第27話 荷馬車(2)

【4】

 ジャックはその日、地元の裏通りの商店や民家の流し売りに廻っていた。もちろんブラドとアルビドを探すためだ。

 バルザック商会は昨日からまたミカエラさんが休んだことも有り店を開けていなかった。外から様子を窺ってみても人の気配がないのでブラドは留守をしている様だ。

 ルイスやマイケル達はブラドに顔を知られているし読み書きも不十分なのでマヨネーズ売りは出来ない。今は工房でチョーク作りと併せて読み書き・算術を習っている。


 その為ジャックはバルザック商会の見張りは自分の担当だと勝手に決めて、最近はこの辺りで頻繁にマヨネーズ売りをしている。

 そしてどこかから帰って来るブラドを見つけたのだった。


 手に何枚かの書類を握り締めて商会の事務所のカギを開こうとしていると、どこから現れたのかアルビドがブラドの肩を掴んだ。

「お前何やってんだ。ケッケッケ、碌に字も読めねえくせに書類束なんぞ抱えてよう。」

「うるさい! お前には関係ない事だろう。俺は商会主だぞ!」

 ブラドはアルビドを突き放すと店の中に入って行く。


「そうつれない事を言うな。なんなら俺が代わりに読んでやろうか」

「帰れ。お前の世話になどならなくてもやれるんだよう。俺はもうお前みたいな冒険者じゃねえんだ。トットと失せやがれ」

「御大層な文句を並べるじゃねえか。碌に数も数えられなかったごろつき冒険者の癖に。まあそれくらいの書類なら俺が読んでやるよ」

 そう言ってアルビドはブラドの後から店に入って行った。


 それの様子を見ていたジャックは血の気が引くのが分かった。

 アルビドは字が読める様だ。あの様子なら簡単な証文や取引書類なら読めそうだ。

 今、あの店の書類綴りの大半は偽物と入れ替わっている。それもエマが書き損じた契約書類や売り上げ一覧とマヨネーズ売りでの廃棄書類が大半である。


 商工会の正式書式で書かれているため見た目は同じに見えるが、文字を読めば偽物であることは一目瞭然だ。もしアルビドがそれを読んだら不味い事に成る。

 最悪の場合ミカエラさんに危害が加えられることも考えられるのだ。


 ジャックはしばらく考えてから意を決して、バルザック商会に飛び込んだ。

「ごめんよ」

 急に入ってきたジャックにブラドが驚いて顔を上げる。

 机の上にはバラされた書類綴りが乗っていた。

 今日持って帰ってきた書類を綴りなおそうとしていたようだ。

 そして店の中にアルビドは居なかった。


「なんだ、マヨネーズ売りのクソガキじゃないか。何の用だ」

「この店に背の高いオヤジが来なかったか? マヨネーズを売ったけど釣り銭の額が違うんだ」

「チッ、あの野郎らしいセコイ真似をしてやがる。そいつならさっき裏口から出て行ったぞ」


「あんたの店の人じゃないのか?」

「あれは只の冒険者だ。うちには関係ない」

「どこに言ったか知らねえか」

「知るわきゃ無いだろう! そんな事」

「なんでも良いから教えてくれ。腹の虫がおさまらねえ。見つけたら衛士に突き出してやる」


「そいつは良いなあ。何かうちの店の会計の女の名前を聞いたら出て行ったぞ。未亡人だと教えたやったから、もしかしたらそいつの所に行ったのかもな」

 そう言うとブラドは下卑た笑いを浮かべた。

「すまねえ。助かった」

 ジャックはそう告げると店を飛び出した。


 ミカエラさんが危ない。急いでミカエラさんの家に向かう。

 まだアルビドは来ていないようだ。

 路地の奥の古い傾いた家屋のドアの前に行きドアノブに手を掛けようとした時だ。

 不意に腕を抑えられ口をふさがれた。

「おや、この間も会ったなぁ坊主。お前ジャクリーンの息子なんだってなあ」

 アルビドだった。


【5】

 ピエールが市庁舎から表通りに向かうと、眠そうなピエレットに出くわした。そう言えば昨日の夜は帰ってこなかったなあと思いながらマヨネーズ販売所に向かう。

「待ちなよピエール。仮にも母親に挨拶も無しかい」

「今は急いでるんだ。大変なことが分かったんだよ」

「なんだい。愚息の為に情報収集をしてやったこのわたしにその言い草は。ウリウリ」


「痛てえなあ母ちゃん。後で聞くからさあ」

「そんな大事なことなのかい? 何があったんだよ?」

「残飯漁りのブラドが偽物だったって事だよ」

「あー、そういう事か。あの残飯漁り元冒険者だったみたいだしねえ」

「え!?どういう事だい」


「だから言っただろう。情報収集してきたってさあ。ウフフフフ聞きたいかい?」

「大事な事だからさっさと話してくれよ」

「とりあえず道端じゃあ用心が悪いからどこか…」

「皆に知れてもいい話か?」

「まあ、アンタの仲間ならいいんじゃないか」

「それならチョーク工房に行こう」


 二人でチョーク工房に向かうとエドが子供たちに計算をさせていた。

「姉ちゃんたちは居ないよー」

「誰でも良いよ。ダンカンさんでもグレッグさんでも呼んできてくれ。一緒に話を聞いて欲しい」


 店主のオスカーは商工会に出かけて留守だった。

 手代のダンカンと子供たちのお目付け役のグレッグに来てもらって話の内容によってレイラに伝えてもらう事に成った。

 まずはピエールが見てきたことをみんなに話した。

 今のバルザック商会のブラドは偽物である事。

 本物のブラドは元市庁舎の見習い官吏で今は市庁舎から聖教会への喜捨の受け取りの担当をしている事。

 そして例のバルザック商会の荷馬車の御者が本物のブラドだった事。


 それを受けてピエレットが話始める。

「バルザック商会の残飯漁りの話さ。あいつはドブネズミのカレブって呼ばれた元冒険者らしいんだ。十年ほど前まで王都のギルドを拠点にジャクリーン達のパーティーに寄生して荷物持ちやスカベンジャーの仕事を手伝っていたらしい。ジャクリーンの旦那って言うかジャックの父親のディエゴはパーティーリーダーで評判の良い冒険者だったらしいよ。それで教会の教導騎士の手伝いをしていたらしいんだけどカレブのせいでクエストをしくじって死んじまったそうだ。」


「結局ディエゴのパーティーは解散して、乳飲み子を抱えたジャクリーンはこの街に帰ってきてジャックを兄貴夫婦に預けてソロの冒険者に戻ったって事はみんな知ってる話だよね。カレブはそのまま王都のギルドに残って狡すっからい仕事をしていたらしいんだけど、二年ほど前に教導騎士崩れの冒険者と姿をくらましたらしいんだ。」


「えらく詳しいなあ。」

「最近王都からその教導騎士崩れの冒険者を探してやって来た冒険者が酒場に出入りしてるのさ。そいつが残飯漁りを見かけたらしくてね。わたしの知ってる野郎の情報と引き換えに教えてもらったよ。残飯漁りの話とかバルザック商会の場所とかと引き換えにね」


「そう言えば母ちゃん、ジャックのお袋が居なくなったのはその頃じゃなかったか」

「そうだねえ。洗礼式のすぐ後だったからその頃かねえ」

「そもそもジャクリーンはなんでいなくなったんだ?」

「分かんない。ジャクリーンの兄貴のパーヴェルに聞いても教えてくれなかったし。仕事をしくじったって訳でも無いらしいよ。常連の冒険者も不思議がってたもの」


「もしかして死んでるとかの話はねえんですかねえ」

「多分ないと思うね。冒険者の間じゃあ評判良かったし、腕もたつけど危ない仕事は受けない慎重な冒険者だって聞いてたし。それにね、パーヴェルの所にずっと金とか食い物とか送って来てるらしいよ。はっきりとは言わなかったけどパーヴェルのおかみさんが世話になってるって言ってたから」


「なあ母ちゃん、その王都から来た冒険者ってアルビドじゃねえのか」

 一瞬ピエレットの眼が泳いだ。

「やっぱりそうだな。まさかジャックの情報も話したんじゃないのか」


「バカにおしでないよ! それは言う訳無いじゃないか! ジャックはアンタの仲間じゃないか。ジャクリーンも古くからの私の友達だよ。ジャクリーンの事も聞かれたから反対にこっちから聞き返してみたけど、あいつもジャクリーンのそれ以上の事は何も教えてくれなかったけどね」


「ジャクリーンの事はいいから、バルザック商会の事を整理してみようじゃないか。このままじゃあゴチャゴチャしすぎてわからねえ」

 ダンカンが言った。


「残飯と喜捨を取り換えてるんだよー」

 全員がエドの方を振り返った。

「だからー。市庁舎の救貧院への喜捨をどこかに売って、救貧院に残飯を喜捨してるんだよー」


「ああ多分そうだわねえ。うちの店で出るのは残飯って言っても、貧民街の屋台なんかよりはよっぽどましなものを使ってる。客の喰い残しでも煮込んじまえば十分食べられる。だから残飯漁りをされないように、金を払ってバルザック商会に処分させてるんだ」

 ピエレットが腹立たしそうに吐き捨てる。


「冒険者ギルドの酒場でも練兵所の食堂でも見かけたって話ですからそこでも同じことをやってるんでしょうねえ」

 グレッグ兄さんもそれに同意する。


「さて、そこでだ。市庁舎の喜捨をどこに横流ししているかだな。旦那方が調べた限りではバルザック商会の販売品目は乾物や干物・燻製が主な品目らしい。豆やライ麦、ましてやエールなんぞ店頭では扱っていない」

 ダンカンさんが言う。


「それは喜捨を受け取って直ぐに本物のブラドが横流し先に持って行ったからだろう。偽ブラドのドブネズミとか言う野郎は書類だけ持って歩いて帰ったようだしね」

 ピエールが見た情報から推測する。


「ああそれは間違いないだろう。ドブネズミ野郎は多分横流し先は知らない。あいつは後日残飯を集めて救貧院に運ぶ役目だ」

「それだけじゃないよー。バレたら全部カレブのせいにするんだよー」

「そうだな。だから本物のブラドは正体を明かさないんだ」


「後は横流し先だ」

「うちの酒場は違うよ! エールはともかく豆やライ麦なんてほとんど使わないもの」

「それはねえー。練兵所の食堂だよー」

「なんでだよエド!」

「酒場で豆やライ麦はそのまま使わないけど練兵場の食堂は豆のスープやライ麦粥を出すからだよー」

「「「「それだ!」」」」

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