペドロ伯ももう少し細部の検討をお願いしたいですな。いろいろと利益も見えて来るでしょう」

「私は詳しくは判らないが、その小娘の商会が儲かる事だけは理解できるのだがな。小狡い商人など当てに出来んと思いますぞ、父上」


 そんなヴェロニクの前にアドルフィーネがトレイを持ってやってくる。

「焼きたての卵シロップトーストとホットケーキで御座います。お好みで生クリームでも蜂蜜でもフルーツソースでもおかけいたします」

「なら卵シロップトーストは生クリームをこのホットケーキとか言うのは何が合う?」

「甘い物がお好みなら蜂蜜をそうでなければバターも合います。それに生クリームのフルーツソース掛けなどもトッピングすればおいしゅうございます」

「ならば蜂蜜に生クリームとオレンジソースのトッピングだ」

 嬉しそうにホットケーキに齧り付くヴェロニクに苛立たしさを覚えながら私は話を切り出す。


「それならば…、工場の周辺の街道整備も実施いたしましょう。周辺の村々や中央街道を工場と繋げれば周りの村との物流も活発になり税収も上がるはずです」

「そんな農民が潤おうが窮しようがどうでも良いわ。我が家にたいして益があるとは思えないわね。このホットケーキのお代りを持ってきなさい」

 この先貿易商の行き来は確実に増える。長期的に考えて街道が整備されれば潤う村は多い。

 州内の経済は活性化して税収も大きく向上する。なぜそれがわからなんだこの女は。


「そもそも綿花をサンペドロ州内で買い取っても儲けるのは南部の農園主たちじゃあないか。我が家とは関係ない。バカバカしい」

 大局が見えないバカ女め。馬車は空荷では帰らないんだよ。落として行く金が有るんだ。

「ヴェロニク、商人はこの州に長期間立ち寄れば宿泊や飲食もする。そこで取引もする。この州が潤うのは確実だぞ」

 ダルモン市長が言葉を添える。

「そうですぞ。ヴェロニク嬢、その取引でラスカルからも商人は来る。商品をたっぷり積んでな。この街の商取引も活発になる」

「それでラスカル商人が潤うのだな。ペルージャで取引が有れば、お義兄さまの懐にも良い話かもしれないがサンペドロ辺境伯家に入るものは微々たるものであろう。それからこのデニッシュとか言うのにもクリームと蜂蜜を乗せろ」


 この女は一々話の腰を折って否定的な事しか言わないなあ。食べるか喋るかどちらかにしろよ、この強欲女どうしてくれよう。

「農民が収入を得る手段が増えるのです。農家の暮らしも少しは豊かになるのです」

「農村が豊かになったところで何がどう成ると言うものでもないわ。それよりも直轄領の農村から人手が取られて収穫が落ちればなんとするのだ!」

「その様な事には致しません! 農家から弾かれるような子供たちが出ないようにその受け皿をと考えて…」

「詭弁だな。結局は其方の商会の利益を求めておるのであろう。金儲けの言い訳だな」

「それが何が悪いと仰るのですか、農村の収入アップとともに我が商会も儲かる。良いじゃありませんか。お互いウィンウィンで。なにも慈善業でやってる訳じゃありませんよ。どこかの聖職者のようにわずかな施しを与えてその何倍も搾り取るような事はしませんよ。どこかの大貴族様のように農村から搾り取るだけで威張っているヤカラとは意味が違う」


「貴様! 我がサンペドロ辺境伯家を愚弄するのか。私たちがむしり取るだけのヤカラだと申すのか! 南部からの脱走農奴を保護して土地を与え南部の貴族や農場主から守っておるのは誰だと思っている」

「それがどうしたと言うのです。そのお陰で農地の開墾が進み収穫も上がって税収も増えた。その恩恵に与っているのは貴女では無いですか。慈悲や慈愛を口にしても私たちと同じウィンウィンの関係を農家と作っているだけでは無いですか」


「馬鹿にするな! 私はお前たち下賤な商人とは違う。貴族としての矜持を持って事を成している。その心根はお前たちとは違うのだ!」

「フン、そのような事は聖者のように全てを打ち捨てて襤褸を纏って麦粥を啜っている者が言う事でしょう。綺麗ごとを並べる前に農村の生活と自分を比較してから仰るべきです。私ども下賤な商人にも矜持は御座います。少なくとも貴女よりは多くの人々に明日生きる糧を与えてきた自負は御座います。貴族様の様に無意味な見栄を張る必要も御座いませんからずっと質素に暮らしております。その分農民に近い暮らしをする事が出来ております」

「この小娘風情が!」


「止めよ! ヴェロニク! お前はもう黙っておれ!」

「もういいセイラ! それ以上はやめろ!」

 父ちゃんとサンペドロ辺境伯はほぼ同時に止めに入ってきた。

「オスカー。お前の娘は本当に大したものだな。大貴族を四人も並べてよく臆せずにものを言える。このまま市井に置いておくのは本当に惜しいぞ。お前が表舞台に出したがらない理由が良く分かる」

「セイラと申したか。その胆力は感服したぞ。このヴェロニク相手に一歩も引かんのだからな」

「しかし父上。この者の無礼は…」

「止めよと申したぞ。この娘の申す事も筋が通っておる。わしらも聖者では無いし農村の収穫の上に今の生活が成り立っておるのも事実だ」


「サンペドロ辺境伯様。私は何もサンペドロ家を愚弄するつもりは御座いません。与えれば見返りは必要と考えております。搾り取るだけでは民は救われず枯れ果ててしまいますが、与えるだけでは民は腐ります。私は農奴から搾り取るだけの貴族が許せないだけで、何もサンペドロ家に含みがある訳では決してございません」

「相分かった。其方の申す事はもっともだ。少なくとも本音を隠してゴマをするヤカラよりは信用できる。其方らの提案は前向きに検討しよう。しかし南部の貴族共に利益を渡すのは少々業腹だな」


「それなら俺から提案が有るのですがな、辺境伯殿」

 ゴルゴンゾーラ卿が話に割って入った。

「オスカーにもセイラにもまだ相談しておらんのだがこの場で検討して貰おう」


 ウカツだった。

 ゴルゴンゾーラ卿はこれを隠し玉にして止めを刺すつもりだったのだろう。

 私も工場誘致や特許権にばかり気を取られていて気付かなかった。

「こいつは面白いな。うまく行けば町がもう一つできるかも知れんな」

 ダルモン市長が賛同する。

「ゴッダードでのノウハウは俺が良く知っている。これならいける」

「よし。この案を含めて全て了承してやろう。細部を詰めてワシの元へ持ってこい。全部飲んでやる。ヴェロニク! お前もそれで了解するのだぞ」


 ヴェロニクは少し不貞腐れた表情でサンペドロ伯を見上げると私に向かって言い放った。

「おい其の方! 料理が出来るメイドを一人寄越せ。雇ってやる」

「すみませんが、本日のレシピの大半は非公開で御座います」

「一々癇に障るやつだなあ。なになら公開できるのだ」

「この街のセイラカフェの定番メニュー、卵シロップのトーストと生クリームのファナセイラなら…」

「焼きたてが食いたい。それで手を打つから一人連れてこい」

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