第33話 暴露(3)

【5】

「ドミニク聖導女、あんたの依頼はすべて終了したぜ。救貧院のガサ入れは途中だがご要望の書類は押収出来た。それに市庁舎の例の書類も押収して持って来たぜ」

 エリン隊長はそう言うと連れていたブラドを部屋の真ん中に突き飛ばした。


 ブラドはよろけて床に這いつくばる。

「わたしはヴォルテール司祭様のご命令に従っただけだ。名義を貸して書類決済の対応さえすればいいと言われて。あとはアナン修道士がうまくやるって言われたからアナン修道士に従って借りた馬車の御者をやっていただけだ。わたしは悪くない」


「馬鹿な。この様な者の戯言を信じてはいけませぬぞ。聖教会に濡れ衣を着せて罪を逃れようと企む極悪人ですぞ」

「司祭様が仰ったではありませんか、もうすぐウラジミール叔父が死ぬから後釜に座れと。厄介事はカレブとアナン聖導師に任せておけと」

「黙れ! 黙っれ! 黙っっれ! この痴れ者が!」


「辞めさせられた商会の元番頭に聞いた話ではウラジミール老は前日まで元気にしていたとか。朝、元番頭が商会に出勤したとき執務テーブルで亡くなっていたそうですなあ。もうすぐ死ぬとは少々聞き捨てならんですぞ」

 エリン隊長が言葉の端を拾って攻め立てる。


「知らん! この男の戯言じゃ! 突然死などよくある事。その類じゃ」

「まあそれならば不敬ではありますが遺体を調べると何かわかるかもしれませんなあ」

「ふん。やりたければやれば良い。許可しよう。出来るならばな」

「口頭ではありますがご許可は頂きましたぞ」

 エリン隊長はそう言うと横に控える騎士に耳打ちをした。

 その騎士は即座に外へ走り去った。


「墓あばきなど不敬なことを強要して何も無ければその責めは…」

「何を仰っておられる。調べればわかるかと提案しただけの話。同意もご許可もそちらがご勝手になさった事。わたくし共は粛々と取り調べを続けるだけで御座いますよ」


「ヴォルテール司祭! この愚か者。エリン隊長、その方色々と調べは着けておるのだろうな」

「ええ、市庁舎や騎士団の公文書にヴォルテール司祭のサインが有るものが多数ございましたので」

「嗚呼、まさか、まさか。わしが信を置いていた司祭が知らぬところでこのような悪事に手を染めておるとは。わしの預かり知らぬ事とは言えこの様な次第に成った責任の一端はわし自身にもある。嘆かわしい事じゃ」

 その言葉を聞きつつ司祭は悔しそうに唇をかみしめたが言葉を発することはなかった。


「そもそも気になっておるのですが、バルザック商会とは一体何なのでしょうか。いえ、亡くなったウラジミールという老人はどういう者なのでしょうか」

 エリン隊長が不思議そうに問う。


「それはわしが答えよう」

 ボードレール大司祭がおもむろに口を開いた。

「端的に申し上げよう。かの者は死んだ騎士団長の伯父だ。御子の祖母の兄にあたる者だ」

「ではこの男は」

「ウラジミールの廃嫡された兄の息子であろうよ。放蕩者の兄は廃嫡されて弟のウラジミールが商会の後を継いだ。廃嫡された兄の息子がそのブラドという男であろう」

 それを受けてドミニク聖導女が話を続ける。


「バルザック商会は先々代から聖教会への信仰心の熱いお方で貧民や孤児たちへの喜捨も多く賜り、清貧派の炊き出しなどもご協力をいただいておりました。その繋がりで亡くなられた騎士団長は聖教会で聖女様の護衛についたので御座います」


「それをこの甥のブラドが乗っ取ろうとしたという事ですか。それだけの事ならいささか回りくどい上に手が込み過ぎておりますなあ。なによりこの偽聖導師の役割が解らぬ」


「連れてきたのもヴォルテール司祭であるし、わしは素性も知らぬ。よもや身分まで詐称しておったとはのう」

 ユゴー司祭長はこのまま知らぬ存ぜぬで、一切をヴォルテール司祭に押し付けるつもりなのだろう。

 ヴォルテール司祭は、青ざめた顔で唯々震えている。


 ヘッケル聖導師の声が響いた。

「聖女様の御子様はわたしが聖導師を務める村でお祖母様とお暮しになっておられた。それが御子様の洗礼式の頃から近隣の村々で洗礼を受けた子供たちの素性を探る者たちがあらわれましてな。キナ臭いものを感じたのでジャクリーンに手助けを依頼いたしたのです。」


 ヘッケル聖導師は悲しげに続けた。

「ところがその矢先に御子様のお祖母様のご自宅に盗賊が押し入りまして、御子様は村の聖教会にお連れしておったので無事だったのですが、お祖母様が身罷られましてな。ウラジミール殿に連絡を入れこちらでお匿い申し上げようと算段しておりましたがこちらもすでに身罷られておられた。聖年式を受けると御子様の素性が聖教会に筒抜けになるのであまり表立って動きたくはなかったのですが、仕方なくボードレール伯爵家を頼り匿っていただいておりました」


「その上あたしには何故か王都の冒険者ギルドから追手がかかってたんだよ。どこからか結構な賞金付きで捜索依頼がかかってたんだ。今ならわかる。お前がやったんだろうロビン!」

 黙り込むロビンの背をジャクリーンはさらに強く踏みしめた。

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