第31話 暴露(1)
【1】
エリン隊長と副官に伴われアルビドは聖教会へと向かった。
「あんた、聖女付きの仕事を請け負っていたならドミニク聖導女を知ってるか?」
「ドミニク? ドミニク聖導女。たしか聖女様の世話係だったか、亡くなった騎士団長から何度か名前は聞いたことがあるような。」
「その聖導女がこの聖教会にいるんだ。これから会いに行く。」
そう言ってエリン隊長は聖教会の修道女見習いに取次ぎを頼むと、聖導女の執務室に向った。
「ドミニク聖導女、急用だ。話が一気に動いちまった」
「エリン様、一体どうなされたのです」
「不正の全容が知れた。市井の関係者や共犯者は今騎士団が確保に動いている。関係書類の押収も含めて、市庁舎や商工会への調査もこれから取り掛かる。今日中に一気に片を付ける。残るは聖教会だ」
ドミニクは驚愕の表情から一転、口をきっと結ぶと表情を引き締めた。
「心得ました。わたくしはいかように動けばよろしいでしょうか」
「こちらで抑えた文書の中にヴォルテール司祭のサインの入った書類があった。できれば司祭を、最低でも二年前に来た聖導師は抑えたい。それとな、こちらに居るのはジャクリーンの元パーティー仲間だったアルビドっていう冒険者だ。あんたの護衛に付ける。騎士団が聖教会内で動くわけにはいかないんでな」
「ああ、心得た。しかし俺に何の説明も無しにこれかい。エリンさんよう。あんた本当に強引な野郎だなあ」
「すまねえな。今は話せねえことも多いんだ。悪いが飲み込んでくれ」
「司祭が関わっているのならドミニク聖導女一人では荷が重いのではないかね」
いきなり執務室の奥のドアが開いて、老齢の男性が現れた。
ドミニクはその男性に向かって片膝をついて跪くと頭を垂れた。
「ボードレール大司祭様」
それを聞いてエリン隊長とその副官も姿勢を正し黙礼する。
アルビドはオロオロと周りを見渡したのちエリンたちに倣った。
「今は儀礼など抜きだ。楽にしてくれたまえ。」
その言葉にドミニク聖導女は立ち上がると向きなおって言った。
「わたくしが連絡して、来ていただきました」
「ボードレールといやあ聖女様のご実家がボードレール伯爵家。…と言う事は」
「ああ聖女は私の妹になる。私は妹の聖女ジョアンナのお陰で大司祭まで成れたが、私がその命を守り切れなかった。今でも
「はい、ヘッケルと一緒に御子様を届けて戻ったらスティルトン聖堂騎士団長とディエゴはもう…」
それを聞くと大司祭はアルビドの前に歩み寄り両手を取ると頭を下げた。
「かたじけない。お陰で妹の忘れ形見は生きながらえておる。感謝いたす」
「やめてくだせえ。恐れ多い。俺みたいな冒険者風情に大司祭様が頭なんて下げるもんじゃあねえですよ」
「あれからヘッケルは聖導師となって騎士団長のご両親と共に別の村に移り住み子供を守ってくれておった。それが教導派に居所を知られてしまいヘッケルの伝手でジャクリーン殿に協力をお願い申し上げたのだ」
「そんな事があったんですかい。それで俺はこれからどうしやしょう」
「エリン殿、子細をご説明願いたい。司祭はもとよりこの教区の司祭長まで一気に叩く。この教区の教導派は根絶やしにする。アルビド殿は荒事になった折の護衛をお願いいたしたい」
「わかりました。ご説明いたしましょう」
そうして詳細な計画が練られて行く。
騎士団は五の鐘までに配置をすべて済まして衛士と共に一斉に関係各所に乗り込む。
それと時を同じくして大司祭は司祭長と司祭に面会を求め司祭長を糾弾する。
そう決まった後ドミニクはエリンの耳元で言った。
「エリン隊長様には折り入って内密にお願いがございます」
「内密とは?」
ドミニクは声を潜めてエリンに告げる。
「あの子達の訴えが正しければバルザック商会の乗っ取りはタイミングが良すぎます」
「それは俺も感じたが、如何せん証拠がない。遺体を暴いても何かわかるかどうか」
「そこでいささか背徳的なこととなりますが・・・・・・・・・」
「それでは埋葬証明も市庁舎に・・・・、しかしそんなことが・・・・」
「事によっては別の場所に・・・・・」
「・・・・・まさかそんな場所が有るとは・・・」
「・・・そこさえ突ければわたくしが、・・・・」
「・・・よしわかった。頃合いを見て俺が連行しよう」
そして段取りはほぼ決まった。大司祭はアルビドに向かって告げる。
「司祭長と司祭には一人ずつ護衛の教導騎士が付いておる。場合によってその二人を同時にアルビド殿にお願いする事に成るやもしれぬ。こちらもわしの参入を考えて信頼のおける応援を要請しておったのだが、如何せん急な事で間に合うかどうかわからぬ。最悪の場合はすまぬが…」
「かまわねえ。大司祭様が出てきたという事は御子様のお命に係わる事だろう。十年前にディエゴ達と誓った時からそのつもりだ。この命あんたに預ける」
「すまぬ。重ねてかたじけない」
そうして男たちは己の仕事を全うするために散っていった。
【2】
「一介の聖導女が司祭長様に直接面会とはいささか不遜ではないかね」
ヴォルテール司祭は開口一番にドミニクに苦言を呈した。
「聖教会の些末な業務はまず司祭である私を通すべきで、それを司祭長様のお手を煩わすとは。いやはや清貧派の者は聖教会の通りも弁えぬ無礼者だと思わんか。なあアナン聖導師」
「その通りと存じます」
体躯の良いアナン聖導師はヴォルテール司祭の後ろに控えそう相槌を打った。
ドミニクは室内の様子に素早く目を配る。
意図していた聖職者は三人ともこの部屋に現れた。
まだ騎士団の動きは察知されていない様だ。
正面の椅子に司祭長が面白くなさそうにふんぞり返って座っている。
その右脇に司祭。
司祭長の左脇には警護の教導騎士が一人。
司祭の左後方にはアナン聖導師が並んでいる。
そして司祭付きの教導騎士はドミニクから少し離れた左後方でじっとドミニクを凝視していた。
教導騎士のまとっている丈の長いローブの内には革鎧が見え隠れする。腰には二人とも太刀を佩いている。
警護対象を片手でかばいつつ戦えるための片手剣で、室内戦を想定して振りかぶっても邪魔にならない細身の小刀
「司祭長様のお手を煩わし遺憾とは存じますが、この度は聖教会教区全体にかかわる事であるため無理を押してお願いいたしました次第です」
それに答えて司祭長は面倒そうに口を開く。
「良い。わかった。手早く述べよ」
「この度市井の商工ギルドをはじめ商工会からの調査の結果、救貧院にかかわる不正経理が発覚いたしました。何者かが救貧院への喜捨を着服しておるような次第で御座います」
ヴォルテール司祭は大げさに天を仰ぎ声を上げる。
「おお、なんと嘆かわしい事か。市井の者とは言えそのような悪事に手を染める者がおるとは。聖教会でも直ちに調査を行い関わった者の断罪には協力しようではないか。アナン聖導師! 直ちに救貧院の調査を」
「委細承知いたしました。直ちに向かいましょう」
早速動き出そうとするアナン聖導師をドミニクが押しとどめる。
「その関係につきましても市庁舎と騎士団の関係者が向かっておられます。聖導師の手を煩わせることはございません」
それを聞いてアナン聖導師は顔色を無くす。
「しかし詳細が分からぬでは、市庁舎の捜索許可は出ぬ。救貧院の立ち入りは許されませんぞ。わたくしが立ち会わねば調査は出来ませぬ」
「それにつきましてはもう終了しておりますゆえご心配いりません。不正を働いたバルザック商会の商会長を詐称しておりましたカレブと言う男は衛士隊によって拘束され市庁舎に連行されました」
司祭が少しホッとしたように声を上げる。
「そうか、その男が犯人か。されど聖教会関係者の立ち合いは必要では無いのか?」
「事の次第が大きくなっております。もう四の鐘を過ぎ日も暮れてまいりました。聖教会の立ち合いは明日でもよろしいかと。それに立ち合いは仔細を知っておりますわたくしが行いたいと思っております」
「ドミニク聖導女、執務に熱心なのはわかるが職分は弁えられよ。そのような業務にこそアナン聖導師がおるのだ」
「わかりました。それでは明日、黒幕のブラド・バルザックと共に見分のお立ち会いを」
その言葉にヴォルテール司祭が驚愕の表情を見せる。
「今なんと申した!」
「はい、元市庁舎の見習い官吏であったブラド・バルザックと申す者が黒幕で御座います。こちらも騎士団に拘束され騎士団の練兵所関連や関係するバルザック商会関係の書類との照合も終わっているはず。後は救貧院の書類との照合が終われば全てが
ドン!
大司祭が錫杖を強く床に打ち付け口を開いた。
「ヴォルテール司祭! これは大きな失態であるな。ドミニク聖導女の言を信じるならば市庁舎の衛士隊がもう救貧院に調査に入っているだろう。そなたらのこの教区での最後の仕事として直ちに救貧院に赴いて市庁舎の調査に立ち会え!」
このたぬきめが!
素早くシッポ切りにかかった司祭長に歯噛みしつつも、ドミニクはほっと胸をなでおろした。
とにかく最低限の断罪は済ませた。自分の役目は全う出来た。
後は最後の仕上げである。
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