第19話 ジャンヌの同居人
【1】
ジャンヌは少々落ち込んでいた。
入室した時に同居予定だった他の三人が次々と部屋を移ってしまったからだ。
そもそも四人部屋に四人は狭すぎるので、よほど貧乏な子女で無ければ入居する事は無いのだがそれでもである。
本来四人部屋は裕福な子女がメイドを伴って一人で借りるか、二人で入居する場合が多い。
それでも何室かは四人で入室している娘たちもいる。ジャンヌも贅沢をする気は無く四人部屋で三年間過ごすつもりでいた。
それが他の全員が入居せずに他所に移ってしまったのだ。
聖女の名前に恐れをなしたか、教導派に怯えたのか三人とも入室前に別室に移ってしまった。
幼いころから聖女として暮らしていたので、同年代の友達と寮で暮らすのを楽しみにしていたのだが、この状況は少々辛かった。
もちろん聖女を慕う娘たちは沢山やってきて寂し訳では無いけれど、その状況はグレンフォードの大聖堂とあまり変わらないのだ。
それに一人分の入居費で四人部屋を使っていること自体が気が引ける。
このままの状態が続くのなら二人部屋に変えて貰おうかとも思う。
それが入学式の前日になって新しい入居者が来ると告げられた。
シュナイダー商店と言う大きな商家の娘で裕福な少女だと聞いた。
それで沈んでいた気持ちも上向いたが、そんな裕福な商家の娘とうまくやって行けるかどうか少々不安でもある。
【2】
「セイラ様! 大変です」
下級貴族寮の私の部屋にアヴァロン州から来た平民女子四人組が押し掛けてきた。
平民寮の状況報告という事でこの四人や南部の女子が毎日のようにやってきているのだ。
いつもは北部や東部の準貴族の入居者の動向や聖職者の入居状況の報告程度で、本命は私の部屋でお茶を飲んでクッキーを食べて帰るのが目的のようなのだが。
今日は少し様子が違っていた。
「セイラ様。大変なのです。ジャンヌ様のお部屋に新しく入居者が来るようですわ」
「入学式の前日のこの時期に…こんなギリギリになって入居って何か裏がありそうな気がするんです」
「そうですわ。予科上りの貴族ならいざ知らず、平民でこんなギリギリなんて」
「それもジャンヌ様のお部屋を狙ったようにご指定なされた様なんですよ」
「まあ四人とも落ち着いて…。お茶を飲んで、それともコーヒーになさいます? 水出しの冷たいアーモンドミルクコーヒーも有りますよ」
「「「「それを頂きます。シロップをたくさん入れて」」」」
本当に誰が入居してくるのだろう?
いや、裏で糸を引いているのは見当がつく…と言うか私だ。ナデタから連絡が入ってグリンダが動いたのだろう。
しかしグリンダがどういう人物を選定して押し込んできたのかが判らない。
「それで新しい入居者に関する情報は何かないのかしら?」
「手広く商売をされている商店の娘さんだとか」
ライトスミス商会と取引の有る商会主か何かの娘さんだろうか?
「ご出身は南部だと伺っていますわ」
南部なら該当する商店や商会は多い。
ライトスミス木工所のグループ工房や下請け工房でもたくさんあるし、どこも羽振りは良い。
「服飾を取り扱っておられる商店だと伺いましたわ。もし親しくなれたらお洒落な服をお友達価格で分けていただけるかしら」
「それは良いかもしれませんわね」
「でもジャンヌ様に仇なす方だったら大変ですわよ」
「そうね。服につられて大義を忘れるところでしたわ」
服飾か、リネンの取引でも羊毛の取引でも綿花の取引でも係わりのある商店は多い。
それにその関係は大店が多いので該当者は絞れない。
「そう言えばメイドを連れて来るそうですわ」
「清貧を体現なされているようなジャンヌ様とご一緒で大丈夫なのでしょうか」
…メイドも連れて来るのか。
まあグリンダが手配したなら当然メイドは付けるだろうけれど。もしかするとジャンヌの監視役の本命はその令嬢じゃなくてメイドかもしれない。
まあ該当するメイドも星の数ほどいるのだけれど…。
誰が来たのか確認する為私は四人と平民寮に向かった。
【3】
四人部屋のジャンヌの反対側のスペースに次々と荷物が運び込まれてきた。
コンパクトだが洒落たチェストに書棚と一体型の机と椅子。
使っていないベッドとクローゼットが片付けられて、ローテーブルとソファーが設置され壁際には食器棚も置かれた。
ベットとクローゼットのあったところは四~五人ならお茶が出来る応接スペースになった。
三つのベッド周りは衝立で仕切られて三人分のパーソナルスペースは確保された。
そして間仕切りごとの家具の意匠はまるでイメージの違う飾り板で装飾され、衝立のあちらとこちらで完全に別の部屋のような雰囲気を醸し出している。
おまけに衝立の表と裏で意匠を変えてある。
もちろん備え付けのチェストとベッドは衝立に合わせた意匠に飾り付けられた。
なによりジャンヌの衝立の意匠が家具の意匠と合わされている事が驚きだ。
荷物の搬入を行っているライトスミス木工所の職人からジャンヌの意匠を聞いて合わせたとしか思えない。
家具が片付いてしばらくすると、今度はネコ系の獣人属…獅子獣人と思われメイドがやって来た。
「お初にお目にかかります。シュナイダー家のお嬢様の部屋付きメイドで御座います。聖女ジャンヌ・スティルトン様、これからよろしくお願い致します」
そう言って一礼すると部屋に入って来た。
「少々お邪魔に成るとは思いますが、荷物の片付けをさせて頂きますが宜しいでしょうか?」
「…ええ、ええ構いませんわ」
文句を言う筋合いでも無いし、メイドの押しの強さもあって即答で了解した。
手際よく趣味の良い茶器や菓子皿が食器棚に片付けられる。引き出しにはピューターのカトラリーがきれいに並べて入れられ、綺麗なナプキンやクロスも片付けられてゆく。
ジャンヌはそれを見ながら”ホウッ”とため息をつく。別に贅沢したいとか欲しいとかと言う訳では無いが綺麗な物や可愛い物には心が動く。
次に幾つかある衣装箱から一つを開き中の衣装を次々にクローゼットに片付けて行く。
秋物の衣装なのだろう。リネンやコットンのドレスが並べられる。
少々気になるのは派手な物や地味な物、質素な物や豪華な物。どれも縫製や刺繍はよく出来ているのだが今一つ一貫性が無い。
「ジャンヌ様はどれか気に入られたドレスは御座いますか?」
「いえ、私は修道女服で十分ですから」
「それでもお気になられた物は御座いますでしょう? それに聖女様は聖職者として洗礼を受けられたわけでも御座いませんでしょ」
それはそうなのだ。ジャンヌの母のジョアンナも聖職者では無かった。
ジャンヌも漠然と聖女としての立場から修道女の格好をしているが、別に修道女だと言う訳では無い。
ジャンヌは好みと言うか、地味で質素そうだが割と細かな刺繍の入ったドレスを指さした。
「さすがはジャンヌ様。お目が高い。このドレスは派手さは有りませんがリネン生地は高品質なもので、刺繍も一流の職人が手掛けているのですよ」
そう言いながら他の衣装箱を片付けてい行く。
そうやって綺麗な物を見るのも良いものだと思いながら、メイドの仕事を眺めていると最後にそのメイドが箱を一つ手渡した。
「ジャンヌ様。私の主人からお近づきの印にとこれを渡されました。どうか受け取って下さい。いえ、高価の物では御座いません。普段使いの物です。返されると私が叱られますのでどうかお納めください」
無理に押し付けられた箱を開いてみると、メイドの言う通り本当に普段使いの皿とコップとカトラリーだった。
ただ可愛らしい造りでデフォルメされた可愛いネコの絵が全てに描かれている。
「まあ、可愛らしい! 宜しいのですか頂いて。大切に使わせていただきますわ」
「それはそれは、お気に入り頂いて嬉しいです」
急におっとりした口調の声がして、ジャンヌが入り口を振り返った。
そこには眠そうな目をした少女がドアを開いてニコニコと微笑みながら立っている。
その後ろでドタドタと数人の歩いてくる足音が響いていた。
「リオニー、お片付けご苦労様です」
そう言って少女はメイドに会釈をするとジャンヌに向かって大きく一礼して言った。
「始めまして聖女ジャンヌ・スティルトン様。わたしエマ・シュナイダーと申します。実家のシュナイダー商店共々お引き立てのほどお願い致します」
「エマ姉! なんでここに居るの?」
部屋の外からセイラ・カンボゾーラの声が響いていた。
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