第30話 練兵場(3)

【5】

 食堂には先ほどの騎士たちとそれに、ジャックがウィキンズには見覚えのない男女と一緒に立っていた。

 いや女性の方は見覚えがあった。確かミカエラとか言ってマイケル達の母親だ。


「ウィキンズとパブロ!? お前たちこんなところで何してんの?」

「お前の方こそだよ、ジャック」

「俺たちは調査だよ、調査。お前は知らないだろうから教てやるが、バルザック商会のブラド、あいつは偽物なんだぜ」

 ジャックは勝ち誇ったようにふんぞり返って言った。


「で?」

 ウィキンズはため息をつくと話の続きを促す。

「それで調査の為にここに来て話したら、いきなりみんなに囲まれてここに連れてこられた」


「エリン隊長、この小僧ジャクリーンの息子なんですよ」

「へー、投げナイフの息子か。糞生意気な口ぶりと無鉄砲で人のいう事を聞かなそうなその眼はジャクリーンにそっくりだなあ。ええ、おい」

「なんだよ、このおっさん。俺の母ちゃんをバカにしてるのか」

「褒めてんだよ。一流の冒険者はそれくらい我が強くなけりゃ務まらねえ」


「ならいいや」

「単純なところもそっくりだ。で、こっちの二人は?」

「この男はジャクリーンやその亭主と昔パーティーを組んでいたアルビドって言う冒険者だそうです。ジャクリーンが行方知れずに成ったと聞いて王都から探しに来たようなんですが…」

「それからこちらの女性がミカエラといって、バルザック商会の経理補助をしているそうです。何でも会計書類に不審な点がたくさんあるとかで調べに来たそうです。」


 ボウマンはその話を聞きながら調理師の男が段々と硬直して顔から血の気が引いて行くのを見ていた。

「なあそこの女の方。あなたはこの男に心当たりが有りませんか?」

 ボウマンは調理師の男をみんなの前にグイと押し出した。

 男は俯いて露骨に顔を背ける。

 ミカエラはそれを覗き込むように凝視していった。


「最近何度かいらっしゃいましたよね、商会の方に書類を持って」

「知らん」

「いえ、見えられました。それに以前、先代のウラジミールさんがご健在の時も何度かお見掛けしていると思いますよ。そうそうウラジミールさんが亡くなった時に実務手続きに見えられた方の中にもいらっしゃいませんでしたか」

 調理師の男はその緊張に耐えられなかったのかへなへなと崩れ落ちた。


「なんか、訳ありの様だなあ。尋問するからこの男も拘束しろ」

 エリン隊長はそう告げると食堂の椅子にドカリと腰を下ろした。

「オイ、誰かエールを持ってこい。それからみんな座れ。状況の再確認と共有だ。このままじゃ訳が分からん」

 団員がにエールのタップリ入ったジョッキを厨房から持ってくる。


「チマチマするな! 俺のおごりだ、一樽開けろ。それからあんた達も座れ。ガキどももだ」

「待ってください。街で仲間がまだパブロを探してる。急いで知らせてやらないと。事情は騎士の皆さんに説明しています。だから」

「わかったよ。このちっこいのは事情説明もあるからこっちで預かっておく。さっさと行ってこい」


「待ちなウィキンズ。俺も付いて行く。いいですよね隊長」

「ああそうしろ。お前の従者だ」

「ウィキンズ、偉そうな事を言ってお前の無鉄砲は全然直っていないじゃないか。隊長が言った事は置いておいても今日は見過ごすわけにゆかん。またバカなことをされると騎士団の沽券にかかわる」

 ボウマンはウィキンズの頭をゲンコツで小突くと先に立って歩きだした。

 ウィキンズもあわててその後を追いかける。


【6】

 ダンカンたちは荷馬車の行方を探しあぐねていた。練兵所と冒険者ギルドの間で寄る場所の見当がつかないのだ。

 仕方なく馬車を見つけて御者に問いただすことに計画を変更し聖教会に向けて歩き始めた。

 そうすると驚くほど簡単に荷馬車が見つかった。聖教会の裏手で馬を外している御者を見つけたのだ。


「おい、あんた。その馬車の御者だろう。ちょっと用があるんだ」

「なあおっさん、この馬車の御者どこで交代したんだ。教えてくれよ」

「ポール落ち着け、俺が話をする。ピエールはポールを落ち着かせてくれ」


「いったいなんのこった。俺は何も後ろ暗い事はやってねえぜ」

「いや、そう言う意味じゃねえ。あんた今日、この荷馬車を誰かに貸しただろ。どこで受け取ったか聞きたいんだ」

「だから荷馬車を貸したのも御者を交代したのも上の指示だ。勝手にやったわけじゃねえよ」

「ああそうだろう。でっどこで受け取ったんだ」

「練兵場さ。いつも朝バルザックの野郎がここまで馬車を引き取りに来るんだ。俺は馬車を渡すだけさ」


「そいつバルザックていうのか。練兵場で何やってるんだ」

「ああ調理人さ。名前は知らねえがバルザックだ」

「それで練兵場でうけとりか」

「直接持ってくることもある。そん時は馬車の中が臭くてたまらなくてよう。洗うのに一苦労さ。上に文句を言っても取り合って貰えねえ」


「それで今日は、まあ練兵場での引き取りはそんな事無ねえな。荷馬車が付くとあそこで飼葉を貰って馬に食べさせて水を飲ませて、その間にバルザックの野郎が馬車の荷下ろしをするんだ。そいつがまたとろい野郎でよう、荷物一つにヨタヨタ、ヨタヨタ。そのくせケチな野郎で、銀貨三枚で荷下ろしを請け負うぜって言ってもぜって金を払おうとしねえ」


「すまねえ。でっ指示を出してる上の野郎って誰なんだ」

「教導派の聖導師様か司祭様じゃねえのか。どうせ誰かから裏金でも貰ってやがるんだろう。教導派の司祭様なんぞそんな奴ばかりだからな」

「助かった。ありがとよ。礼だ! 取っといてくれ」

 ダンカンは銀貨を一枚御者に放り投げるとピエールとポールに目配せをする。


 三人は荷物を抱えると練兵場に向かって引き返した。

「クッソ、あの野郎がブラドだったのか。俺が話を聞いた時にはパブロはもう捕まってたんだ。俺がもっとしっかりしていれば」

「予想外だったなあ。パブロの奴馬車に潜り込んで早々に見つかってやがったんだ。たぶん練兵場のどこかに捕まっているぜ。今ならまだどうにかなる。練兵場の中でじゃあ無体な事も出来ないだろう」

「じゃあ俺が野郎の顔を確認するから、ダンカンさんは騎士さんに話を通して奴を引っ張り出してくれよ」

「そんな事は解ってるよ。お前ら、練兵場では全部騎士団に任せるからな。手出しは無用だぞ」


 三人のその懸念はすぐに払拭された。三人を探すウィキンズ達と合流できたのだ。

 そして五人は連れ立って練兵場の食堂に戻ってきた。


 食堂に帰るとまた情報交換である。

「話の筋ははっきりしたな。あの調理人がブラド・バルザックだ。さっき職員の採用名簿を取りに行かせたら記載があった。騎士団や衛士隊の関係職員で身元の怪しい者は採用されねえからな」


「やってる事も単純だな。街の大口の食堂から残飯を集めて救貧院に卸して残飯処理料金までもらう。市庁舎からは救貧院の喜捨を受け取ってそれを自分のいる練兵場に横流しする」


「カレブはブラドの名前をかたって商会で残飯集めと店の経営を代行する。荷馬車は残飯集めの時はブラドが引き取って練兵場でカレブに渡し、救貧院で荷卸しをさせた後聖教会に返していた。喜捨の引き取りは全部ブラドの仕事だって事だな」


「聖教会とバルザック商会のつながりを隠してうまく立ち回った物ですね。でも聖教会の繋がりが見えてきませんわ」


「エリン隊長。俺が厨房で質問した時、ここの食堂の仲介を頼まれたって言ってましたよね。誰なんです」

「ああ、あれか。聖教会の司祭から指示が来たんだよ。新入りの聖導師の野郎が指示書を持ってきやがった。練兵場に知り合いの商会から納品させるから了承しろとよ。ほぼ強制だ。バカな条件なら蹴ってやったんだが値段も手頃で残飯処理もするって言うなら波風立てる必要もない。そういう事だ」


「じゃあ裏に居るのはやっぱり司祭か聖導師だな。ちなみに教導派なんだろ。荷馬車の御者もそう言ってたぜ」

「ああ、少なくとも指示書のサインの名前は教導派の聖導師だった。あとでその指示書も持って来させよう」


「それで隊長。これからどうします」

 ボウマンが問う。

「ああ、そうだなあ。ダンカンさんよ。あんたガキどもを連れて帰ってくれ。ライトスミス家に報告も必要だろう。後は俺たち騎士団の仕事だ」


「それならば任せるが、隊長さんよう。あまり時間がねえぜ。少なくとも明日になりゃあ事件の顛末は聖教会の耳に入る。一番の巨悪に届かねえ。こいつらのお陰で救貧院の奴らはずいぶんと命を落としてるはずだ。そいつを思うと我慢ならねえ」


「ああ、今日中に片を付けなけりゃあ、只のトカゲのシッポ切りだ。まずは時間稼ぎだ。アンセルとガドウィンは衛士隊を連れてドブネズミのカレブの身柄を抑えろ。ミカエラさんを顔確認のために連れて行け。ご婦人に怪我でもさせちゃあ懲罰房行きだから丁重に扱え」

「なあ隊長さん俺はどうすればいい」

「アルベドか。あんたはすまねえが俺と一緒に来て欲しい。ジャクリーンの仲間だったんだろ。会ってほしい人が居る」

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