第29話 練兵場(2)
【3】
ダンカンとピエールは道すがら、出会うマヨネーズ売りの子供達にポールと荷馬車の情報を聞き工房に戻るように指示を出していた。
ポールは割とすぐに見つかった。マヨネーズの大籠を三つも抱えていては簡単に移動できないからだ。
汗だくになりながら通りをウロウロと尋ねて回っているポールを見つけ合流した。
ダンカンはポールにパブロを見失うまでの状況を詳しく確認してから言った。
「ポール、後は俺に任せてピエールと工房へ戻れ。後は俺が探して回るから」
「嫌だ! パブロは俺の弟だ。それにこれは俺の不手際だ。帰る訳にゃあいかない」
ダンカンは困ったように鼻を掻きピエールを見た。
「それじゃあピエールお前だけでも荷物を持って…」
「待ってよ。俺しか本物のブラドの顔を知らないんだぜ。一緒に行くしかないだろう」
「わかったよ。その代わり必ず俺の指示に従って一緒に行動するんだぞ」
ダンカンとピエールとが大籠を一つずつ持って、周辺の聞き込みに廻る。
馬車の行き先はすぐに知れた。
冒険者ギルドの酒場に向かったようだ。
三人はギルド酒場に赴くと厨房に顔を出した。
「なあ此処に聖教会の荷馬車が来たようだがどこにいたか知らねえか」
「聖教会? ああバルザック商会のあの荷馬車か。それなら来たがどこに行ったかは知らねえなあ」
「なあ、おっちゃん。馬車の御者やってた黒い服の男ってだれか知ってるか?」
「御者? 黒い服?」
「ああ黒いツバ広帽子で黒い服を着た陰気臭い顔の男だよ」
「誰だそれ? そんな奴は見なかったぞ」
「え?! じゃあ御者はどんな奴だったんだ」
「聖教会の雇われ御者に決まってるじゃないか。今日はバルザック商会の使いとかで残飯の荷受けの書類を持ってきただけだぜ。それに荷馬車は空荷だったようだからそのまま聖教会に帰ったんじゃねえか」
「なあ、あんた。その荷馬車どこから来たのか知らねえか。大事なことなんだ。言いにくい不味い事があるならライトスミス木工所が責任を持つから」
「なっなんだよ。大したことは知らねえ。西の方から来たようだがどこから来たかは聞いてねえ」
「まずいぞ! パブロはもう馬車に乗ってねえ。練兵所から冒険者ギルドの間で降りたか連れ去られたかだ。ポール、お前練兵所に行ってからどれ位時間がたってる」
「練兵所に行ったのは二の鐘が鳴って暫くしてからだよ。」
「三の鐘まではまだ暫くありそうだ。せいぜい四半刻くらい前か。よし、その間で行けそうな所を虱潰しであたるぞ」
◇◇◇◇
同じころウィキンズは練兵場に来ていた。騎士のボウマンを探していたのだ。
一の鐘から三の鐘の間、騎士たちは練兵場で自主訓練をやっていると聞いていた。
ボウマンはすぐに見つかった。ボウマンと集まってきた騎士たちにウィキンズは事情を話し、協力を求めた。
バルザック商会が市庁舎の喜捨を横流ししているらしい事。
練兵所の食堂にたまたま居合わせたパウロが荷馬車に気付いて忍び込んだ事。
バルザック商会のブラドは偽物で、どうも御者をしていた男が本物のブラド・バルザックらしい事。
そして本物のブラドに見つかってしまえばパウロが危険な事。
「話はだいたい分かった。迷子の保護も騎士の仕事だ。安心して待っていろ」
「取り敢えずはその子供の確保だが、それにしてもバルザック商会は悪どい事をやっているみたいだなあ」
「まあ荷馬車の中を改めるのにはその大義名分が利く。不正書類でも持っていれば一網打尽に出来る」
「しかし無鉄砲のウィキンズが成長したなあ。俺たちに頼るのは大正解だ」
「そう言えばお前の所のお嬢さんは又無茶をしてないだろうなあ。お前ちゃんと手綱を引いておけよ」
「お嬢は今、謹慎中で店で奥様に監禁されてます。俺も無茶はさせません」
「ハッハッハッ、そいつが正解だ。さすがにライトスミスのレイラ様はしっかりしてらっしゃる。抑えるところはきっちり抑えているという事だな」
「お前の仲間のジャックの母親とは正反対だな」
「ジャックの母親…?」
「ああ、ジャクリーンて言ってな。王都で人助けのクエストに行って、突っ走ったあげく王都の貴族とかに睨まれたらしくてな。大事な息子を残して逃げる羽目に成っちまったんだよ」
「王都の貴族なんぞ碌な奴が居ねえ。ジャクリーンが可哀そうだぜ」
ウィキンズがもう少し詳しく聞こうとするのをボウマンの声が遮った。
「それじゃあ、俺はこれから隊長の許可を貰いに行ってくる。おい、ウィキンズお前も一緒に来な。市民からの捜索依頼だ。お前の口から事情を説明した方が良いだろう」
「ハイ、ボウマンさん。よろしくお願いします」
「おい、誰か隊長がどこに行ってるか知ってるか?」
「ああ、隊長なら少し前にのどが渇いたとか言って食堂の方に降りて行ったなあ」
「またエールかよ。それじゃあウィキンズ行くぞ」
「ハイ、ボウマンさん」
昼食も過ぎ自主訓練のさなかだ。
三の鐘を過ぎれば休憩に訪れる者もいるのだろうが、今の時間の食堂はガランとして誰も見当たらない。
ボウマンとウィキンズは食堂に来たが、エリン隊長は見当たらなかった。
「オーイ、エリン隊長」
ボウマンが呼んでみるが当然返事も無い。厨房の中を覗くがそこには誰も居なかった。
「ボウマンさん、あそこのドアが開いてる」
ウィキンズが厨房の奥の片開きのドアを指さす。薄暗いドアの奥にはかすかに下りの階段が確認できた。
「地下の倉庫の扉みたいだなあ。行ってみるか」
そう言ってボウマンが厨房の中に入って行く。
中は半地下になっている様で、一階の足元部分に開けられた明り取りから光が入っていた。
樽や袋が積みあがった地下倉庫の中は薄暗く、思ったよりも広い。階段の上から覗き込むと反対側の壁にも大きな階段と両開きの扉が見える。
荷受け口の様だ。
その階段の下にこの厨房の料理人らしい痩せた陰気臭い男が立ちすくんでいた。
気になったウィキンズはボウマンを追い越して階段を駆け下りる。
「おい、ウィキンズ。走るな!」
ボウマンが慌てて駆け下りてくる。
ウィキンズの眼に入ったその中の光景は、部屋の隅で怯えて震える少年とその前に立ちはだかる軽装鎧の男の姿だった。
【4】
「パブロ―――!」
軽装鎧の男が驚いて振り返る。
「パブロから離れろ!」
ウィキンズは軽装鎧の男めがけて突っ込んでいった。
「なんだ? このガキは?」
軽装鎧の男はウィキンズを捕まえようと覆いかぶさって来る。
ウィキンズは軽装鎧の肩紐と服の袖をつかむと回り込んで大外刈りを入れる。
「おっ、おおっ」
投げは決まらないがバランスを崩して尻もちをついた。その隙に壁際の少年に駆け寄る。
「ウィキンズ兄ちゃん」
震える声でパブロが名前を呼ぶ。
「エリン隊長、一体どういう事です」
エリン隊長はそれに答えず不敵にほほ笑むと立ち上がった。
「オイ、小僧お前今何をやった?」
「パブロに触れるな。お嬢に約束したんだ。無事に連れて帰るって」
そう叫ぶとウィキンズは又エリン隊長に突進してゆく。
エリン隊長はさっきの大外を警戒し足を開いて踏ん張ると、両手でウィキンズの襟をつかみ覆いかぶさろうとしてきた。
ウィキンズはエリン隊長の鎧の紐を両手で掴むと、ぶら下がるように体重を落とす。
エリン隊長の身体はウィキンズの体重とのしかかった自分の勢いに押されて前のめりに倒れ込んだ。
ウィキンズはそのまま背中から倒れ込んでエリン隊長の腹に右足を押し込む。
今度はきれいに巴投げが決まった。
「ワハハハ、面白れぇ。お前の体術捌きてぇしたもんだ。小僧見どころがあるぞ」
エリン隊長は警戒するウィキンズを尻目に、立ち上がると鎧のほこりを払いながら豪快に笑った。
「お前年は幾つだ? 何歳でも良いや。明日から練兵場に来い。俺が鍛えてやる」
「エッ、エリン隊長?!」
「おうボウマン。お前が連れてきたのか。お前もなかなかいい目してるなあ。明日からこいつの面倒を見てやれ」
ウィキンズは突然の展開に付いて行けず呆然と立ちすくんでしまった。
「いや、エリン隊長。違うんです。そうじゃなくて」
ボウマンも突然の展開に混乱している。
「なあ、ウィキンズ。お前の探してたのはその子供か?」
パブロは泣きながらウィキンズにしがみついている。
「ええ、まあ。そうです」
「じゃあ、一応迷子の確保は終了だなあ」
「なんのことだ? ボウマン」
「こっちこそ聞きたいですよ、エリン隊長」
「いやあ、おれはだなあエールを貰いに来てみると誰も居なくてな。厨房を覗くと地下の倉庫から子供の泣き声が聞こえるから降りて行ったら、この調理人がそこの子供を捕まえて引きずっていたんで事情を説明させようとだなぁ」
そんな話をしていると食堂に沢山の人が入って来る足音と話声が響いた。
ざわめきがして、そのうち幾人かが大声をあげてエリン隊長とボウマンの名前を呼び始めた。
「うるせーなあ。わかった、わかった」
そう言うとエリン隊長は階段に向かう。
ウィキンズはパブロを連れてその後に続いた。
最後にボウマンが調理人の腕をつかんで階段に向かう。
階段の上には何故かジャックが立っていた。
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