第34話 暴露(4)
【6】
「あたしも聖女様とは何度もお会いしてご苦労もよく知ってるんだ。ジャックには悪いと思ってるし一人前になる今年には呼び寄せようとも思ってたさ。でも御子様に聖女様の様な辛い思いをさせたくないとも思ってる。せめてそれまではジャックを危険な目に遭わせたく無くて帰るに帰れなかった」
それを聞いたアルビドは盛大に溜息をついた。
「蛙の子は蛙と言うか、親の心子知らずと言うか呆れたよ。ジャクリーン、一言言っとくがこの騒動の発端はおめえの息子のジャックだぜ」
ジャクリーンが呆けた様に目を見張る。
「そもそもおめえの息子がカレブの小汚い裏仕事に嚙みついたのが発端さ。お前にそっくりの鉄砲玉みたいなガキだな、ジャックは。もう少しディエゴ並みの分別を身に着けるべきだ。危なっかしくて仕方ねえぞ」
「ええ、その上ジャックさんのご友人の子供たちがバルザック商会の裏帳簿まで手に入れて市庁舎に告発致しました。わたくし一人では救貧院の不正は手が届かなかったのですが危ない事をさせてしまいました」
ドミニク聖導女も経過を伝える。
「そして止めがきょうの一件だ。そのお仲間のガキどもが騎士団に色々情報を持ってきたんだがジャックがアルビドとバルザック商会の会計士を連れてきてそこのブラドに止めを刺しやがった。お陰で午後から俺たち騎士団は休む暇もねえ」
エリン隊長が締めくくる。
「いったい何がどう成っているのかあたしにはもう訳が分からないよ」
ジャクリーンが嘆息する。
「この街にはその悪ガキどもを牛耳っている頭の切れる親玉が居るのさ」
エリン隊長が楽しそうに言う。
「その様な仰り方は如何なものかと。恐ろしい程に利発で頭の切れるお嬢様ではありますが、あの娘の行動はみな貧しい子供たちの為。今回の件もそもそも搾取されて救貧院に入れられそうになったミカエラ様とその子供たちを救う為では御座いませんか。あの娘のしている事は、本来わたくしども聖教会が成すべき事。それを思うと忸怩たる思いが募ってなりません。大司祭猊下にも申し上げます。詳しくは申せませんが、これから先そのお嬢様はきっと御子様や大司祭猊下の助けになる事は間違い御座いません」
「それならばいっそ、聖導女として迎え入れる事は考えぬのか」
「そのお嬢様はこの街の商工会の若手幹部でもあるライトスミス家の一人娘で御座います。更には、今は平民ではありますがカマンベール男爵家の直系の血を継ぐお嬢様でご両親が手放しは致しません。何よりあの才は市井にあってこそ輝くもの。自らの商才を生かして周りの子供たちに仕事をさせる事でその子達を救うという特異な考えをお持ちのご様子。聖教会の教義とは相いれませんがその為に救われるものはわたくし共が施すよりも多う御座います。ですから成人式を終わるまではわたくしに一任させて頂きたくお願い致します」
ボードレール大司祭は少し逡巡したが意を決して言った。
「相分かった。その方に一任しよう。唯その名は心に留めさせて貰う。そのものの名を告げよ」
「はい、セイラ・ライトスミスと申す者で御子様とは同い年の少女で御座います。きっと何か運命の糸で交わることがあると思います。ぜひ心に御留め置きを」
「ライトスミスって言うとあのオスカーの娘かい。レイラ様に似たんだろうねぇ。あの人は優秀な公証人で代訴人だからねぇ」
「そればかりじゃねえぜ。あの娘っ子は結構取り巻きのガキどもを鍛えている様で、この俺がたった十二歳の取り巻きのガキにぶん投げられた。何か特殊な体術を知ってるようだ」
「冗談だよねえ。天下のエリン隊長様が投げられるなんて」
「冗談でもまぐれでもねえ。二度もだ、二度も投げられた。オヤジにも投げられたことが無いのにだ。あんまり楽しかったのでそのガキをボウマンの従者に任命してやった。そのボウマンが言うにはたった十歳で、その娘が暴漢をぶん投げたらしい。与太話だと思っていたがガキどもに体術を教え込んでいるのもそのお嬢様らしいぜ」
「にわかには信じられないねえ。それが本当なら化け物だ」
「そのようだ。我が姪と五分に張り合えるほどに才覚が有りそうだ。楽しみな事だ」
静かに話を聞いていた大司祭が破顔した。
突然そこに騎士が駆け込んできた。
先ほどエリン隊長が墓所の発掘を命じた騎士である。
「隊長殿。遺体の発掘が出来ません」
「そうだ、遺体の発掘が出来なければ何の証拠も無いではありませんか。ウラジミールなる者が何故死んだか知りませぬが私にはあずかり知らぬことで御座います」
ヴォルテール司祭は蒼白の顔で、それでも少しホッとしたように言い放った。
「それで隊長。申しつけられた物がこちらに」
騎士はエリン隊長に黒い壺を差し出した。
それを見たボードレール大司祭はいぶかしげに聞いた。
「エリン隊長。それは何か?」
「わたくしが墓地の外れにある遺跡の納骨堂から持って来る様お頼みした物で御座います。今でもハウザー王国の福音派の獣人属達は、この納骨堂に火葬されて納骨されております。聖教会の墓所には埋葬できません故に」
代わりにドミニク聖導女が答える。
「蓋を開けて中の遺骨をご確認願いませんでしょうか」
ドミニク聖導女がエリン隊長に頼んだ。
「大司祭猊下。封印を切りますが宜しいか」
「良く解らぬが、仔細あっての事であろう。許す」
エリン隊長がナイフで封印ごと封蝋を削り、蓋にナイフを差し込んで押し開いた。
「何だ、これは!」
「如何した。報告せよ」
エリン隊長は骨壺の中をナイフでかき回しながら答える。
「骨が青い。こっちの骨は緑だ。何故だ?」
「ヒ素などの毒を盛られると骨に色が付くそうで御座います。水銀や銅他にも色々と有るとか。福音派の火葬に際して幾度も立ち会ったことが御座いますが時折そのような事で事件になった事もございます」
ドミニク修道女が冷静に告げる。
「大司祭猊下。ご覧になりますかい」
エリン隊長の問いかけにボードレール大司祭は首を振ってこたえる。
「それは見なくてよい。それは誰かの遺骨なのか?」
「ええ、壺に名前が彫ってある。ウラジミール・バルザックの遺骨でさぁ」
エリン隊長が答える。
「それじゃあやはりウラジミールは毒殺されたのか。誰が毒を盛った」
アルビドが色めき立つ。
「違う。私じゃない。私はアナン聖導師に喜捨の例だと頼まれて葡萄酒を持って行っただけだ。頼まれたんだ」
ブラドが喚き散らす。
「それよりこれはいったいどういう事だ。バルザック家は敬虔な聖教会信者と申していなかったか。ウラジミールは喜捨にも熱心であったと先ほど言っておっただろう。それが何故火葬にされて、異教徒の納骨堂などに納骨されておる」
「この男です。このブラドがやったので御座いましょう」
ヴォルテール司祭が喚く。
「違う。私はなにも知らない。アナン聖導師の指示に従って書類にサインをしただけだ。きっとアナン聖導師がやったんだ」
ブラドも騒ぎだす。
「サイン?! 何かそのような者が有るのか?」
エリン隊長がボードレール大司祭に幾枚かの書類を見せる。
「私は騙されたんだ。唯サインをしただけで何の書類かなんて知らない。私は知らなかったんだ」
「喚くな! 痴れ者ども。ボードレール大司祭猊下。知らぬ事とは言え司祭長たる我が失態であることは間違い御座いません。懺悔いたします」
ユゴー司祭長はボードレール大司祭の前に膝をつき聖印を切ると頭を垂れた。
「この者達の司直への引き渡しは致し方ございませんが、何卒枢機卿猊下へは穏便なお口添えをお願い致します」
ボードレール大司祭は嘆息すると静かに口を開いた。
「よい。この件に関しては司直には引き渡さん。聖教会内で処理いたす」
「えっ!」
エリン隊長が目を剥いて振り返った。
「それはどういう事だ。大司祭猊下!」
アルビドが怒りの籠った声を上げる。
反対に司祭長や司祭達からは明らかに安堵の気配が流れた。
場の空気が逆転した。
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