第37話 夢の後(2)
【2】
聖導師との面談の後お母様の許可をもらったので私は久しぶりにチョーク工房へ戻った。
いつものように小さい子供たちに文字と算数を教える。
計算に慣れた子にはアバカスの使い方も教える。
タブレット式のアバカスは使いにくい。
父ちゃんに相談して和風の四珠算盤を作ってもらおうかな。
そんな事を考えていると次々にマヨネーズ売りの子供たちが帰ってきた。その中にはウィキンズも裏通り組の三人もいた。
まずは四人を労う。
「昨日はみんなありがとう。大変だったってダンカンさんから聞いたよ。危険な目に遭わせてごめんなさい」
それにこたえる様にみんなは口々に昨日の経過報告を始めた。経過と言うよりも実際は自慢話だ。
それでもみんなよく頑張ったと思う。
それぞれ別に集めてきた情報を互いに連携を取ってまとめ上げ、無謀な動きもせずに大人たちを動かして。
正直私が居ないと動かないと高を括っていた。
私は自惚れていたのだ。
その間に彼らはずっと先の道を自分たちで歩き始めていた。
「ジャック、良かったね。お母さんと会えて」
「よしてくれ。アルビドのおっさんにもエリン隊長にも言われたけど、母ちゃんは無鉄砲で考え無しだって。もっと死んだ父ちゃんみたいに立派な人間になれって」
ジャックは忌々しそうにそれでも誇らしげにそう言った。
今まであいつとかあの女と言っていたジャクリーンさんの事を母ちゃんと呼ぶように変わっていた。
「それで、これからはジャクリーンさんと暮らすんだろう」
「ああ、母ちゃんが偉そうに聖年式を終えたら冒険者として仕込んでやるってよ。無鉄砲で考え無しの分際でよう」
そうかジャックは進路が決まったんだ。
「なあ、お嬢。この後話したいことが有るんだ。あとで少し時間を貰えるか」
ウィキンズが改まって告げてきた。
「それなら俺も頼みたいことが有る」
ピエールも相談事が有るようだ。
「うん、良いよ。なんなら晩御飯も食べていくかい」
「えっ、ウィキンズとピエールだけかよ。ずるいぞ」
ポールが言う。
「ピエールもポールもジャックも一緒で良いよ。お母様にお願いするから。昨日のお礼だよ」
「俺はいいや、母ちゃんが待ってるから」
ジャックが少し照れ臭そうに言った。
「じゃあジャックはリタおばさんに何か作ってもらうから持って帰りなよ」
「おう、じゃあそうさせてもらうぜ」
お母様がリタおばさんに言って、今日はチョーク工房に食事を用意してくれた。
ジャックはニシンとチキンの南蛮漬けを持って先に帰った。
ウィキンズとピエールとポールで夕食を取る。
「ちょっと言いにくい話なんだけれどウチの母ちゃんの事なんだ」
ピエールが話始めた。
「アルビドって言う冒険者のおっさん聖教会の関係者なんだってなあ。どうもウチの母ちゃんと何かあるみたいでね。結構会ってるみたいだし、一昨日はどうも朝まで一緒に居たみたいなんだ」
割と露骨な話に私は目を剥いた。
「バカ! お前お嬢になんて話聞かせるんだ」
ウィキンズが怒鳴りつける。
「良いよ。そんなに気を使わなくても。どういう事かくらいわかってるよ」
まあ私も中身は四十を過ぎたおっさんだからねえ。
「ああ、ウチも父ちゃんが死んでずいぶん経つし、母ちゃんもあんな仕事で性格もあんなだから浮いた話が無かったわけじゃないんだ。俺も聖年式がもうすぐで手が離れる事もあるんだろうけどね。アルビドって人がどんな人か知りたくてさ」
「ジャックの母さんのジャクリーンさんは昔の仲間だったそうだし、これからは一緒に仕事をするようだからジャックを通して情報は貰えないのか」
ウィキンズが少し考えて提案する。
「それも考えてるけどあいつに詳しく話すのもちょっとなあ。口が軽いしバカだから直接聞きに行きそうでよう」
「違いない。ぜってえあいつの事だから本人に聞きに行くぜ」
ポールが言いきる。
「今度、聖教会の聖導師様と会う事に成っているからそれとなく聞いてみるよ。なんでも今度の聖導師様はアルビドさんと昔冒険者パーティーを組んでいたそうだから」
「すまねえな、お嬢。頼むよ。」
そんな話をしつつ夕食を済ますとポールとピエールは帰って行った。
「それでウィキンズ。話ってなあに」
「うん、出来れば旦那様と奥様にも話したいんだ」
改まって言うウィキンズに戸惑いながらも私は返事をする。
「わかった。話してくる」
父ちゃんとお母様にウィキンズから話がある事を告げるとすぐ来るように言われた。
私はウィキンズを連れて二階の居間に向かう。
テーブルを囲んで四人が椅子に座る。
アンが四人分のお茶を入れて部屋を出て行ったのを見てウィキンズがおもむろに口を開いた。
「実は、俺の進路の事なんだ」
「改まってそう言う所を見ると鍛冶屋を継ぐつもりはないようだな。ウィキンズなら頭も回るし礼儀も商才も問題ない。人を使う事も使われる事にも長けている。うちの工房でも良いしゴーダー子爵家に口をきいても良い。行きたい商家が有るならそこに紹介状を書いても良いぞ」
父ちゃんが言う。
「有り難いお話ですがもう決めてきました」
「えっ!」
私は寝耳に水のその言葉に驚いて声を上げる。
「騎士団に入団します。来週から騎士団のボウマン正騎士長の従者としてつく事に成りました。本当はもう今日から従者になるようにエリン隊長から言われたんですが、こちらに報告も無く、お嬢に不義理な事は出来ないので来週まで延ばしてもらいました」
「まあ、エリン隊長に直々にですの。エリン隊長は王都の近衛騎士団でも名を馳せたお方です。近衛団長と折り合いが悪くこちらに来られましたが一本気で清廉な騎士様です。こう申しては何ですがにわかには信じがたい事ですわ」
「はい。自分でも何を気に入られたのか分かりませんが、昨日いきなり今日からボウマンさんの従者になるようにと。これから毎日鍛えてやると言われました」
「待って。ちょっと待って。ウィキンズはそれでいいの? 騎士だよ。衛士じゃなくて騎士だよ。戦争になれば一番先に駆り出されるんだよ。ましてこの街はハウザー王国との国境に有るんだよ。ハウザー王国と戦争になれば最前線なんだよ」
『ラスプリ』後半の最大イベントがハウザー王国との戦争である事を私(俺)は知っている。救貧院を守る教導騎士団とハウザー王国の福音騎士団の小競り合いから戦闘に発展し、ゴッダードの街が巻き込まれるのだ。
主人公たちの活躍で全面戦争は回避されるがこの街の騎士団は街を守って壊滅する。
この街の騎士団は本当に危険なのだ。
「お嬢がこの街に居るならそれは覚悟の上だ。以前からこの街のみんなを守る仕事をしたかった。だからこの話は大歓迎さ」
「いやだよ。そんなの。私の為に誰かが死ぬ必要なんてないんだ。私だけじゃない、誰の為でも人が死ぬなんて絶対嫌だ」
「それでも避けられないときは有るんだよ。それならば少しでも生き残れるように鍛えておくさ」
「それでも……」
「セイラ、もう止めておけ。男が決めたんだ。そう簡単にやめる事なんてできるかよ。俺だってお前やレイラの為なら惜しむものなんて一つもない。判ってやれ」
判っているさ。
その覚悟も、その辛さもどちらも知っている。
覚悟が有っても残して行かなければならない人が居る時の辛さは耐え難いものなのだ。
惜しむものは無くても辛いのは辛いんだ。
涙を流す私にオロオロしているウィキンズを父ちゃんが送り出した。
お母様は私の肩を抱いて優しく言う。
「わたくしもあなたの気持ちは良く解りますわ。お父様が今仰った様な事を本当にしようとしたら許せませんもの。男の方は置いて行かれるものの気持ちも少しは理解するべきですわ」
お母様は少し怒った声でそう言った。
「お母様。私はそうならない為にこれから精一杯努力します」
「ええ、そうなさい。それが一番の解決方法だとわたくしも思いますわ」
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