第32話 暴露(2)
【3】
バン!
扉が開き大きな声が響いた。
「それだけでは足りなかろう。ユゴー司祭長」
「ボードレール大司祭猊下!」
ユゴー司祭長が驚愕の声を上げる。
「大司祭猊下いったいなぜこんなところに」
ヴォルテール司祭は顔を引きつらせながら続けた。
「ここは教区外では御座いませぬか。いったい何の権限で」
「何をと申すか? 大司祭なれば管轄教区など関係無く、すべての聖教会の管理と視察を成す事において何ら咎められる事は無いと存するがのう。そうですな。司祭長殿」
「ええその通りです」
憎々しげに司祭長は同意する。
「いやあ良かった。たまたまドミニク聖導女に用があって来ておったが、このような事態に遭遇するとは。一つ間違うとこちらの教区のべネディクト大司祭やひいてはペスカトーレ枢機卿にまでも泥を被せるところであったな」
そう言うと大司祭はさも悲しそうに両手を組んで神に祈りを捧げるふりをした。
大司祭もドミニク聖導女も気づかなかった。
大司祭の後ろで頭から聖教会の見習い修道士のローブを被ったアルビドが両の拳を握り締め怒りに震えている事を。
「大司祭様、はや六の鐘も近づいております。もうすぐ衛士殿たちが主犯のブラドを連れてまいると思います。面通しと取り調べをここで…」
「おい、貴様! 何で此処にいる! ロビン! 貴様なぜ此処に居るんだ!!」
いきなりアルビドの怒声が飛んだ。
「何がアナン聖導師だ。てめえ、騎士団長とディエゴを売りやがったな!!」
大司祭もドミニク聖導女も驚いて振り返った。
アルビドはローブをめくると剣の柄に手をかけて走り出そうとしていた。
それを察した司祭の護衛騎士がアルビドの背に覆いかぶさり組み伏せようとするが、左手の一振りで跳ね飛ばされてしまった。
司祭の護衛騎士は飛ばされてかがんだ姿勢から剣を抜き放つ。
司祭長の護衛騎士は前に出ると左手で司祭長を庇いつつ右手を剣の柄にかけた。
「皆の者! 落ち着かれよ!」
大司祭の声が獅子吼の如く響き渡る。
その場の全ての人間の時が止まったかのようにピタリと動きを止めた。
「事の仔細が知りたい。アナン聖導師。その方名はなんと申す」
「ロビンじゃない。俺はロビンじゃない。人違いだ!」
その狼狽ぶりと口調の変化こそが真実を物語っている事がわかる。
「この期に及んでまだシラを切るつもりか! たった二カ月前に見た顔を早々忘れるかよ! 何のつもりだったか知らねえが、ジャクリーンの所在を探すために俺に探りを入れに来やがったんだな」
そう叫び剣を抜こうとするアルビドの肩を大司祭がグッと掴む。
「お待ちなさい。ここは殺生の場ではない。あの男の仔細を聞かせなさい」
「あいつはロビン。十年前騎士団長やディエゴと共に足止めに残ったメンバーでさぁ。騎士団長は右脇腹と右肩に矢傷を受け追手の騎士に切られ斬殺。ディエゴも正面から右太腿と左肺と右眼を射抜かれて背中から複数の騎士に切り裂かれて死んだ。こいつは右肩から腕を切り裂かれたが唯一生き残った」
「違う! あの場に騎士などおらぬ。すべては野盗よ、下劣な雇われ冒険者の所業よ。教導騎士団がそのような行いに手を染める訳が無いわ!」
司祭長が声を荒げて怒鳴った。
「王都への報告はそうなっていた様だが追手は教導騎士団の鎧と大剣を手にしていた。騎士団長の矢傷を聞いた時からおかしいと思っていたんだ。あの騎士団長が右横から矢傷を受けるなど信じられなかった。ロビンてめえが後ろから撃ったんだな。」
「うるせえ! 俺はロビンじゃねえ。アナン聖導師だ。人違いだ!」
大司祭はその顔を怒りで朱に染めて口を引き結んでいる。
ドミニク修道女は顔色を失いながらも冷静に話を進めた。
「大司祭様、かの者の素性は教区の人別名簿に正確な記載があるはずで御座います。教区信者や聖教会の構成員の名簿管理はわたくしの仕事で御座います。直ぐにでも調査に取り掛かれば一両日中には真偽は明白内なります」
ドミニク修道女は落ち着いた声で宣言する。
「十一年前、我が妹たる聖女ジョアン・ボードレールに何があったのか。その夫と子に何が成されたのか、それが
その言葉が終わらぬうちにアナン聖導師が、いやロビンが動いた。
修道衣の下に隠し持っていたのだろ短剣を左脇から抜くと大司祭に向かって一気に切り付けようと走った。
アルビドは大司祭の前に躍り出ると大剣を鞘ごと引き抜きロビンの短剣を跳ね上げると胸元に蹴りを入れて転がした。
ロビンは横転しつつも受け身を取ると態勢を直して膝立ちで短剣を構えなおす。
「乱心者だ! 皆の者取り押さえよ!」
司祭長の叫びに執務室の後ろの扉が開き更に三人の教導騎士が現れた。
司祭長は大声で続ける。
「この偽聖導師と冒険者の為にボードレール大司祭とドミニク聖導女の命が失われるやもしれん。この不埒者の為にお二人の命が失われては大変な事に成る。心して取り押さえよ!!」
教導騎士は一斉に剣を抜いた。
その言葉で状況を察知したアルビドは大司祭とドミニクを自分の背に庇いながら壁際にジリジリと後退して行く。
司祭長は乱闘に
教導騎士たちも意を決したようにアルビド達ににじり寄る。
ロビンは状況を把握しきれずどうしたものかとヴォルテール司祭を見た。
「アナン聖導師! その方の失態だ! さっさと片をつけよ!」
ロビンは立ち上がると短剣を構えなおしてアルビドに切りかかる。
「お前に俺は切れねえ。」
ロビンの剣をいなすと大剣の鞘でロビンの横面を張る。
「お前にはもう後がねえんだよう。うまく俺たちを殺せてもお前はその罪を全部被せられて磔だ! だから全て吐いちまえ。どうして騎士団長を、何よりディエゴを殺しやがった」
「そいつぁー、あたしも聞きたいねえ。包み隠さず吐いて貰おうじゃないか」
廊下へ向かう開け放たれた扉の向こうから声がすると二つの人影が現れた。
【4】
そこにはワンドを握り締めた聖導師姿の男と修道服のローブをはだけて両手に短剣を構えた女が立っていた。
「どうにか間に合ったようですね。大司祭様」
長身痩躯の聖導師が大司祭に頭を下げる。
続いてロビンを見下ろすと冷たく言い放った。
「ロビン、この様なところで相まみえるとは神のお導きでしょうかねえ」
かつての仲間だったヘッケルであった。
そしてその横で怒りに震える目を向けている女性こそジャックの母ジャクリーンである。
「素性も解らない大した学もないお前がどうやって聖導師に潜り込んだ! よくもディエゴを」
そう言うとロビンめがけて走り寄る。
振り返り短剣を振りかぶって切り付けてくる教導騎士の刃を両手の短剣で受けると、蹴りを入れてロビンに切りかかる。
アルビドは大剣を抜くと、大司祭の手を引いて教導騎士を
ドミニクがその後ろに続く。
ヘッケルは奥のドアから躍り出てきた教導騎士に向かって風魔法を放つ。
一人は体勢を崩しよろめき、直撃を受けたもう一人は壁際まで派手に吹き飛んだ。
ヴォルテール司祭は床にへたり込んで震えていた。
ユゴー司祭長は護衛の教導騎士の腰に縋り付いている。
「こっこちらは六人ではないか、相手は三人だ。早く排除しろ」
「甘く見ねえ方が良い。これでも一級の冒険者パーティーの成れの果てだ。実戦経験も無い教導騎士風情に後れを取る事はねえ」
「アルビド! すまないけどこいつはアタシに譲っておくれ。ディエゴの仇だ。この偽聖導師が!」
「分かったが殺すな。尋問して洗いざらい吐き出させなきゃなんねえからな。」
「その聖導師も冒険者上がりの偽物ではありませんか。そのような者を聖導師としてここに入れるなど言語道断!」
「これは異なことを申される。このヘッケル・マグパイ聖導師は幼少より修道士として教育を受け治癒魔術を会得した立派な聖導師。清貧派の導師として市井の力なき者の為に冒険者として旅を続けたいた者。そこの偽聖導師とはわけが違う!」
アルビドは何かあれば直ぐに大司祭とドミニクを逃がせるように廊下側の扉を背にして戦う。
一方ヘッケルは遠距離の風魔法で反対側の扉から逃れようとする司祭長たちを牽制しつつ騎士を吹き飛ばす。
中央ではジャクリーンがロビンを昏倒させその背を踏みつけている。
不利と判断した司祭長の護衛騎士は、司祭長を横抱きにするとヘッケルの隙をつき裏のドアへ駆け出そうとした。
グサリ!
ジャクリーンの投げた右手の短剣が護衛騎士の太腿を貫き、護衛騎士は悲鳴と共に崩れ落ちる。
そのタイミングで廊下からどかどかと大勢の足音が響いてきた。
「こいつぁ派手にやりやがったなぁ。おお、懐かしい顔が有るじゃねえか。糞アマ、てめえ自分の息子をほっぽり出してどこに雲隠れしていやがった」
騎士団と衛士隊を連れたエリン隊長が縛られたブラド・バルザックを連れて入って来たのだ。
ジャクリーンは悲しそうに顔を伏せると小さく呟いた。
「悪いとは思ってるよ」
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