第35話 暴露(5)

【7】

「この件は司法には任せぬ。聖教会内で処理する」

 ボードレール大司祭は宣言する。

「この件は全て聖教会の異端審問会にゆだねる事とする!」


 その一言で部屋中の全ての人間に恐怖が走った。

 ボードレール大司祭の声だけがさらに響く。

「敬虔な聖教会信者を異教徒の納骨堂に埋葬し、しかも背徳とされる火葬に付したるは何事か!」

 ブラドは恐怖のあまりそのまま気を失い倒れ込んだ。

「違う! 違うんだ! 俺も命じられただけでそんなことは知らなかった。異端審問は嫌だ。審問を受ける位なら今すぐ殺してくれ!!」

 ロビンも泣き叫ぶ。


 ユゴー司祭長もヴォルテール司祭もブルブルと震えている。

「ユゴー司祭長、ヴォルテール司祭、その方らも免れると思うな! この火葬許可証と納骨証明書にその方らのサインがはっきりと記されておる。その方らも告発の対象じゃ!!」


「お待ちくだされ大司祭猊下。何かの間違いで御座います。わたくしは何もあずかり知らぬことで御座います。お願いで御座います。ご慈悲を!」

 ユゴー司祭長がボードレール大司祭の足元に這いつくばり靴にくちづけをする。

 大司祭はそれを蹴り上げると続けて言う。

「その様な事は審問官に申す事だ。その方が正しければ神のお許しが得られよう」


「嫌だ。拷問は嫌だ。異端審問は嫌だ。お願いで御座います。大司祭猊下。拷問に合うくらいならいっそ死罪を」

 ヴォルテール司祭が涙で汚れた顔で叫ぶ。

「教導騎士団! その方らも関係しておるのか! 事と次第によっては……」

 教導騎士団員たちが一斉に剣を放り投げて膝をついて聖印を切った。

 全員が真っ青な顔でブルブルと震えている。


「そうだ。エリン隊長、わしを逮捕してくれ。すべて話す。一切合切有りの儘話す。後生じゃ。死罪になっても構わぬ。何もかも司直に委ねるからわしを逮捕してくれ」

 ユゴー司祭長は、今度はエリン隊長に縋り付く。


 ボードレール大司祭は怒りの籠った目を向けながらも静かにエリン隊長に問う。

「如何する、エリン隊長」

「出来れば事の真相をつまびらかにする為にも逮捕致したく思います」

「相分かった。皆の者、どちらでも選べ。司直の裁きを受けて死罪になるもよし、神に縋り異端審問官に慈悲を乞うて神の恩赦に賭けるのも良し。好きに致せ」

 結局、誰一人異端審問を望む者はいなかった。

 関係者は護衛の教導騎士団員を含めてすべて騎士団に連行されて行った。


【8】

「しかし大司祭猊下もお人が悪い。俺も聖教会預かりと言われた時は一瞬手が出そうになりましたぜ」

 エリン隊長が言う。

「わたくしも大司祭猊下がどうかなされたのかと、不敬ではありますが驚いてしまいました」

 ドミニク聖導女も知らなかったようだ。


「ハハハハ、わしも咄嗟に閃いたものでな。ここまでうまく行くとは思わなかったよ。ところでドミニクよ、遺骨の件よく知っておったな」

「ハッタリで御座います。毒の種類によっては埋葬された遺骨でも変色が出る事は御座いますが滅多にございません。ただ副葬された金属の錆によって色が付くことが有るのです。今回は遺体の発掘を恐れて火葬にした事が徒となりました。火葬された遺骨は特に顕著で貝ボタンや銅や合金の副葬品が一緒に燃える事で骨に色が付くようです。彼らが毒を盛った不安からすべて告白してくれたのも神のお導きで御座いましょう」


 ドミニク聖導女の告白にボードレール大司祭は更におかしげに笑う。

「あの者たちが小心者であったお陰か、火葬などと言う手段に出た事が本当の意味で墓穴を掘ったという事だな」

「ドミニク殿に頼まれた時はよもやと思ったが、まさかこんな大博打を打つとはな。恐ろしい聖導女様だ」

 エリン隊長が溜息をつく。


「さすがに異端審問に臨むほどに教皇様に忠誠を尽くす輩は居らんようだな。異端審問にかければ口封じもかねて拷問の上殺されるのは目に見えておるからなあ」

 大司祭が答える。

「拷問で殺されては俺たちの留飲は下がっても何一つ真相がわからねえ。それはそれで納得いかねえもんなあ」

 アルビドも呟く。


「ベネディクト大司祭は確実に落とせるだろうが、しかしここまでしてもペスカトーレ枢機卿に届くかどうか。あの男こそ我が妹の仇の様な男であるからなあ」

 ボードレール大司祭は悔しそうに言った。

「それでもペスカトーレ枢機卿に一矢報いる事が出来ました。この教区での教導派の勢力は排除できるでしょう。御子様が聖年式を迎えられる頃にはこの教区全体で御子様をお守りする事が出来ます」

 ドミニク聖導女がそう言った。


「まあそれはそれで今は喜んでおこう。エリン隊長。火葬証明書と埋葬許可証はわしが預かっておく。そちらで何かあった場合には直ぐにでも異端審問会に告発できるようにな。あの者達にもそのように言っておいてくれ」

 ボードレール大司祭も表情を緩める。


 ドミニク聖導女は少し微笑んで続ける。

「おかげで救貧院も救われます。これでライトスミス家の皆様、特にセイラお嬢様にも良いご報告が出来るというものです」

 アルビドがさらに続ける。

「ディエゴに直接手を下したロビンも裏で糸を引いていた奴らも皆一網打尽だ。長年胸につかえていた物がやっと取れた思いだぜ」

 ジャクリーンが涙をためて言った。

「ええ、そうだよ。やっとディエゴの仇が打てた。これでスティルトン騎士団長も浮かばれるわ。ジャックにも会える。あの子にも全部話してあげる。ディエゴがどんなに立派な男だったか、聖女様やスティルトン様を守ってどれだけ立派に戦ったかを」


 ヘッケル聖導師も続けて話す。

「わたくしは御子様のお婆様を手にかけた犯人もあの教導騎士たちかロビンだと思うのです。エリン隊長、もしそうで無くてもきっとあの男たちが犯人を知っております。必ずや犯人を白日の下に引っ張り出してください。お願い致します。」


 ヘッケル聖導師はエリン隊長に向かって深々と頭を下げた。

「御子様に、ジャンヌ様にとってはお婆様こそが育ての親の様な者。早くに母を亡くし次いで父を亡くし又お婆様までとその嘆きはいかばかりであったことか。そのことで二日もの間眠りに付かれ悪夢に苛まれておられたご様子。」


 そして向き直るとボードレール大司祭を見つめた。

「それに大司祭猊下にも申し上げます。ジャンヌ様はその日以来闇属性の聖女の御力に目覚められたご様子でした。準男爵であるスティルトン姓を名乗っていても伯爵家の縁者であることは知れております。二年後の聖年式では間違いなく聖女認定が成されます。それまでの間に教導派一派よりお守りできる環境を整えなければなりません。今以上にご尽力をお願い致します」


「ジャンヌはやはり目覚めておったか。伯爵家の領地でも孤児院での流行り病の折に我らのあずかり知らぬ方法で死者を出す事無く完治させたのじゃ。まさに聖女ジョアンの血をひく者と思っておったが、そうかそうであったのか。ジャンヌは我が一族の全てをかけてもジョアンの二の舞は踏ませぬ」

 ボードレール大司祭は、その顔に悔しさと決意を滲ませてそう皆に告げた。


「出来ればそのセイラと申す娘をジャンヌの側近に欲しいものだな」

 その言葉にドミニク聖導女は眉を顰める。

「それはいささか難しいかと。セイラ様は聖教会の中では収まりきらぬ器かと思います。それにご本人は自覚しておられませんが…」

 ドミニク聖導女はボードレール大司祭の耳元で何か囁いた。

「なんと。そう言う事か。されば市井に置いて教導派に目を付けられぬように我らで守らねばならぬな。それならば今以上に市井に精通する人材がジャンヌの側近に欲しいものじゃ」


 それならばとドミニク聖導女は言う。

「ジャクリーン様。息子様のジャックさんを聖女様の側近に鍛えて頂けないでしょうか。この度活躍した他の子供達とも出来れば聖教会として縁を繋ぎたく思うのです」

「ああ、あのガキどもなら鍛えれば聖女様の助けになるな」

 アルビドも頷いて答える。


「ウィキンズはダメだぜ。あいつはもう騎士団の見習いだ。あの胆力と頭の回転の良さ。それにあのセイラ嬢ちゃんに対する忠誠心は見るものが有る。十五迄ここで鍛えて近衛に推薦して王立学校に入れる」

 エリン隊長の言葉にドミニク聖導女は疑問を挟む。

「それで本人は納得するのでしょうか。あの子のセイラ様に対する忠誠は高いと思うのですが?」

「俺も色々と噂には聞いているが、あのセイラ嬢ちゃんがゴッダードでくすぶっていると思うか? 確実に王立学校に行くぜ。そうなれば活躍の場は王都だ。ウィキンズは王都でセイラ嬢ちゃんの盾になるだろうぜ」


 本人たちの知らぬところで大人たちの思惑は動き出した。

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