第36話 夢の後(1)

【1】

 すべては私の知らないうちに始まり、私の知らないうちに終わっていた。所詮はたかだか十一歳の子供のできる事だ。

 この二年間自分ではうまくやって来たとのぼせ上っていたのだ。二年間両手で掬い上げた砂は私の指の隙間を縫って全て零れ落ちていた。

 そんな気分だった。


 その日はまず、ダンカンさんとグレッグ兄さんから居間で報告を受けた。

 パウロは無事で、ウィキンズもポールもピエールも無事に帰って来た事。

 ジャックが別のルートから真相にたどり着いて合流した事。

 そしてブラドだと名乗っていた男はカレブと言う冒険者崩れで、本物のブラドは練兵場の食堂の調理番をしていた男だった事。


 大まかな真相はエドが推察した通りで間違い無く、後は騎士団と衛士隊にすべてを委ねた事。

 そして結局その日、私は他のみんなと会う事は無く、エマ姉やエドも他の子供たちとチョーク工房で夕食を取る事に成り、その後は全員解散となったらしい。


 翌日は朝食の後、お母様から法律の講義を受けた。

 アンやグリンダの話では昨日の夜遅くにドミニク聖導女様が見えられて父ちゃんとお母様に何か話していったようだ。

 今日の午後にまたうちに来るらしい。


 昼食の後に部屋で待っているとグリンダがわたしを呼びに来た。ドミニク聖導女様が見えられたようで私も呼ばれているらしい。

 多分事件の経過報告なのだろうが、昨日ダンカンさんから大まかのことは聞いている。

 バルザック商会の不正告発も一気に進むだろうから、今後の聖教会への対応を説明に来てくれたものと思っていた。


 応接室に入ると父ちゃんとお母様はすでにソファーに腰を下ろしており、向かいのソファーにはドミニク聖導女様が聖導師らしき細身の男性と並んで腰を下ろしていた。

 私はシスタードミニクに促されて父ちゃんとお母様の間に座らされた。


「セイラ様、初めにご紹介いたします。こちらは聖教会の大司祭様付き聖導師をなされておられるヘッケル聖導師で御座います」

「ヘッケルと申します。以後お見知りおきをお願い申し上げます」

 そう言うとヘッケル聖導師は私に深々と頭を下げた。


 両親では無く私に頭を下げられたことに困惑しつつも挨拶を返す。

「お初にお目にかかります。こちらこそ宜しくお願い致します。ご挨拶頂いたという事はこちらの教区に御着任成されるのですね」

「噂通り利発なお嬢様だ。その通りで御座います。このドミニク聖導女に変わりわたくしがしばらくはこの教区の選任聖導師を務めさせていただく事に成りました」


 私は驚いてシスタードミニクの顔を見る。

「御安心なさいませ、セイラ様。すべては片付きました。教区からは教導派は一掃され、前の聖女様の兄上でいらっしゃるボードレール大司祭猊下がこの教区のすべてを取り仕切る事に成ります。わたくしは前の聖女様の御子様でいらっしゃるジャンヌ・スティルトン様にお仕えするために大司祭猊下付きの聖導女としてボードレール伯爵領教区へ赴任致します」


  …今なんって言った?!

 ジャンヌ・スティルトンだって!

 それって、『ラスプリ』の三人の悪役令嬢の一人、闇の聖女様じゃない。

「今回のセイラ様のご活躍はボードレール大司祭猊下にも御報告申し上げたところ殊の外お喜びで御座いました」

 大司祭って前の聖女のお兄様と言ったよね。

 じゃあジャンヌの伯父じゃないの。

 なんて事だ、私(俺)は結構な深みに足を踏み入れてるんじゃないかなあ。

 さらに続く私(俺)への感謝と誉め言葉を不安な気持ちで聞いていた。


「お待ちください。それはお父様とお母様に助けて頂いた結果。なによりシスタードミニクが周到に動かれたからの結果ではありませんか。私は只の商家の小娘です。両親のそばを離れては何の力も持ちません。幸い両親に恵まれて聖教会や他家で学ばなくとも、師と出来る親を持ちました。だからここからは…」

 父ちゃんとお母様の手を両手で握りしめる。

 聖教会に取り込まれるのはまっぴらだ。

 このままでは破滅へ一直線になりかねない。


「ご安心なされよ。セイラ様。わたくしども聖教会もあなたが思われておられるような意図はございません。今日は事件の経過をあなたにご報告に上がっただけで御座います」

 両親も不安だったのだろう、握り返された両手の力がヘッケル聖導師の言葉を聞いて少し緩む。


「わたくしはセイラ様が成年の儀を経ても市井に残りそのお力を使われることの方が世の為にも聖教会の為にも良いと思っております。それはあなたのご両親ともお約束いたしました。できるならわたくし共の力になっていただければ幸いとは存じますが」

 ドミニク聖導女は深く頭を下げる。


「さあ、それでは事件の経過をご説明いたしましょう。なにぶん事が事ですのでお教えできることは限られておるのですが…」

 そこからヘッケル聖導師の説明が始まった。


 事件の展開はダンカンさんから聞いた通りだが、ジャックのお母さんが闇の聖女に関係していた事は驚きだった。

 エドの推測が当りだったとは言え、そこから一挙に司祭長を含めた関係者全員の捕縛とは手際が良すぎる。


 たまたま居合わせた大司祭って、そんな訳無いだろうと突っ込みたくなる。

 ヘッケル聖導師・ジャックのお母さん・そしてバルザック商会を嗅ぎまわっていたアルビドと言う冒険者、すべて大司祭の手駒だったに違いないのだ。

 ドミニク聖導女と大司祭の画策で、数日中には片が付く事だったのだろう。

 ウィキンズ達の動きがそれを少し早めたという事か。


「本当にご迷惑をおかけいたしました。私の勝手な行動が皆を危険にさらした上、シスターの計画を狂わせたかと思うと情けなくてたまりません。私は本当に小賢しいだけの愚か者で御座いました。申し訳ございません。」

 私は深々と頭を垂れる。

 これは私の本当の気持ちだ。


 組織など一人で動かせるものではない。

 多数の人間が居てこそ円滑に動くのだ。

 いつの間にか目の前の子供たちの動きを、さも自身の成果のように錯覚し自分の属する社会組織を見失ったいた。


「いったい何をどう聞けばそのような結論に至るのです。セイラ様あなたの行動が全てを動かしてこうして実を結んだのですよ。謙虚な事は大切ですが、誇る時は誇れば良いのです」

 ヘッケル聖導師は狼狽したように私に言った。


「はい、ただジャックのお母さんの事に関しては本当に良かったと思います。あの子はジャクリーンさんが姿を消した真相が分からないせいで少し自棄になっていましたから。無鉄砲で喧嘩早いのもジャクリーンさんのへの思慕の裏返しだと思います。ジャクリーンさんはこれからどうするんですか?」


「ジャクリーンはアルビドと一緒にこの街の聖教会付きの冒険者として手伝って貰いますよ。わたくしヘッケルとアルビド、亡くなったジャックの父のディエゴとジャクリーンみんな前の聖女様のために働いた冒険者パーティーだったのですよ。わたくしも治癒魔法のできる魔導士として働いておりました」


「それならばこれからは聖教会で治癒魔法治療や魔道の教育指導などもしていただけるのでしょうか」

「セイラ。お前まさか、」

「違うよ。私じゃない。街の子供たちの事だよ。魔道指導を受ければ少しでも良い仕事に付ける子も出てくる。売られる子も少しは減ると思うから」


「これは、ドミニク聖導女の申された通りのお嬢様の様ですな。市井で生きる良い心がけです」

「それで、ご相談したいことが御座います。まずは両親と相談してからの事となりますのでできれば数日後にお時間をいただけないでしょうか」


「おい、セイラ。また何か企んでいるのか」

「父ちゃん、人聞きの悪い事を言わないで。この後相談するけどどうすればいいか考えてる事が有るんだ」

「わかりました。また後日ご連絡をいただければ参じますので今日は失礼いたします」

 こうしてドミニク聖導女とヘッケル聖導師は帰って行った。

 そしてこの後更に私は打ちのめされることになる。

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