第26話 荷馬車(1)

【1】

「ウィキンズ、お前の言ってたバルザック商会に最近出入りしている冒険者がいるぞ」

 そう教えてくれたのは騎士のボウマンだった。

 最近この街の冒険者ギルドに現れた流れ者の冒険者の様で、そいつが毎日のようにバルザック商会に現れているとのことだ。


 ウィキンズは同じような話をピエールからも聞いている。アルビドと言う冒険者の男がジャックのお袋さんの行方を聞いて回っているとか。ピエール本人もジャックの事を聞かれたらしいが知らんふりでやり過ごしたらしい。

 ジャックには内緒にしているが、あの性格だから本人の耳に入れば自分で探しに行ってもめ事になりそうだ。


 お嬢が謹慎を食らって家に閉じ込められている。多分帳簿の事で叱られたのだろう。今、メンバーの暴走に歯止めをかけられるのは自分だけだとウィキンズは判断した。

 マヨネーズ売りの皆には“仲間の名前と住み家は絶対に人に明かすな”と箝口令を敷いているが、主要メンバーには再度徹底した方がよさそうだ。


 ウィキンズは情報交換もかねてボウマンに相談することにした。

「ボウマンさん。その冒険者は多分アルビドっていう男だと思う。ウチの仲間がバルザック商会のブラドと怒鳴りあってるのを聞いたんだ。それにそいつはウチのジャックのお袋さんや家を嗅ぎまわっているらしいんだ」


「ジャックってあの 向こうっ気が強い跳ね返りかい」

「もし知れたらあいつ暴走しそうでね」

「ブラドって男はどうもヤバそうな奴みたいだね。衛士のタイレルもお前に教えられてから調査に入っているよ。アルビドって男もそいつに関係しているなら子供は関わらない方が良い。野郎ども! 聞いただろ。騎士仲間でも子供たちに気を付けてやってくれよ」


「それはそうと、ジャックのお袋さんは冒険者に付け回されるほどの美人なのか?」

 一緒にいた騎士たちが興味津々で聞いてくる。

「いや、ジャックのお袋さんは二年前に行方をくらましてるんだ。ジャクリーンて言う元冒険者さ」


「ジャクリーン! 投げナイフか!」

「ジャクリーンの息子なのか」

 騎士たちが一瞬驚いた顔になった。

「有名なのかい?」


「ああ、ジャクリーンなら騎士仲間に縁のある冒険者だったよ。恩も有るし、そのアルビドって奴はお前らには絶対近づけさせないさ」

 騎士たちの助力を了承してもらいウィキンズは少しホッとして、みんなの暴走を抑えるべくチョーク工房に帰って行った。


【2】

 その日ピエールは市庁舎の周辺で流し売りをしていた。

 官吏の邸宅や下級役人の住宅が集まる地域でピエールは女中や小間使い達から可愛がられていた。

 母譲りの中性ぽい見た目と柔らかい物言いは女性受けが良く、富裕層の多いこの地域で割と売り上げを上げていた。


 そこで市庁舎の前に停まっている馬車が目に付いたのだ。例のバルザック商会で見かける馬車である。

 そして御者席に座っていたのは紛れもなくブラドだった。馬車の後ろでは黒衣の男と下級の役人らしい男が何やら話している。

 暫らくすると下級役人らしき男は市庁舎の裏手の倉庫の扉を開けて中に消えた。


 そして入れ替わりに麻袋を抱えた荷役夫が二人現れた。

 黒衣の男が荷役夫に指示を出して荷馬車の荷台に麻袋を次々に積み込ませている。麻袋を十袋ほど積み込むとさらに樽を二つ転がしてくる。

 荷役夫が樽の積み込みをしていると倉庫の中から倉庫番の老人が数枚の書類を手に出てきてブラドに渡そうとした。


 ブラドは手を振って老人に何か告げると黒衣の男を指さした。老人は黒衣の男のもとに行き書類とペンを渡す。黒衣の男はそれにサインをすると老人にペンと書類束の幾枚かを渡し御者台のブラドの隣に座った。

 ブラドは男から書類を受け取ると御者台を降りて徒歩で裏通りの方角に歩き去った。多分店に帰ったのだろう。


 黒衣の男はつばの広い帽子を深く被ると馬車を出そうと手綱を握った。

 ピエールは思い切って黒衣の男に近づき声をかけた。

「おっちゃん、どこの商会だい。食い物を扱ってんのならマヨネーズも買ってくれないかなあ。」


 黒衣の男は胡乱気な眼差しでピエールを見た。

「マヨネーズ売りのガキか。最近はどこにでもいるな」

「どうだい、まとめて引き受けてくれるならいくらか割引させてもらうぜ」

 そう言いつつピエールは帽子の下の顔を覗き込んだ。

 男は顔を背けるとピエールを追い払うように指先を振った。

「間に合ってる。忙しいからどこかへ行け!」

 そう言うと手綱を振って馬車を出した。


「話くらい聞いてくれても良いじゃねえか」

 去って行く荷馬車に一言悪態をつくと、ピエールは倉庫の扉を閉めようとしている老人のそばに行く。

「なあ爺ちゃん、あの馬車の荷物は食い物か?」

「ああ、豆とライ麦。それからエールが二樽だったかな」

「じゃあやっぱり食い物の商会だったのか」

 ピエールはそう言うと老人の手元の書類を覗き見た。

 綺麗な字でバルザック商会ブラド・バルザックとサインが見える。


「なあ、あの荷馬車のおっさんは誰だい? 売り込みたいんで教えてくれないか」

「あー!?」

「タダとは言わねえ。こいつをやるからさぁ」

 壺売りのマヨネーズを老人に渡す。

「仕方ねえなぁ。あれはバルザック商会のブラドとか言う男さ。毎週ウチの倉庫に荷受けに来る」


「え? あの黒い服の帽子の男だぜ」

「ああ、あれがブラド・バルザックだ。二年前まで市庁舎の見習い官吏をやってたうだつの上がらない小狡い男でなあ。それが大叔父とか言うのが死んで商会を継いだらしい。その伝手で市庁舎の、教会への喜捨の運搬の仕事を受けたんだろうさ」


「えっ? あの荷物は教会への喜捨なのか?」

「ああ、役所から救貧院に支給される喜捨だよ。市庁舎の古くなった備蓄を毎週少しずつ喜捨して新しい備蓄と入れ替えてる」

「それじゃあただの運送屋じゃねえか。マヨネーズの売り込みはどうするんだよ!」

「そいつは知らねえなあ。お前の望み通り名前と店は教えたからこいつは返さねえぜ。なによりこの書類に全部書いてあるんだよ。お前も字が読めれば損はしなかったのにな」


 マヨネーズ一壺で思わぬ情報が得られた。

 役所の見習い官吏なら出自は間違いないはずだ。

 書類の記述との齟齬もない以上、あの老人は嘘は言っていないだろう。

 あの黒衣の男がブラドならこれまでバルザック商会に居座っていた男は誰だ?

 セイラに相談するのが一番なのだろうが謹慎を食らって工房には出てこれない。

 ウィキンズと相談して対策を決めるしかないようだ。

 ピエールは悔しがるふりをして老人に一言“チクショウメ“と悪態をついて帰路についた。


【3】

 ポールは弟達を引き連れて旧市街に向かう道の途中を馬車の後を追って走っていた。

 例の馬車が何やら積み込んで練兵場に向かって走っていたのだ。

 ポールが追い付いた時には、練兵場の裏でなにやら荷台の片付けを始めていた。


 ポールは練兵場の食堂に向かい料理人に訊ねる。

「なあ、さっき裏に停まっていた馬車は何の用事でここに寄ってんだ?」

「何だ? お前は」

「ああ、えーっとあの馬車が食料品の卸をしてるのならマヨネーズも扱って貰えないかと思ってね」

 調理人は胡散臭そうにポール達を見て邪魔くさそうに言った。

「知らねえよ、そんな事は。ここは物売りの来るところじゃあない。トットと帰れ」


「おいおい、まだ子供じゃないか。そう邪険にしてやるな」

 そこに軽装の革鎧に木剣を持った男が割り込んできた。

 騎士団では鬼と言われるエリン隊長だ。

「あっエリン隊長。いえね、隊長の口利きで降ろして貰っている商会にマヨネーズを売り込みたいとか言って乗り込んできやがったんで」

「おい、マヨネーズ売り。銅貨二枚分だ。」

 そう言ってポールに銅貨を投げてよこした。

 隊長はポールがマヨネーズを計っている間に料理人からライ麦のパンとソーセージを受け取ると、エールのジョッキを抱えて席に座った。


「口利きと言っても、俺も人に頼まれて仲立ちをしただけでな。入荷する食品に特に問題はないし、値段も手ごろだ。その上残飯まで引き取ってくれると言うからここに紹介しただけだ。件の商人とは俺も面識がないんだ。その代わりと言っちゃあ何だが正午と三の鐘の頃にここに来れば人も多いから買ってくれる奴もいるかも知れんぞ」


「そっ、それならまた明日きます。それであの馬車はどこの店なんでしょう」

「うーん、それもよく知らんなあ。親父! あの馬車はどこの店の馬車なんだ?」

「あれは新市街のバルザック商会とかいう店の馬車ですよ、隊長」

「それで結局ナニを卸して貰ってる?」

「豆とかライ麦とかエールでさぁ。それにカブや玉ねぎも時々持ってきますかねえ。物は悪くないし、値段も市価より少し安い。それにゴミを回収してくれるのは助かりますんで」

「だそうだ。これで良いか」

「ありがとうございました。エリン隊長」

 ポールはそう告げると店の外に出る。


 通りにはもう馬車の姿はなかった。

 ポールは一旦工房に引き上げようと考えて弟達を探した。

 弟のパウロは二人分の背負子を抱えて裏口にぼんやりと立っていた。

「おい、パブロはどこに行った? 便所か?」

「ちがう。馬車にのっていった」

「おい! どういう事だ」

「だからさっきの馬車がしゅっぱつするからゆきさきをたしかめるって、かくれてのっていった」


 ポールは自分の頭から血の気が引くのを感じた。

「パウロ! 馬車はどっちに行った」

「うーんと、あっちの方」

 旧市街の城門に続く通りを指さした。

「パウロ! お前今すぐに工房に戻ってグレッグさんかウィキンズでもジャックでもピエールでも良いパブロが居なくなったことを知らせて応援を貰ってこい。今すぐにだ! トットと走れ!」

 ポールの剣幕に驚いたパウロは頷くと新市街目指して走って行った。

 ポールは三人分の背負子を抱えると城門に続く通りを馬車を探して歩き始めた。

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