第28話 練兵場(1)

【1】

 ダンカンが今の話をレイラに知らせに行こうとした時、ポールの弟のパウロが泣きながら飛び込んできた。


「パブロにいちゃんが馬車に乗って行っちゃった。ポールにいちゃんがだれかに知らせて来いって言ったから帰ってきた。ポールにいちゃんは怒って追いかけて行った!!」


「要領を得ないなあ。落ち着いて話せ。」

 パブロの代わりにエドが答える。

「あのねー。パブロがブラドの馬車に勝手に忍び込んだんだよー。気付いたポールが追いかけてるんだよー」

「なんてこった! みんな! 探しに行くぜ。」

 グレッグが勢い込んで叫ぶ。


「待てよ、バカ野郎! いったいどこを探すんだ!」

 ダンカンがグレッグを諫める。

 緊迫した状況の中で又ひどくのんびりとしたエドの声がした。

「たぶん練兵場で馬車に乗ったんだよー。だから馬車は救貧院に帰るかバルザック商会に戻るかどっちかだと思うよー」


「よし、ピエレット。すまねえがバルザック商会を張ってくれ。グレッグはバルザック商会から練兵所の道中を探す。俺とピエールは練兵所から救貧院に向かっての道中を探す。それからウィキンズやジャックを見かけたら声を掛けて一緒に探させろ。ただし二人一組で絶対一人で行動させるな。それ以外のガキどもは工房に帰らせろ。肝に銘じてくれ」


 グレッグとピエレットが工房を飛び出して行く。

「それからエドはパウロを連れてレイラ様の所に報告に行け。気付いたことは全部話せ。お前は気付いてても聞かれなきゃ話さないからなあ」

 ダンカンが皆に指示を飛ばす。

「わかったよー。行ってくるよー」


 そして最後に工房に残った子供たちに大声で告げる。

「おい! ガキども! お前たちはこの工房から一歩出ちゃあいけねえ。抜けだしたら明日から仕事は無しだ。おめえらはライトスミス木工所のセイラ嬢ちゃんが責任をもって預かってるガキどもだ。誰一人ケガや事故にあわすわけにはいかねえんだ。気合入れて勉強してろ!!」

 そうしてチョーク工房の主要メンバーは表に飛び出していった。


 入れ違いで帰ってきたウィキンズは残った子供達から説明に困惑し、エドがレイラ様の所に行ったと子供達から聞いてエドとパウロの後を追いかけた。

「あなたが行ってどうかなるものではありません」

 レイラの声が聞こえた。


 続いてセイラの嗚咽交じりの声がする。

「私のせいだ。わたしが余計なことを指示したから。お願いお母様行かせてください」

「あなたが探しに行っても状況は変わりませんよ。ダンカンもグレッグもいるのです。それに木工所の職人も手伝いに出しました。エマもエドも同じですよ。ここから出てはいけません。もう子供のかかわる事態ではないのですから」

「わかってる。わかってるけれど」

 そしてセイラのすすり泣く声が聞こえた。


「レイラ様!」

 ドアを開けて飛び込んだウィキンズの声にセイラが驚いたように顔を上げた。

「俺、騎士団や衛士隊の方々に伝手があります。ブラドの話もしているので頼めば助けてもらえます。だから騎士団の方々と一緒に行動するのでお嬢の代わりに行かせてください。お願いします」


 レイラは少し逡巡するそぶりを見せたが意を決したように言った。

「その騎士の方のお名前は言えますか」

「騎士のボウマンさん、衛士のタイレルさん、それから」

「わかりました。必ず騎士か衛士の方と一緒に行動してください」

「有り難うございます、レイラ様。お嬢! 必ずみんな無傷で連れて帰って来るから、ここで待っていてくれ」


「でもウィキンズも無茶をするから」

「一番無茶をするのはお嬢だろ。あれに懲りたから俺がするのはみんなを連れ帰る事だけだ。後の事は衛士隊か騎士団に任せるから。わかったな」

「うん、約束だよ」

 それだけ告げるとウィキンズも練兵場に向かって走って行った。


【2】

「ちょう、待て、おい、暴れるな。落ち着け。俺の話を聞け!」

 アルビドは腕の中で暴れまわるジャックを宥めるように言った。

 それでもジャックは止まらない。


 床や壁を蹴りつけるドンドンと言う音に気付いたらしく部屋のドアが開いてミカエラが顔を出した。

 驚いて声を上げかけたミカエラに大声でアルビドが言う。

「待ってくれ、ちょっとあんたに話が聞きたいだけだ。この小僧も声を掛けたら暴れ始めたんで抱えてるだけで何もするつもりはねえ」


 騒ぎに気付いた通行人や周りの住民がぞろぞろと顔を出してくる。

「見てみろ、こんな大勢の中でバカな真似をするとでも思うのかよ。本当に少し話が聞きたいだけなんだ。みんなちょっと落ち着いてくれ」

 そう言ってジャックを床に降ろすと手を離した。


 ジャックは暴れすぎて疲れたようでその場で尻をついてへたり込んだ。

「それでおっさん。俺に何の様なんだよう」

「まずは自己紹介からだ。俺の名はアルビド。昔王都でお前のオヤジのディエゴの下でパーティーメンバーをしていた戦士だ。お前のお袋のジャクリーンも同じパーティーだった。ジャックお前とも会ってるんだぜ。まだ乳離れもしてねえガキだった頃だがな」


「あのう、それで私に何の御用でしょうか」

 ミカエラがアルビドに言った。

「そうそう、あんたバルザック商会で働いてるんだろ。あのドブネズミのカレブの事について知りてえんだ」

「ドブネズミのカレブ? どなたの事でしょう」


「だからバルザック商会の商会主のカレブだよ。カ・レ・ブ」

「商会主はブラド・バルザックさんですよ」

「じゃあいつも店に居るあの男、カレブの事を…」


「ちょっと待ってくれ、おっさん。あの店のあの男はカレブって言うのか?」

「ああ、冒険者上がりのスカベンジャー。ドブネズミのカレブだよ」

「それじゃああいつは今、ブラド・バルザックって名乗ってるぜ」

「ええ、先代のウラジミールさんの甥だって言ってました」

「そんな訳はねえ。あいつは根無し草の冒険者だった。解せねえなあ」

「どうぞお二人とも中に入ってください。お話を詳しく聞かせてください」


 招き入れられた二人は椅子に座り出されて水を飲みながら話を始めた。

「おっさん、初めにアンタの素性を知りてえ。疑ってるわけじゃないが素性が分からなけりゃあ信用も出来ねえ」

「そう言う偉そうな顔はディエゴにそっくりだなあ。まあ無鉄砲で考え無しのその行動はジャクリーンにそっくりだけどよう」

「うるせえ、あいつの話はするな」

「お前の両親の話を抜きに説明できないぜ。そもそもさっき言ったが俺はディエゴとジャクリーンそれに治癒術師のヘッケルとアーチャーのロビンの五人で王都でも有名なAランクのパーティーだったんだ」


 ジャックの父のディエゴは剣技もずば抜けており信義に熱く王都でも評価の高いパーティーだったらしい。

 その為解散する二年ほど前からは聖教会の依頼を受けて聖女の身辺警護をする聖堂騎士団長の下で正規の騎士ではできない仕事を任されていたという。


 当時の聖女は今の教皇と軋轢が有り、高額の寄付を取って行う治癒魔術のやり方に不満を持っていた。

 幼いころ聖教会に入った聖女の世話をしてきたのは清貧派の聖導女や聖導師・聖堂騎士だったのだが、聖女が金になると気づいた当時の枢機卿(現教皇)が取り込みにかかった。


 その結果聖女の身辺警護や仕事の管理をする文官は教導派の教皇派閥で固められ、聖女の信用のおける者は幼い頃から仕えたドミニクをはじめとする数人の清貧派聖導女たちと聖堂騎士から出世したスティルトン聖堂騎士団長だけに成ってしまった。


 その為スティルトン聖堂騎士団長は自分の信頼のおける市井の冒険者パーティーを秘密裏に使い、聖女のバックアップをさせた。

 要はお忍びでの貧民街や農村等での治癒施術の護衛である。

 聖女は特に極貧の子供たちへの施術に力を入れ無理を押してでも赴いた。


 そんな聖女に対して現教皇はさらに圧力をかけて取り込みを図ろうとした。

 婚姻である。

 聖女ジョアンナは別に聖教会の授戒を受けているわけではなく聖職者ではないので婚姻は可能なのだ。

 現教皇は自分が侯爵家の三女に産ませた息子に聖女ジョアンナを娶らせようと考えた。

 聖女との婚姻の後その箔付けにより自分は教皇に、そして息子を枢機卿にして自分の後を継がせるか、侯爵家から分家させて爵位を貰い聖女の子を後釜に据える事を企んでいた。


 それに対して反発したのは聖女の実家である伯爵家だった。その上聖女はいつも自分に寄り添い実直に助けてくれたスティルトン騎士団長と恋仲になっていた。

 そして聖女は清貧派の聖導女の手引きで秘密裏にスティルトン騎士団長と結婚し一子を設けた。

 しかし幸せは続かなかった。

 結局聖女は出産とその後の無理な職務がたたって帰らぬ人となった。


 スティルトン騎士団長は職を追われ我が子を連れて出奔する事に成ってしまった。

 その出奔を手助けしたのがディエゴ達のパーティーである。

 当時幼いジャックを抱えたジャクリーンはパーティーを外れており、ディエゴの命令で王都の自宅で待機させられていた。


 ディエゴ達の使命はスティルトン騎士団長と聖女ジョアンナの子供を西部の騎士団長の両親のもとに送り届ける事。

 この時馬車の手配を依頼した相手がカレブであった。カレブは故意か過失かは解らないが、馬車の件を教導騎士団に悟られてしまった。


 その結果騎士団長とディエゴとアーチャーのロビンが教導騎士団の足止めに残った。

 アルビドと治癒術師のヘッケルが赤ん坊をすスティルトン騎士団長の実家に預けて王都に舞い戻った時には、スティルトン騎士団長とディエゴは討ち死にしロビンは左手の腱を痛めて弓が持てない状態になっていた。


 アルビドはヘッケルとロビンとジャクリーンを集め、主の居なくなった家で話し合いこれまで貯めた資金と武具を四人で分け合って解散を宣言した。

 そして四人とも王都を後にしてお互いに音信不通になった。


「でもそのカレブさんがなぜ、ブラドと名乗ってこの街の商会主におさまっているのでしょう」

「そこなんだ。あいつは碌に計算もできない、字も読めない。そんな奴に商店主が務まる訳がない。そもそも売買契約や領収書のサインはどうやってるんだ。契約内容も解らないだろう」

「ええ、あの人がここに来て二年経ちますが、商会で書類契約をしているところは見たことが有りませんね。いつも契約書類を持って帰ってきて渡されるだけです」


「なあアルビドのおっさん。あんたはなんで今頃になってこの街に来たんだ?」

「ああ、俺は王都に残ってソロで冒険者を続けていたんだがそこにアーチャーのロビンがやって来たんだ。聖教会や騎士団の伝手から仕事を貰って流れの冒険者をやっていたらしい。もともと強弓を引くアーチャーだったから腕力は十分にあるんで片手剣と軽装弓を操る冒険者として食っていたそうだ。それが二年ほど前にスティルトン騎士団長の両親のうわさを聞いてその村に行ってみると、騎士団長の両親は亡くなっていたそうだ。そして聖女様の実家の伯爵家から子供を引き取るために来た使いがジャクリーンだったんだと」


「えっ、母ちゃんが!?」

「ああ、ロビンはそのあと冒険者をやめて騎士団の伝手で聖教会の仕事を貰ったそうで、この間奴が王都に来た時に再会してその話を聞いたんだ。それでな、気になってこの街を訪ねてきたらジャクリーンは二年前から行方知れずって言うじゃないか。おまけにドブネズミの野郎がこの街で商会主におさまってやがる。あの無鉄砲なジャクリーンのこったから厄介事に巻き込まれていないか気になって調べてみたが埒が明かねえ」


「私は良くは知りませんが、冒険者の間ではジャクリーンさんは慕われていたようですね。街の人や先代の頃に出入りしていた冒険者の方達からは色々噂は聞いた事が有ります」

「そうなんだろうなあ。だからよそ者の俺には警戒して口を開いてくれねえ。八方塞がりだ」


「あのなあ、おっさん。母ちゃんはどうも定期的に俺の為に金や食料や色々と伯父さん夫婦に充てて送って来てるようなんだ。伯父さんも義伯母さんも何か知ってるようだけど教えてくれねえ。義伯母さんは俺に母ちゃんには世話になってるし感謝してるって、だから母ちゃんを恨むなって言ってたけども理由は話してくれない。だからおっさんが行っても多分教えてもらえないだろうと思う。でも多分元気で生きてることは確かだと思うんだ」


「ああそうだろうなあ。ジャック、おめえはジャクリーンがベタベタに惚れて惚れ抜いた英雄ディエゴの息子だ。そんなお前をジャクリーンが捨てる訳などねえ。きっとやむにやまれぬ事情があるんだ。察してやんな。もうすぐ聖年式だろう。もうガキじゃねえんだ。両親に誇りを持て」

「そんな事は解ってらぁ」

 ジャックはすねたように口を尖らせた。


「アルビドさん。でもブラド・バルザックっていう人は居たんですよ。先代のウラジミールさんからも聞いていたし葬儀の時の戸籍簿にも載っていました。ウラジミールさんはとても嫌っていたようですけど居たことは間違いありません」


「そうなんだよな。本物のブラドが居て、実際の取引はそいつがやってるんだろう。そもそもカレブの野郎は生ごみを集めて何をやってやがるんだ」

「たぶんどこかに売っているんでしょうけれど、そんな物買う人がいるとも思えないんです」

「あの馬車は聖教会の馬車だそうだぜ。馬車がよく止まってるのが、砕石場と裏通りの酒場、冒険者ギルドに練兵場ってとこかなあ」


「ギルド、練兵場、聖教会辺りを洗ってみるのが正解かな。そのあたりに本物のブラドが居そうだが、顔も解らねえからお手上げだ」

「それじゃあ私も一緒に行きましょう。以前商会で見た事のある人かもしれませんから少しは助けになると思います」

 そうして三人は連れ立って練兵場に向かった。

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