第20話 入学式

【1】

 エマ姉がジャンヌの部屋に乗り込んできた。それもリオニーを連れて…。

「どうするのよー商会の運営は! 幹部クラスがみんなここに集まってるじゃないの。グリンダもセイラカフェにへばり付いているし…。何よりエマ姉は一つ年上でしょう。なぜ今になって入学なんて」

「セイラちゃん、ライトスミス商会が全国内に展開する良い機会なのよ。北部・東部に展開するなら王立学校のネットワークは大事よ」

「だからってみんな集めてこなくても…」

「そんな事無いわ。系列のアヴァロン商事もライトスミス木工所もヴァクーラ鍛冶工房もシュナイダー商店もハバリー亭もパルミジャーノ紡績組合も有名になるわ」


「いつの間に系列になったの?」

「二年前から全部株式組合にして系列化しているわ。どの組合も株式の2/3以上はライトスミス商会が抑えているわ。過半数取れていないのはロックフォール侯爵家の食品販売店とレストランだけね」

 株式組合設置のプロ、リオニーを引き込んで何やらごそごそしていると思っていたけどそんな事をしてたんだ。

「アヴァロン商事も違うでしょう」

「でも1/3はカンボゾーラ家が持っているじゃない。ライトスミス商会と合わせると2/3でセイラちゃんの物じゃない」


 エマ姉はいつの間にか自分の実家や父ちゃんの木工所まで系列化していた。

「木工・機械・服飾・紡績・食品・海外貿易、平民寮なら有力商会の子女も多く来ているからエサをバラまいて乗っ取るにはもってこいの環境じゃない。それにジャンヌ様は素材が良いから良い広告塔になるわ」


「あのー、セイラさん。そちらのエマ様とはお知り合いなのですか?」

 ジャンヌがおずおずと私に聞いてきた。

 あっ、ジャンヌがいた事をすっかり忘れてた!

「エッ、エエ。アヴァロン商事の経営陣でも有るライトスミス商会の代理をなさっていらしたのでそのご縁で…」

 適当に誤魔化すと、何故かジャンヌの顔がパッと明るくなりとても嬉しそうな笑顔になった。

「ああそうなのですね。それならば仲良くして頂かないといけませんね。エマ様、ジャンヌ・スティルトンと申します。宜しくお願い致します」

 ジャンヌはエマ姉に誑かされてしまった。

 これからは別な意味でジャンヌが食い物にされない様にエマ姉の魔の手から守らなければいけない。


【2】

 女子寮関係では悩みが山積した状態で入学式を迎えた。

 私たちは朝食をすますとフランとマリオンとロレインの四人で大講堂に向かう。

 入学式と言っても新入生全員が大講堂に集結して学校長の訓示を聞くだけのセレモニーである。

 十分程度の訓話を聞いて直ぐに解散。

 そのまま講義室に向かう。ここからが本番、今日一番重要なイベントの始まりだ。

 入学式後に行われるクラス分けの試験が重要なのだ。


 ゲームではこれと言った描写は無いが現実は過酷だ。

 ゲームやアニメでは小学生程度の知識で…等と言う設定が有るが、ここでは違う。

 代数や三角関数が存在する世界だ。

 リベラルアーツがこの学校の基礎学科なのだ。

 入学試験は初級三科の文法・修辞・論理と上級四科から一科目選択で四科目の試験がある。


 初級三科の試験が終わって、講義室を出た私たち四人は食堂に向かった。

 昼食をはさんで午後からは上級四課の選択科目に分かれる事になる。

 フランは入学前の半年で詰め込み学習を強いられたそうで、初級三科の試験で力を使い果たしたようでグッタリしている。

「ああ、甘いものが恋しい…」

 私は腰に下げたポシェットに隠しておいたクッキーを取り出して三人に一つずつ配る。

「甘いものは頭の働きをよくするのよ」

「大きなオモニエールを下げていると思ったらこんな良い物が入ってたんだね」

 この世界の服にはポケットが無い。オモニエールとは聖職者がお布施などを貰う為の頭陀袋なのだが、それを可愛く刺繍を入れてがま口風の金具を付けさせたのだ。


 四人でクッキーを食べながら選択科目の話をする。

 女子生徒は殆どが音楽を選択する。男子は算術選択が多い。

 ちなみに私の選択科目は幾何。

 ニワンゴ司祭達研究者グループは既に座標の概念を使っており解析幾何学の領域に踏み出している。

 私はそのニワンゴ司祭と議論を戦わせているのだから幾何の一択でしょう。

 何より選択者が少ないこの分野は容易に上位が狙えてお得でもある。


「幾何を…幾何を選択されるのですか」

「凄いね。幾何って職人が使う物だろう。私はリュートを引くよ。楽器演奏は点数が高いからね」

 ロレインは聖霊歌を唄うらしい。殆んどの女子生徒は聖霊歌を唄うと言う。目立つことを嫌うロレインらしい選択だ。

 その点でもマリオンの楽器演奏は高得点を狙える良い選択だ。

 二人は連れ立って音楽の試験場へと向かう。


「算術の教室は幾何の隣だね」

 フランは算術を選択するようだ。

「音楽は聖教会で聖霊歌を学んだり楽器演奏を学んだ人じゃなければ難しいよ。私なんて去年まで商人の娘だったんだもの、そんなのサッパリだからさ。一番得意な算術にかけてるんだ。何より南部から最新のアバカスを手に入れたからね」

 そう言ってソロバンをカチャカチャと鳴らして見せた。


「あら、セイラちゃん!」

 名前を呼ばれ振り返るとエマ姉が立っていた。

「セイラちゃんも算術?」

「私は幾何。この隣の教室だよ」

「セイラ。この人は誰?」

「ああ紹介するね。南部ゴッダードのシュナイダー商店の娘さんでエマ・シュナイダー。ライトスミス商会の役員でもあるんだけれど。こちらはダンベール州のフラン・ド・モンブリゾン男爵令嬢よ」


「えっ、まさかウワバミのエマ…様。父が綿糸取引ではお世話になっております。お陰で御用商人共を出し抜けてこうして爵位迄買える様になりました」

「まあ、ダンベール服飾店のモンブリゾン様のお嬢様でしたの。リネン布も昨年から良い物が手に入るようになりましてよ。この際株式化して投資を増やせば如何かしら。私どもがお手伝いいたしましてよ」

「エマ姉! 試験会場で投資話はやめて! それからフランを誑かさないで。フラン、この人の提案は七割で止めておきなさい。全部受け入れたら呑み込まれてしまうわよ」


 分かったのかどうなのかフランとエマ姉は連れ立って試験室に入って行った。

 思ったより平民の女子は算術試験を受ける者が多いと思って見ていると、人ごみの中に例のアヴァロンの平民寮の四人を見つけた。

「ケイさん、ステラさん、ミラさん、キャロルさん。あなた達も算術選択なの?」

「ええ、私とステラは算術で、ミラとキャロルは聖霊歌隊で練習していたので音楽を受けますの」

「私たちフィディス聖導女様にご指導いただいたジャンヌ様の聖霊歌を歌うのですよ」


「それにしても女性で算術選択は珍しいと思っていたけど結構いるのね」

「南部の女の子は算術選択が多いですよ。新型アバカスを習っている娘はかなり好成績を狙えますもの」

「じゃああなた達も」

「ええ、地元の聖教会教室では一番だったんですよ」

「聖教会教室で真面目に勉強していれば初級三科と算術で上のクラスを狙えますもの」

 良かった。聖教会教室は平民子女の為になっているのが分かって。

「それじゃあ頑張って下さいね」


 そして私は幾何の試験室へと向かう。

 するとその向こうの天文の試験室の前で女の子たちの集団が出来ていた。

 そもそも天文は暦や地図計測の為の知識が主で普通は女子が集まるなど無い。

 気になって側に行ってみるとジャンヌを囲んで彼女のシンパの平民寮の娘たちが集まっていた。

「ジャンヌ様なら音楽でも高得点ですのになぜ天文など」

「私、ジャンヌ様の作られた聖霊歌を唄うのですよ」

「私もそうですわ。ジャンヌ様ならチェンバロもお上手に奏でられるのに」

「あの…自分の曲を歌って頂けるのは嬉しいのですが、でも気恥ずかしいものも有るので…。あまり注目されるのは恥ずかしいので」

「「「残念ですわ」」」

「ゴメンなさい。ご期待に沿えなくて」

 ジャンヌはそう言うと頭を下げて試験室に入って行った。


 平民寮の少女たちは音楽の試験で、ジャンヌを持ち上げたかったようだ。

 残念そうに溜息をつくとこちらに歩き出して遠目に見ていた私に気付いて駆け寄ってきた。

「セイラ様。セイラ様もジャンヌ様の聖霊歌を歌われるのでしょう」

「ゴメンなさい。私は幾何を選択しているの。それにお恥ずかしい話で音楽はまるでダメなのです」

「ええーー、それは残念です」

「せっかくのチャンスですのに」

「アヴァロン州のミラさんとキャロルさんはジャンヌ様の聖霊歌を歌うんだって張り切っていましたよ。皆様もジャンヌ様のお歌を広める事でジャンヌ様の名声を高められると思いますわ」

 私のその言葉に少女たちは首肯して、お互いにジャンヌの歌を被らない様に互いに振り分けながら試験室へと歩いて行った。

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