第38話 夢の後(3)
【3】
翌日は朝一番に両親に時間を取ってもらった。
応接室で三人だけで話がしたいと告げた。
父ちゃんもお母様も私が今回の一連の事件で何か思いが有る事は察している様で、ある程度覚悟を決めた面持ちで私の向かいに座っている。
「初めに一つお願いがあるの。ミカエラさんの事だよ」
「まあ、察しは付くわなあ。会計士としてはそこそこの実力は有りそうだからうちで雇っても良いし紹介状を書いても良い。まあ今回の件で商工会からもいくらかの報奨金も出るよう申請しておくし、借金についてはレイラの精査の結果完済済みで余剰利息分の払い戻しも申請できるだろう。但しバルザック商会の資産が差し押さえられている上に罰金を持って行かれるだろうからあまり期待はできないがな」
「バルザック商会は業務停止になるでしょうね。経営がブラドに変わってから喜捨の横流しと生ごみ回収以外に利益を上げていないので特に困る者はいないと思いますが。それにミカエラさんの処遇なら聖教会でもご支援いただけるでしょう」
「あとは、チョーク工房の今後の事だな。何か考えが有るのか」
「うん、工房ごと聖教会に売ろうと思う」
「随分思い切りが良いなあ。売値は何にするんだ。さすがに聖教会から現金を取る事は出来ないぞ」
「今の子供たちの引き続きの雇い入れと基礎教育の実施。十歳未満の子供を雇い入れて読み書きと四則演算の教育をしてもらう事が引き渡しの条件」
「十歳以上の子供はどうする」
「四則演算が出来て読み書きの力が有ればマヨネーズ売りでも他のしごとでもする事は出来る。望めば十二迄学べば良い。あとはその子たちの実力次第だよ」
「お前の大事な仲間たちはどうする。ポールの弟達やエマ達はどうするんだ」
「マヨネーズ売りの利益管理はこのまま代行するからエマ姉とエドは引き続き残ってもらう。希望する子が居れば会計計算や公文書の読み書きくらいは私が今まで通り教える」
「お前らしくないえらく消極的なやり方だなあ」
「昨日気付いた。ウィキンズや裏通り組の子達が居たからやってこれた。でもあの四人も聖年式だよ。工房も大きくなり過ぎた。小さい子を指導するのも仕事を教えるのも無理だよ。明日の命がかかってるミカエラさんの家のミゲルやマイケルみたいな子供に金儲け以外の余計な仕事を押し付ける訳にも行かない」
「それで、セイラはこれからどうするつもりなのですか」
お母様の問いかけに答える。
「木工所の経営と管理を教えてください。お母様」
「足りねえな。全く足りねえ」
「ええ、そうですねえ。それだけでは全く足りません。せめてチョークの売り上げの減収分半分でも補填を考えてもらわないと」
さすがに商家の嫁で優秀な会計士で経理士だ。
「その件に関しては聖教会に提案したいことが有って……」
それから二日のち、我が家にヘッケル聖導師とドミニク聖導女が訪れた。
チョーク工房の件についてである。
初めにお願いしたことは子供たちの教育のお願いだ。
前回ヘッケル聖導師の確約は取っているのでこれはすんなりと通った。
平日は希望する十歳未満の子供に毎日鐘一つ分の時間を無料で教育に充ててもらえる。
私の作った読み書きと四則演算のテキストを提供するとヘッケル聖導師はとても驚いて、そのまま聖教会の教室で使用すると申し出てくれた。
父ちゃんはお礼として大型の黒板を一枚と子供用の小型黒板を五十枚喜捨すると申し出た。
さあここからが本番である。
まずチョークの製造技術について喜捨するつもりが有る事を告げる。
但し条件が有ると。
製造については今のチョーク工房と同条件で卵の殻の回収とそれに合わせた報酬を約束して十歳未満の子供たちを雇い入れてもらう事。
その子供たちに聖教会での教育を受けさせる事。
ここまでは簡単に了承してもらえた。
さて次が本命である。
「製造権を聖教会の物としてそれ以外での製造を禁止して欲しいのです」
ヘッケル聖導師は驚いた顔で答える。
「聖教会としては歓迎いたしますが、セイラ様はそれでよろしいのでしょうか?」
「そうすればこれからもずっと貧しい子供たちの仕事としていくばくかの糧になり続けるでしょう」
「おお、それは慈悲深いお考えです」
「そしてもう一点。聖教会で製品の売買をするわけにはまいりませんでしょう。チョークと黒板の販売権をライトスミス木工所のみに認めて貰いたいのです。その代わりチョークの引き取り価格と販売価格は今の販売価格を上限として、今後は聖教会の意向に沿って話し合いで決定いたしましょう」
「アハハハ、ドミニク聖導女の申されたことが良く理解できました。宜しい。それも了解いたしましょう。それでは奥様、早速契約の書類をご用意願えないでしょうか。もう準備はされていらっしゃるのでしょう。今なれば大司祭猊下の了承が頂けます。そうなれば簡単に覆すことは不可能。もう準備はされておられるのでしょう」
「はい、ここに準備しております」
お母様が書類とインク壺と羽ペンを差し出す。
「取り敢えずは私のサインでこの街での権利は確約されます。同じものをご用意いただければ直ぐにでも大司祭猊下のサインを頂きこの教区とボードレール伯爵領の教区での権利も得られます。そうなれば二つの教区でチョーク工房と聖教会教室を普及する事が出来まする」
計画以上の大成果だ。
私はさらにダメ押しの一言を口にする。
「聖導師様。サインを頂けたので申し上げます。チョークの原料は卵の殻だと皆様思っておられるようですがそれだけでは今の量を生産することは不可能なのです」
「それはいったいどういう事で御座いましょうか」
「卵の殻に他の物を嵩増しして作っております」
「それがチョーク工房の本当の秘密と言う事ですな」
「はい、大した物ではござませんが貝灰です。ただこれは粉にする為には力が要るので小さな子供には無理な仕事です。例えば石を砕いて砂利を作るような仕事をしている大人ならば簡単にできるのですが。そう、小さな子供には無理なのです」
ドミニク聖導女が顔を上げて目を見張った。
そしてヘッケル聖導師と顔を見合わせる。
「驚きました。本当に驚きました。これほど迄の御子とは」
ヘッケル聖導師が言う。
ドミニク聖導女はいきなり膝をつき、両手で
「セイラ様。わたくしの悲願で御座いました。これで救貧院も救われます。食事も改善されました。更に重労働で死ぬものも無くなるでしょう。あなた様は市井の聖女様です。」
「お願いです。止めてください。過剰に評価されるほど私は自分が矮小に思えてなりません。思いついても何一つ自分で成す力は無いではありませんか。すべてお父様とお母様の助けが有り聖教会のお力が有ればこそです。許してください。もう仰らないで下さい」
それでもシスタードミニクは幾度も礼を述べて帰って行った。
ここまでしても今後係争の基になる救貧院を無くすめどは立たない。
そして私は又自分の無力さを噛み締める。
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